コインに願いを込めて
――遠い昔の、遠い国。
その国では生まれた赤ちゃんの手に、コインを握らせてあげる風習がありました。
お金がなくなって食べ物や着る物に困ったりしないように……
その子が立派に、幸せに育っていくように……
お父さんやお母さんが願いを込めて、赤ちゃんの手にコインを握らせるのです。
その国に、オンジンという男がおりました。
オンジンも生まれた時にコインを握らせてもらって、大人になるまで育ち……今ではその国でも一番の、お釈迦様の像を作る職人になっておりました。
そのオンジンのもとに、異国から旅人たちが訪ねてきました。
旅人たちの国はとても遠いところにあります。
旅人たちは海を越え、山を越え、大河を越えて、何年も何年もかけて旅をして、オンジンの国までやってきたのでした。
嵐の海、険しい山、乾いた砂漠、うねる大河……険しい道で命を落とす者もありました。
怖い山賊たちに襲われたり、食べる物が無かったり、ここまで来るまでの長い旅の中で、旅人たちの数は半分に減ってしまっておりました。
旅人たちは遠い遠い東にある島国から、この国を目指してきたのです。
お釈迦様にゆかりあるこの国で、お釈迦様の像を造っている職人たちを探しに来たのです。
旅人たちは、オンジンとオンジンの職人仲間たちにお願いをします。
「お釈迦様のゆかりの地で、お釈迦様の像を造るあなたたちにお願いです。どうか私たちの国に来て、お釈迦様の像を造っていただけないでしょうか?」
そうお願いされたけれど、オンジンや職人仲間たちは悩みます。
旅人たちの国は遠い遠い東の果てにあり、そこに行くには山や海や大河を越えて、何年も何年も旅をしなくてはなりません。
旅の途中で命を落とすかもしれませんし、もう二度と自分の国へは帰れないかもしれないのです。
オンジンたちは旅人たちのお願いを、悩んだ末に引き受けることに決めました。
世界では誰もが苦しいことがあったって、一生懸命に頑張って日々を生きています。
そんな頑張る人たちが救われることを願って、お釈迦様は悟りを開き、教えを授けてくださいました。
お釈迦様の像を造るオンジンたちも、頑張る人が救われることを願っています。
今、目の前にいる旅人たちも、自分の国にお釈迦様の像を造ってもらって、たくさんの頑張る人たちが救われるようにと……
とてもとても厳しい道を、ぼろぼろになりながら旅をしてきたのでしょう。
オンジンたちは旅人たちの頑張りが報われるように、お願いをきいてあげたのでした。
――そこからは、長い長い旅でした。
山を越え、大河を越え、何年も何年もかけて旅をしました。
いろいろな苦しいことがあって、海を渡って旅人たちの国に着いたころには、旅人たちも、オンジンの職人仲間たちも、その数は半分になってしまっていたのでした。
長い旅が終わっても、お釈迦様の像を造る仕事が残っています。
オンジンと職人仲間たちは旅人たちと一緒になって、みんなでお釈迦様の像を造ったのです。
お釈迦様の像を造るのにも、何年も何年もかかります。
出来上がるころにはオンジンも、職人仲間たちも、旅人たちも、もう旅をすることができないくらいに、みんな歳をとってしまいました。
「オンジンさん、みなさん、ごめんなさい。
私たちは自分の国に帰れたのに、もう、あなたたちを自分の国に帰してあげることができません。」
旅人たちが謝ると、オンジンは言いました。
「いいえ、いいんですよ。
皆さん頑張って長い長い旅をして、何年も何年もかけて、このお釈迦様の像を造りましたからね。
――もうすぐ完成しますね。どうですか? 頑張って旅をした甲斐がありましたか?」
「はい! もちろんです!」
旅人たちが答えると、オンジンはとても嬉しそうな顔で言いました。
「そうですか! それは良かった!
私たちも頑張った甲斐がありました!」
――その夜。
オンジンと職人仲間たちはお釈迦様の像の前で、自分たちの故郷のことを思い出しておりました。
「もう少しで完成するな……死んだ仲間たちも、これで少しは報われただろうか?」
「みんな、このお釈迦様の像を造るために頑張ってきたんだ。――私だってそうだ。天国のみんなだってきっと、喜んでくれているだろうよ。」
「そうだな……私もそうだから、きっと。
でも、私はさびしくもあるんだ。お釈迦様の像が完成するのは嬉しいけれど、自分の国に帰りたかったっていう気持ちもあるんだよ。」
「それはきっと、そうだろう。
死んだ仲間たちも本当は生きて、お釈迦様の像の完成した姿を見たかっただろう。――そして、自分の国に帰りたかっただろう。私がそう思うのだから、きっと……」
そんなお話をする中で、オンジンは自分のお父さんやお母さんのことを思い出します。
もう、きっと死んでしまっていて、自分の国に帰れたとしても、もう会えないお父さんとお母さん。
一生懸命に頑張って、自分を育ててくれた、お父さんとお母さん。
「私が頑張ったことで、頑張ったお父さんとお母さんは報われただろうか?」
オンジンがそう呟くと、周りの職人たちが言いました。
「どうだろうなぁ……。
そういえばオレたちの国には、生まれた時に親が願いを込めて、コインを手に握らせる習慣があったなぁ……。」
「あった、あった!」
「あったな、オレもやってもらったよ!」
コインの話で故郷をさらに思い出し、職人仲間たちのお話は盛り上がります。
そんな中でオンジンは、一人考え込んでおりました。
――お父さんやお母さんは、私にコインを握らせて、どんな願いを込めたのだろうか?
お金には困らなかったよ。
立派なお釈迦様の像を造る職人になれたよ。
だけど国を出て、遠いところに来てしまった。
ごめんなさい、お父さん、お母さん……
――次の日。
オンジンは小銭を一枚持ってきました。
オンジンの故郷のコインとは違いますが、この国のお金です。
オンジンはその小銭を、お釈迦様の像の手のひらの中に隠しました。
そして、自分がお父さんになったつもりで願うのです。
『もうすぐですね。立派に完成してください。それから、どうかいつまでも壊れずに、この国の人にお釈迦様の姿を見せてあげてください。
そして、この国の頑張った人が救われるように、力を貸してあげてくださいね……。』
――それから、千年以上が経ちました。
今も、オンジンの願いを込めた小銭を手のひらに隠したお釈迦様の像が、この国のどこかで立派に建っておられます。
頑張って生きている人たちが救われますようにと、オンジンたちが託した願いを秘めて……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます