魔王


 遠目からでも美しい……だけど、とても冷たい顔をした女性、それが魔王だった。


 そんな魔王は今、カイたちと戦っていた。


 魔王は長い杖を持っている。


 その根元、雪に当たる部分から氷狼が現れる!


 現れた氷狼をカイは大剣、ハンスは斧、ゲルダは炎で応戦している。


 勇者のパーティーは強くって、一撃で氷狼を倒すこともある。


 でも、それは全部じゃない。


 討ち漏らした狼に押し倒されたり、噛まれたり……三人とも傷つきながら戦っていた。



「カイ! まずいぞ! もう、カレンの薬もねえ!」


 ハンスがそう叫ぶ。


 私も、カエルさんのヌルヌルはもう無かった。


 ここまでの間に、使い切ってしまったのだ。


 私は小声でヘルガに聞いた。


「ねえ、今からカエルさんになれないの?」


「無理だ。夜になれば勝手に変わるんだ。自由には変身できねえ。それに、アイツらなんて死ねばいいだろ。」


 それがヘルガの答え。


 そう話しながら私たちは魔王の、そのすぐ近くまで近づいた。


 そこで、私は悪寒を覚える……


 魔王の冷たい瞳が、私を捉えたのだ。



 魔王は数匹の氷狼を一度に召喚!――カイとハンスを襲わせる。


 そして、雪に隠れた私を見て、冷たく美しい声で話しだした。


「厄介なのが来たね。何しに来たんだい?

 ――私の生みの親、私の元契約者。」


 その言葉に、三人も私の存在に気づく。


「カレン!」


「カレン!」


「カレン……」


 氷狼に傷だらけにされていたハンスが、私に聞いてきた。


「なぁカレン、あの薬、持ってねえか?」


「ごめん、もう無いよ。」


「チッ! 役立たずが!」


 魔王と正面から戦うカイが、ヘルガに叫んだ。


「ヘルガ! 手を貸してくれ!」


「何、ふざけたこと言ってやがる! テメーが裏で手を引いて、アタイを嵌めたのはわかってんだよ!」


 ゲルダは私と、私についてきてくれた魔法使いの女性を見て言った。


「カレン……、それに姉様……」


「ゲルダと姉妹なの?」


「本当の姉妹というわけではありませんが、魔法使いの修行を一緒にした仲です。」


 魔王は、カイたちに言った。


「私はあの娘の相手をしないといけない……諦めなさい。勝てないのは、もう十分わかっただろう?」


 カイは言い返す。


「ふざけるな! 俺は勇者だ! 神にお前を倒すための風の加護を受けているはずだ!」


 すると魔王は不敵な笑みを浮かべ、カイに言う。


「確かにね……でも、それはもうずっと昔に手は打った。――遊びは終わり。さあ、勇者カイよ、私のしもべとなるがいい!」


 魔王はカイに手を伸ばして、そう叫ぶ!


 すると、カイは戦う動きを止めてしまう……そしてフラフラと歩いて、魔王の横に立ったのだ。


「――な!?」


「そんな!?」


 ハンスとゲルダは動揺する。


 魔王は、今度はハンスに……すでに氷狼に捕らえられてしまっているハンスへと話しかけた。


「お前も私の味方になるのなら命は助けてやるが、どうする?」


 そんな魔王の問いかけに、ハンスは迷う様子もなく答える。


「へへ……。もちろんだ、もちろん!

 俺もあなたの、魔王様の味方になりますよ!」


 ハンスはあっさりと裏切ったのだ。


 ――魔王は語る。


「聖女が持つはずの青い布を持っていたから、気づいていたよ。お前は悪い男だ。

 ――そんなお前に、こいつをやろう。」


 そう言って魔王は、ハンスに何かを渡す。


 こちらからは、古びた感じの黒い箱を投げ渡したのが見えた。


 ハンスは聞く。


「何だい、こいつは?」


「開けてみるがいい。」


 魔王に言われてハンスは箱を開ける。


 すると三匹の巨大な犬、魔王の犬が現れた!



「な、な、な……」


 ――驚いて、腰を抜かすハンス。


 そんなハンスに、魔王はとんでもないことを言い始める。


「男よ、その箱を持っていれば、犬はお前のものだ。その青い布を掛ければ、犬に乗ることもできるだろう。さあ、それで好き勝手しておいで。」


 魔王の誘惑……ハンスは箱を持って、恐る恐る立ち上がる。


「へへ、こいつらが俺のもの……」


「そうだ。その犬たちがいれば、街も国も滅ぼせる。人間たちをお前の好きにできるだろう。」


「好きに……」


 箱を持って、魔王の言葉に溺れていくハンス。


(ハンス、チャンスだ! その犬で魔王を倒せ! お前だって一応勇者の一味だろ?)


 私はそう思った。


 犬の一匹に青い布を掛け、ハンスはその背に跨る。――そして、ハンスは魔王に聞いた。


「なあ、俺が街や国を支配したら、あんたに何をすればいい?」


「なんにも。お前は好きに生きればいいさ。」


 魔王はそう答えて、冷たく笑う。


 魔王の答えにニヤリと笑ったハンスは、大犬の踵を返す。


 そうして嬉しそうに東へと……街のある方角へ去っていったのだ!



(マジか、あのクソ男! 止めなきゃ! 街を攻める気だ! ――あ、でも魔王が先か!?)


 私はハンスの行動に驚いた。


 そうしたら、次はカイだった。


 カイはゲルダに歩み寄り、大剣を振り上げる。


 ゲルダは顔を絶望に染めて、その場に立ち尽くしている。


 ――私は走った!


 そして、ゲルダに抱きついて急場を逃れる。


「ゲルダ、しっかりして!」


「あ、カレン……」


 泣きそうになっているゲルダ。


 私たちとカイとの間にはヘルガが立って、カイと向かい合っている。


「カレン、殺しちまうか、この男?」


 ヘルガの言葉……私は、ゲルダの顔を見る。


(――カイを殺す。ゲルダは、私は、平気でいられるだろうか?)


 私が迷っていたら、ヘルガが弱い声を出した。


「マジかよ……」


 見れば、さっきまではいなかったそこに、数え切れないほどの氷狼がカイと並び現れていたのだ!


(魔王、やべー! マジ、やべー!

 こりゃあ、絶対絶命じゃねーか!?)


「コイツが魔王……」


 私は呟いて、その美しく冷たい顔を見る。


 魔王は変わらず、冷たく微笑んでいる。


 私の身体は震えていた……私は魔王の、その恐ろしさを実感して震えたのだ!

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