ファーストキス


 雪と氷に覆われた街……そこを進む私たちは、氷狼の群れに襲われていた。


 氷狼は、氷で作られている魔物。


 一匹一匹が強く、半魚人たちが数人で抑えて魔法使いたちが何発もの炎の魔法で攻撃する。


 それでやっと、一二匹を倒せるかというくらいの強敵だった。


 そんな氷狼が、何匹も何匹も現れる……



 ――私は、裸のおっさんを呼んだ。


「カレン、ここに余を呼ぶとは……。

 お前もだいぶ、残酷だな……」


 体調が悪いのだろうか?


 裸のおっさんの顔色が悪い。


 股間に輝く紫の魔法陣も、いつもより小さくなっている気がする。


 私は聞いた。


「体調、大丈夫? 私が残酷?」


「ふっ。よいよい、残酷さも大切だ。」


 おっさんは私の問いを、やれやれという感じで流した。


 体調はやはり悪そうだ。――それでもおっさんは、氷狼を殴り、割り砕いていった。


 一人で相手するなんて、さすがの強さ。


 だけど、氷狼はおっさんでも難敵らしい……一匹一匹と、真剣に戦っている感じだ。


 そんな裸のおっさんに、ピンチが訪れる。


 それは、突然のことだった。



「――ピッ!」


 私の頭の上の黒い小鳥、サヨちゃんが鳴いた。


 私はハッとし、裸のおっさんを見る。


 氷狼と戦うおっさんの後ろ、そこに、青白い顔の男が現れる。


 そしておっさんを、その手から伸びる長い爪で斬ったのだ。――おっさんから血飛沫が舞う!


 斬られたおっさんに、さらに数匹の氷狼が噛み付いていく!


「裸のおっさん!」


 私の叫びに、半魚人たちが気づいた。


 自分たちが戦う氷狼を背にしながらも、おっさんを助けに集まってくれる。


 何人かで氷狼を退け、おっさんを助けてくれた。


「大丈夫か!」


「すまぬな、兵士たちよ。油断した……」


 ――弱々しい声のおっさん。


(あれ? あいつがいない?)


「ピッ!」


 再び鳴く、サヨちゃん。


 私は、離れている魔法使いたちの方を見る。


「きゃぁ!」


 悲鳴を上げる女性たち……一人、二人と、青白い顔の男の爪に斬られていく。


(まずい!)


 ――私は焦った。


 彼女たちは、呪われているのだ。


 普通の回復魔法をかけると魔物に転じてしまう呪いに……だから、傷ついてはいけなかったのだ。


「おい、お前! そっちにいくな! 私が相手だ!」


 私は叫ぶ!


 するとまた、サヨちゃんが鳴いた!


「ピッ!」


 私はその鳴き声に反応し、とりあえず後ろにジャンプする。――すると、目の前にあの男が現れた。


「おや、嬉しい。私も貴女にお相手いただきたいと思っていましたよ。」


(こいつ……! 瞬間移動できるのか!?)


「ピッ!」


 私は驚いたが、サヨちゃんの声に反応し、またとりあえず位置を変える。


 青白い顔の男は瞬間移動して私を捕まえようとしたけれど、私が移動していて、いぶかしい顔だ。


「よくわかりましたねえ。

 私から逃れるなんて、たいしたものです。」


「私が簡単に捕まると思うなよ!」


 私は男に対し、強がってみせた。


 サヨちゃんが相手の動きを察知してくれるみたいだ。――逃げ切って見せる!


「ピッ!」


「――ピッ!」


「ピッ!」


 サヨちゃんの鳴き声に合わせて、私は位置を変える……そうしてなんとか攻撃を避け続ける。


 ――でも、こちらの攻撃手段が無い。


(何か呼ばないと!)


 それに、白いワンピースの癒しの少女エリザちゃんを召喚して、魔法使いたちの傷を癒してあげないといけない。


 でも、瞬間移動が厄介だ!


 エリザちゃんが襲われたら困るし、そもそも呼ぶタイミングが無い!


 焦っている私に、男は余裕の声で話しかけた。


「ふふふっ、あなたの血は美味しそうだ。

 ――あなた、処女ですね。」


(なぜ、わかる?)


「それに、口づけもしたことが無い。」


(なぜ、わかる!)


「あなたの唇から、初めての口づけと、その血を奪ってあげましょう!」


 青白い顔の男は、長い爪をしまいこんだ……


 けれど、今度は鋭い牙を見せて笑ってくる。


 裸のおっさんを抱え、魔法使いの女性たちを守るため一箇所に集まった半魚人たち。


 その一人が、私に警告した。


「カレン様! そいつは吸血鬼です! 血を吸われてはそいつのしもべに……操り人形になってしまいます!」


(なにー! 私の柔らかな唇を奪った上に、好き勝手にするだと!? コイツ、変態野郎か!?)


「ピッ!」


「――ピッ!」


「ピッ!」


 私はサヨちゃんの鳴き声を頼りに、変態野郎の魔の手から逃げる。


 でも、それはその場しのぎに過ぎない……私が捕まるのは時間の問題だった……




 結局、攻め手の無い私は、ガッツリと吸血鬼に捕まえられてしまう。


「ぴ〜……」


 頭の上のサヨちゃんの、弱々しい声。


(ごめん、サヨちゃんは頑張ったよ!

 私が逃げ切れなかったんだ……ごめん。)


「では貴女の初めての口づけとその命……美味しく頂くとしましょうかね。」


 そう言って吸血鬼は、牙を見せて微笑んだ。


 その瞬間に、私は仲間たちの方を向いて、左手を伸ばしてから叫ぶ!


「エリザちゃん! 来て!」


 すると、ブレスレットの緑の宝石が輝く。


 癒しの美少女、エリザちゃんが白鳥たちを引き連れて、みんなの所に現れたのだ!


「エリザちゃん! 魔法使いさんたちや、おっさんを癒してあげて!」


 そう叫ぶ私に、吸血鬼は言った。


「健気ですねえ。仲間のために最後のチャンスを使いましたか……構いませんよ。私は貴女以外に興味はありませんから。」


 そう言って、私の顔を自分の方へと向けさせる変態野郎!


(しょうがない、ここまでか……カイ。)


 私が死んでも、カイたちが魔王を倒してくれる。


 私が操り人形になっても、カイが殺してくれる。


 インゲルと、同じように……


「では、いただきます。」


 そう笑い、私の唇に迫る吸血鬼。


(あぁ、最初のキスは王子様が良かったな。

 最後のキスは、愛する人が……)


 そう思い、私が吸血鬼の強い力に抵抗するのを諦めた時だった。


 目の前の青白い顔が、その首からポンと離れた……赤い血が飛び散り、私を掴む力が緩む。


 首の飛んだ男の後ろ、そこに、鋭く剣を振り抜いた褐色の美少女が見える。


 長い黒髪が波を打つ、異国の雰囲気を漂わせる褐色の美少女。


「――ヘルガ!」


 私は、彼女の名を呼んだ!


 でも、彼女は口を閉じて真剣な顔で、言葉一つ発しない。


 彼女はしばらく私を見ていたが、その黒い瞳を下に向ける……そして、雪の上に転がった、青白い顔を剣で突き刺した。


 赤い血が、白い雪に染み込んでいく……

 

 ――吸血鬼は、確実に死んだのだ。



 ヘルガはそれでも、真一門に閉めた口の、その表情を緩めない。


 今度は魔法使いたちや半魚人たちの方へと駆けてゆき、その周りの氷狼たちを砕いて倒していった。


(ヘルガ、足治ったんだな!

 なんかカッコいいぞ、カッコいいぞ、お前!)


 いつもみたく表情をコロコロ変えず、魔物を一掃するヘルガ。


 私は、そんな彼女に関心する。


 ヘルガは氷狼たちを全て倒すと、私を見てまっすぐに歩いてくる。


 白い雪の上を歩く白いドレスの剣士は、なにか神秘的なカッコよさがあった。


 ヘルガは私の元まで戻ると、剣を雪の上に落とした。――そして、私を抱きしめた。


 ヘルガのその瞳が潤んでいる。


「なんだ? 私に会えなくて寂しかったのか?」


 抱かれた私は背の高い、妹の頭を撫でてやる。


 すると、ヘルガはさらに強く私を抱きしめた。


 そして……



「え……」



 ――ヘルガの唇が、私の唇に触れた。


 柔らかな感触が、強く伝わってくる。


(おい! ちょっと待て。 なんでお前が、なんで、私の初めてを奪ってるんだ!?

 ――こら! 舌を入れてくるんじゃねー!)


 突然の出来事に、されるがままの私……


 キスをされた私の力がすっかり抜けた頃に、やっとヘルガは唇を離して、私を見た。


 そして、ニカっと歯を見せて笑うのだ。


「いやあ、やっと喋れるぜ! カレン、久しぶりだな! なんか大変そうだったけど、大丈夫か?」


 ヘルガはそう聞いてくるが、私は顔が火照ってそれどころじゃない!


 自分の唇を手で押さえながら、ヘルガを睨む。


「なんだよ、カレン。カレンはアタイのこと好きだろ?――好きなら、キスくらいするだろ?」


「なに言ってんだよ! お前は!」


「怒んなよ、仕方ねえんだよ。あの姫さま魔女が、足を治してくれたのはいいけどよ……代金とか言って、声を奪ったんだよ。治った足もめっちゃ痛いしよ。」


 ヘルガは不満そうな顔をしてそう言い、さらに続ける。


「そんで、愛する人にキスをしてもらえば、魔法が完成するって言うんだよ。声も戻るし、足も痛くなくなるって、そう言うんだよ!

 うん、でもホントだったな! 声も戻ったし、足の痛みも無くなった♪」


 ――私はつっこむ!


「キスしてもらったんじゃなくて、お前からやってるじゃねーか! 勝手に何してんだよ!」


 つっこむ私を見て、彼女はニヤニヤと笑った。


「いいじゃねえか? 減るもんじゃなし。」


 そう返すヘルガは、イタズラっぽい笑顔。


「お前は……!」


 私は、怒ろうとした。


 でも、それをやめた……私は怒ろうとするのとは反対に、自分の顔が笑っているのに気づいたからだ。


 ブーたれたり、イタズラっぽく笑ったり……


 ――これがヘルガだ。


 私の心は可愛い妹分との再会を喜んでしまい、表情を隠すことは出来なかった。

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