最強の魔王?


 魔力で包む。――私がそう意識した瞬間、魔王は、女性らしい悲鳴を上げた。


 小さな兵隊さんと花嫁さん、二人が魔王の頭に載せてくれた草の冠、それから鋭い刺草が伸びて、魔王を縛り付けたのだ。


 刺草は魔王の、その白い肌を容赦無く傷つける。


 魔王の白い衣服すら傷つけて、その全身から赤い血を流させるのだった。


「ぎゃぁああああ! ああ! ぁぁ!」


 ――響く、魔王の悲鳴。


(これは、私がやっていることなのか?)


「カレン、やっちまえ!」


「カレン、あなたいったいどうする気!?」


「カレン様、氷狼たちの動きが止まりました!」


 みんなの声が聞こえる……私は段々と、目が見えなくなっていた。


 魔力を見ようと私が意識した瞬間に、辺りが白い光に包まれたのだ。


 それが段々と強くなり、今は、太陽のような輝きに変わっている。


 私は、近くに座るはずのゲルダに問いかける。


「ねえ、ゲルダ!

 私、魔力を見ようとしたら、眩しくて何も見えなくなったの! これ、どうなってるの!?」


「カレン、私も同じよ……この輝きは、あなたの魔力。――あなたは魔王を、どうする気なの?」


「これが、私の? 私はこれから魔王を取り込む。そうして、魔王を封印するつもりだよ。」


 真っ白に輝く世界で、声だけが聞こえる。


 私とゲルダの会話に割り込んで、魔王の、その冷たい声が聞こえてきた。


「私を取り込む?

 カレン、お前はそれがどういうことか、お前がどうなるのかを、わかっておるのか?」


「私が?」


「お前と私の魂は、元々一つだ。私を取り込めば、私の残酷さも冷酷さも、お前へと流れ込む。」


「流れ込む?」


「一つになるのだ! 私の力も、心もお前のものになる。私を遥かに凌ぐ力を持つ、お前のな!

 お前が私の心を持てば、最強の魔王の誕生だ!」


「私が、魔王に?」


 そこに、ゲルダとヘルガの声が聞こえてきた。


「カレン、だめ! 魔王になんてなっては!

 ――魔王を取り込むなんて、止めて!」


「カレン、魔王にでも何にでもなっちまえよ!

 アタイはいつもアンタの味方だ。魔王になって、一緒に世界を滅ぼそうぜ!」



 私は思う。


(何言ってんだ、みんな? 私が魔王になる?

 ――私が魔王になんて、なるわけないだろ?)


 そう思った私は、叫び、願った。


「私は、魔王を取り込みたい!」


「カレン!」


「やっちまえ、カレン!」


「はははははははっ!

 ――ならば、くれてやろう! 残酷さも冷酷さも、悪の心全てを取り込んで、最強の魔王となるがいい!」


 みんなの声に、私は言い返す!


「私は、魔王になんてならない!

 私は私だ! 残酷さも冷酷さも全ては宝物なんだ! ――バカヤロー!!」



 ――瞬間。


 白い世界が、雪が、全てが……


 私へと流れ込んでくる。


 太陽の光と猛吹雪を、全身で受けるような感覚がしばらく続く。


 左手を伸ばし、目を見開いて……


 私は、その収縮するような、世界の真ん中に立っていた。



 ――その後。


 世界は雪も氷も無い、荒れ果てた街の姿に変わっていた。


 私は、キョロキョロと周りを見渡して呟く。


「終わったの、かな?」


 そこにヘルガが現れる。――嬉しそうに剣を振り回して、私の前に現れたのだ。


「カレン、やったな! よし、人間殺すか? 世界、滅ぼすか?」


「お前、何言ってる? あほか。」


「えぇ!? 魔王になったんじゃねぇのかよ?」


「なるわけないだろ、あほ。」


 ヘルガとそんなやりとりをする私に、みんなが駆け寄って来た。


「やりましたな、カレン様!」


「カレン様! 呪いが、呪いが解けました!」


「カレンさん、やりましたね。」


「ピー!」


 そんな中、弱々しい声を出す女性が一人。


「カイ……!」


 私のすぐ近くにいたゲルダは、立ち上がって走り出す。


 彼女の向かう方向を見れば、仰向けになってカイが地面に倒れている。


 私の目線に促され、みんなも同じ方向を見る。


 唯一の犠牲者であるカイを見て、みんなは喜びの声を失った。



 ゲルダはカイの横に座り込み、動かないカイの肩を揺らしだした。


「カイ、カイ、カイ!」


 叫ぶ、ゲルダ。


(カイ、死んだのか?

 ゲルダ、泣いているのか?)


 ――そんな、暗い雰囲気の中。


 一人あっけらかんとした声で、ヘルガが私に声をかける。


「なあ、カレン。アタイのドレスに触ってくれ。」


「ヘルガ、どうした?」


 急なヘルガの頼み……


 私は疑問に思ったけど、素直にヘルガの白いドレス、ヘルガの背中を軽く触った。


 すると白いドレスから、ぱぁっと白い翼が現れた!


 ヘルガは嬉しそうに言う。


「アイツにも、落とし前はつけなきゃな。」


 そう言ったヘルガは、空中へと飛び上がる。


 そして上空から勢いをつけて、カイの胸へ、その手に持つ剣を突き刺した!


「ヘルガ、お前!?」


 私は叫びながら、カイの元へと駆け寄る。


 ヘルガはカイに突き刺した剣を、グリグリとこね回している……ゲルダはその様子に、固まってしまっている。


「お前、何やってる!?」


「何って、落とし前だよ、落とし前。

 こいつがお前を一人追い出して、アタイの足を切り落とした。――裏で指示した、張本人だ。」


 ヘルガの言葉に、私は黙った。


 ヘルガは嬉しそうに、剣でカイの胸をこね回している。


 でも、少し変なことに私は気づいた。


「あれ……、血が、出てない?」


 剣を突き刺されているカイの胸からは、一滴の血も出ていない。


 私がそれに気づくと、ヘルガはゆっくりと剣を引き抜く……引き抜いた剣の先には、黒いもの。


 人間のような、動物のような顔、コウモリのような翼。――その両手で鏡を持った、小さな悪魔。


 それが、カイの胸から抜き出されたのだ!


 頭から剣を突き刺され、悪魔は弱々しい声で話し出す。


「くそ、俺が刺されるなんて……。こうなったら、鏡を……」


 そんな悪魔を見ていたら、悪魔は私を見て叫んだ!


「お前に、この歪んだ鏡を入れてやる!」


 悪魔はそう叫んで、持っていた鏡を私に投げた。


 すると、私の胸に鏡が吸い込まれる。


「お前、カレンに何しやがった!?」


「カレン、大丈夫!?」


「ケッケッケ! そいつは心を歪ます悪魔の鏡。

お前の心は、この男と同じように歪むのだ!――悪の心に染まるがいい!」


(このやりとり、なんかさっきもやったよな?)


 とりあえず、私は言い返す。


「歪んでいても、心は心だ!

 ――私は私、変わるかバカヤロー!」


 私の叫びに、悪魔は呟く。


「えぇえ……」


 悪魔が上目遣いで、私を見ている。


 なんか、呆れたような目だ。


 ヘルガもゲルダも、なんだかみんなが、同じような目で私を見ている。


(おい! 私は残念な子じゃないぞ!

 私が悪いみたいに、私を見るな!)


 剣に突き刺され、段々と身体を黒い灰へと変えながら、悪魔は言った。


「あの……、勇者の心も歪ませた悪魔の鏡なのですが……。何か、感じないのでしょうか……?」


「なんで急に丁寧に話しだした? 何かあるのか?――歪んだって、私の心は私の心だろ?」


「えぇ……」


 呟きながら、悪魔は黒い灰に変わってゆく。


「えぇ……」


 呆れた、残念そうな目で私を見て、悪魔は黒い灰に変わってゆく。


「えぇ……」


 そうして、黒い灰になって風に飛ばされて、悪魔はその姿を消したのだった……




「心臓が!? 息が!」


 ――ゲルダの声。


 カイが息を吹き返したらしい。


「よーし、生き返ったか。

 今度はこの野郎に、落とし前を……」


 ヘルガは生き返ったカイを、また殺す気満々だ。


 私はそんなヘルガに質問をする。


「ねえ、ヘルガ? 私がそのドレスを触ってれば、飛べるの?」


「ん? ああ、そうだよ。カレンの魔力が流れ込めば、飛べるぜ。」


 その答えを聞いて、私は言った。


「よし、行くぞ、ヘルガ!」


「行くって、どこへさ?」


「街に決まってるだろ! 東の街に、飛んで私ん連れてってよ!」


「お? カレン、ついに魔王に目覚めたか!

 ――街で人間たちを皆殺しだな!」


「アホか! ハンスだ、ハンスを止めるぞ!」


 そう……魔王は倒しても、まだ魔王の犬を貰って裏切った男、ハンスが残っている。


 あいつは、魔王の犬を使い好き勝手やる気だ。


(止めなければ!)


「え〜、また正義の味方ごっこかよぉ。

 ――あ! でもでも、でも♪ ハンスの野郎はぶっ殺さねえとな! よし行くか、カレン♪」


 そう納得して、嬉しそうなヘルガ。


 ヘルガは、私を背中から抱きしめる……そして、白い翼を広げて飛び上がった。


「カレン!」


「カレン様!」


「カレン様!」


「カレンさん!」


「ピー!」


 みんなが私に呼びかける。


 もう、宙へと浮いている私……空中へと向かいながら、私はみんなに叫んだ。


「ハンスは私達に任せて! ゲルダ、カイは任せたよ! みんな、ありがとう! ゲルダのことを頼んだよ! 小さな兵隊さんと花嫁さん、お幸せに!」


 そう叫ぶ間も私は上空へと、ぐんぐんと上がっていく……みんなの姿が、どんどんと小さくなる。



 ――魔王を倒して、みんなとは別れた。


 私はヘルガと共に、ハンスを止めに東の街へと向かうのだ!

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