猫と月とサイコロ

賽子ちい華

童話作品 2017〜2020年

美しい鷹


 ある森に、それは美しい羽根を持つ、小さな鷹が住んでいました。


 鷹には十羽の姉妹たちがいて、みんなで一緒に暮らしています。


 鷹の姉妹たちは、虫を捕まえて生きています。


 虫はなかなか捕まらずおなかのすく日もありましたが、鷹の姉妹たちは協力し、日々を暮らしているのでした。



 ――ある日のこと。


 姉妹たちの一羽が森で虫を探していたら、森を歩く一匹のイタチを見つけました。


 鷹はイタチが気になります。


 だってそのイタチはおいしそうな虫を、たくさん持っていたからです。


 鷹はうらやましいなぁと思って、イタチをじっと見つめていました。


 すると、イタチが声をかけてきます。


「やあ、美しい鷹さん。その美しい羽根を少し触らせてくれたなら、この虫を君に分けてあげよう。」


 そうイタチに言われて、鷹はとても喜びます。


 鷹は言われた通りにその美しい羽根をしばらく触らせて、そのあと虫を分けてもらいました。


 たくさんのもらった虫を、鷹は家に持って帰ります。


 すると姉妹たちも喜んで、その日はみんなでおなかいっぱい食べて、仲良くおやすみしたのでした。



 次の日も、鷹はイタチに会いました。


 今日もイタチは虫をたくさん持っています。


(今日もまた、虫をもらえるかな?)


 鷹はそう思ってイタチを見ていました。


 すると、イタチが鷹に声をかけてきます。


「やあ、美しい鷹さん。その美しい羽根を少し触らせてくれたなら、この虫を分けてあげよう。」


 そう言われて、鷹は喜びます。


 そしてその美しい羽根をしばらく触らせて、そのあとで虫を分けてもらいました。


 もらえた虫は昨日よりも少なかったけれど、鷹は家に持って帰って姉妹たちと分けて食べました。



 次の日も、イタチは虫をたくさん持っていました。


 この日もまた、イタチは鷹に声をかけてきます。


「やあ、美しい鷹さん。その美しい羽根を少し触らせてくれたなら、この虫を分けてあげよう。」


 だから今日も鷹はその羽根をしばらく触らせて、そのあとで虫を分けてもらいました。


 でも今日は、イタチは虫を一羽分しかくれません。


 仕方がないので鷹は虫を一羽で食べて、その日は家に帰りました。



 それからしばらく、鷹はイタチから虫をもらって暮らしていました。


 イタチの鋭い爪で触られて、羽根は少し痛かったけれど、鷹は毎日虫を食べることができました。


 でも、姉妹たちに虫を持って帰ることができません。


 姉妹たちも自分たちで虫を探しています。


 でも虫はなかなか捕まらなくて、毎日食べることはできませんでした。



 鷹の姉妹たちは虫が捕れなくて、おなかのすく日がたくさんあって、だんだんと痩せていってしまいました。


(姉妹たちにも虫を食べさせてあげたい。)


 そう思った鷹は、イタチにお願いをします。


「イタチさん、今日は虫をたくさんください。」


 するとイタチは答えます。


「美しい鷹さん、それはできません。

 最近はずっと、羽根を触らせてくれたお礼は一羽分の虫、そうだったじゃありませんか。」


 そう言われて鷹は怒ります。


 だからイタチに羽根を触らせず、空に飛んでいきました。



(最初はたくさん虫をくれたのに、イタチはケチだな。)


 鷹がそう思って空を飛んでいると、おいしそうな虫をたくさん持った狼がいるのを見つけました。


(もしかしたら虫をくれるんじゃないかな?)


 そう思って見ていたら、やっぱり狼が鷹に声をかけてきました。


「やあ、美しい鷹さん。その美しい羽根を少し触らせてくれたなら、この虫を分けてあげよう。」


 鷹は狼が少し怖かったけれど、ほめられたのが嬉しくて、狼にその美しい羽根をしばらく触らせて、そのあとで虫を分けてもらいました。


 鷹は虫をたくさんもらったので、家に持って帰ります。


 すると姉妹たちも喜んで、その日はみんなでおなかいっぱいになって眠りました。



 鷹は次の日も次の日も、狼に羽根を触らせて、虫を分けてもらいました。


 でも、狼もイタチと同じように、分けてくれる虫がだんだん少なくなっていって、最後は一羽分しかもらえなくなってしまいました。


(どうしよう? これじゃあ姉妹たちに虫を食べさせてあげられない。)


 そう思って鷹は狼に羽根を触らせず、空に飛んでいきました。



 鷹が空を飛んでいると、虫をたくさん持っている動物に、たまに会うことがありました。


 タヌキにキツネ、ネズミに虎。


 鷹が近くにいって見ていると、どの動物も決まって声をかけてきます。


「やあ、美しい鷹さん。その美しい羽根を少し触らせてくれたなら、この虫を分けてあげよう。」


 鷹はいろいろな動物に羽根を触らせては、虫を分けてもらいました。


 虫は、たくさんもらえる時もありました。


 一羽分しかもらえない時もありました。


 たくさんもらったときは家に持って帰って、姉妹たちとみんなで食べました。


 一羽分しかもらえないときは一羽で食べて、家に帰らず虫を分けてくれる動物を探しては、鷹は空に飛んでいくのでした。



 ある日、鷹は気づきます。


(あれ? 最近虫を一羽分しかもらえてなくて、ずっと家に帰っていないな。)


 気がつくと、鷹は一年も家に帰っていないのです。


(これはいけない。虫をたくさん分けてもらって、

姉妹たちのいる家に帰らなくては……)


 そう思って鷹は、声をかけてきた山羊にお願いしてみることにしました。


「やあ、美しい鷹さん。その美しい羽根を少し触らせてくれたなら、この虫を分けてあげよう。」


「ねえ、山羊さん。羽根を触らせてあげたなら虫をたくさん分けてくれますか?」


「いやいや鷹さん、一羽分しかあげられないよ。」


「どうして? 前はたくさん分けてくれる動物もいたのに? どうして今は一羽分なの?」


「だって鷹さん。あなたは美しい鷹だけど、その羽根もすっかりぬけ落ちて、今は美しい羽根がほんの少しになってしまっている。

 それなら虫は一羽分しかあげられないよ。」


 そう聞いて鷹は驚きます。


 鷹は自分の姿を見るために、湖に飛んでいきました。


 鷹が湖をのぞいてみると、そこにはすっかり羽根がぬけ落ちた自分の姿がありました。


 鷹の羽根は毎日いろんな動物の爪や牙で触られて、ぬけ落ちてしまっていたのです。


(そんな!)


 鷹は悲しくなりました。


 悲しくなって、さびしくなって、久しぶりに姉妹たちのいる家に帰ることにしたのです。



 鷹が家に帰ると、そこには美しい、きれいな羽根を持つ一羽の鷹がおりました。


「姉さん、おかえりなさい。」


 そう、その美しい鷹が声をかけてきます。


 声をかけてきた美しい鷹を見て、羽根がぬけ落ちて美しくなくなってしまった鷹は、自分が恥ずかしいと思います。


(私も前はあんな風に美しかったのに、今はとても醜い姿になってしまった!)


 醜い鷹は恥ずかしくて、悲しくて、泣いてどこかにいってしまおうと、飛んで逃げ出します。


 醜い鷹が逃げていると、美しい鷹が追いかけてきて言いました。


「姉さん、どうして逃げるの?」


 鷹は答えます。


「だって、あなたはとても美しい鷹だけど、私はすっかり羽根がぬけ落ちて、もう美しい鷹じゃない。

 とても自分が恥ずかしくて、ここにいる気にはなれないわ。」


 すると美しい鷹が醜い鷹の前に出て、その美しい羽根を大きく開いて、とおせんぼしてきします。


 そして、大きな声で言うのです。


「姉さん、私が美しいのは姉さんのぬけ落ちた羽根のおかげです。昔、たくさんの虫を持って帰って食べさせてくれた姉さんのおかげです。

 それに、姉妹たちのおかげです。姉妹たちは家に大きなヘビが来た時に、私をかばってみんな死んでしまいました。私が今美しい羽根をひろげていられるのは、死んだ姉妹たちのおかげです。」


 そして、美しい鷹はこう続けます。


「姉さんはとても美しいです。

 私は姉さんや死んだ姉妹たちのおかげで、やっとここまで生きてこれました。でも、姉さんはずっと一羽で生きてきました。しかも、私や姉妹たちに虫を持って帰ってきて、いつも食べさせてくれました。

 そのために羽根を失ったくらいで、どうして姉さんの美しさがなくなることがありましょう!

 羽根などなくても姉さんは、とても強くて美しいです!」


 そう言われて羽根がぬけ落ちた鷹は、逃げるのをやめて森へと降りました。


 森へ降りた鷹は逃げつかれて、わんわんと泣いてしまいます。


 美しい鷹は泣いている鷹に近づき、抱きしめてから言いました。


「姉さん、これからは一緒に暮らしましょう。

 もう、ほかの動物に羽根を触らせなくていいのですよ。もう、姉妹は私たちだけだから、虫もたくさんはいりません。――それに私も虫を捕るの、上手になったんですよ。」



 ――それから、一年がたちました。


 森には二羽の鷹がその美しい羽根をひろげて、仲良く空を飛んでいるのでした。

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