不完全な魂


「ねえ、ヘルガ……」


「なんだい、カレン?」


「あなたは、なんなの?」


「なんなのって……アタイはアタイだよ。」


「それは知ってる。あなたも私が呼んだんだよね。あなたたちはなんなの?」


「いろいろだな。」


「いろいろ?」


「アタイは、あんたに呼ばれるまでは、ただの魂だったよ。」


「魂?」


「そうだよ。ほかのやつは、人間のやつもいれば、別の形をしているやつもいる。まだ、魂のやつもいるかもね。」


「うん、それも何となくわなる。あなたたちは、私の、なんなの?」


「あんたの契約者。」


「契約者?」



 ヘルガを負ぶって歩きながら、私はたくさんの質問をした。


 私のたくさんの質問に、ヘルガはある「おはなし」を聞かせてくれた。


 初めて聞く、でも知っている……


 ――そんな、「おはなし」だった。



「昔、おっちょこちょいの魂が、別の世界に迷いこんだ。」


「おっちょこちょい……」


「普通はそんなことはないんだけど、その魂はスゲー魔力を持ってたからな。」


「魔力……」


「でな、迷いこんだ世界で、魂は帰れなくなった。」


「うん。」


「帰れなくなった魂は、ある男の体に入ることにした。」


「ある男?」


「そう、それがアンデルセン。」


「アンデルセン……」


「アンデルセンは自分の中に入った魂を、ある方法で元の世界に帰すようにした。」


「ある方法?」


「私もよくはわかんねえ。でも、あいつはあんたの魂と魔力、――そして自分の魂。それを使って、アタイたちのような魂を生んだのさ。」


「アンデルセンって神様?」


「いや、ヘンタイオタク。」


「ヘンタイオタク……」


「まあ、アタイたちは生まれてこれたんで喜んだのさ。でな、アンデルセンはアタイたちと契約をしたのさ。」


「契約。」


「小分けにしたあんたの魂と魔力を、元のこの世界に運んで欲しいと。だから、アタイたちはこの世界にやってきて、あんたを運んだのさ。」


「私を、運んだ?」


「アタイたちは順番に、あんたの魂のカケラを持ってきて集めたよ。アタイはもう最後の方だった。」


「私の魂を持って帰った魂たちは、その後どうしたの?」


「それはだから、いろいろさ。人間になったやつもいたし、別のもんになったやつもいた。

 アタイみたく魂のままのやつもいたけど、みんな魔力が強いんだ。まだ、魂しか返してないからね。」


「魔力?」


「おっちょこちょいの魂は、世界を渡れるほど魔力が強かった。だからアンデルセンは、魔力も小分けにした。けど、その一つ一つもあいつはスゲー強くして、世界を渡れるようにしたんだぜ。」


「世界を渡る?」


「だけどもう、世界を渡る必要はない。もうアタイたちはこっちに来たからな。でも、魔力は返さなくちゃならねえ。だから、魔力の一部を宝石に変えて、あんたに返せるようにした。」


「宝石……」


「そう、それな。そいつらは元々、あんたの魔力だから、最初に帰ったやつが集めてたはずだ。

 ――そいつからもらったんだろう?」


「素敵な旦那さん……」


「それはあんたの魔力で、世界を渡る代わりに、アタイたちとあんたを繋ぐものさ。

 それをあんたに返せば、魔力も返せるから契約完了……のはずだった。」


「はず、だった?」


「そう、はずだった。はずだったけど、足りてない。」


「足りてない?」


「宝石が一つ足りてない。てことは、あんたの魂も足りてない。」


「魂が、足りてない?」


「そう、あんたは足りてない。」


「足りてない言うな! パンツ履いてないくせに!」


「パンツは関係ないだろ!

 とにかく、足りてないから魔力が返せないし、契約が完了していない。だから、あんたが最後の宝石を集めるまでは、アタイたちはあんたの味方さ。」


「じゃあ、宝石が集まったら、召喚は使えなくなるの?」


「アタイはずっと味方だよ、カレン。」


「どうして?」


「そりゃあ、もうここまで魔力が育っちまったら返したときには……いやいや、どうしてって、アタイがあんたを好きだからさ。

 アタイは、足りてないカレンも大好きさ。」


「嬉しくない!」



 ヘルガはそんな「おはなし」を聞かせてくれた。


 なぜか知っている……そんな話だった。


 話をしながら、じゃれてくるヘルガを、私は振り落とすこともできない。


 ただ、街を目指して歩いた。


 海風を頬に受けながら……




「――カレン、アタイを置いていけ!」


 また、ヘルガがワガママを言う。


(わがまま言うな、バカヤロー!)


「置いていかない!」


「一人なら、逃げ切れる。」


 私たちは、魔物に襲われたのだ。


 緑の魔物、ゴブリンの群れ……ヘルガは自分を囮に、私を逃す気らしい。


(けど、カッコつけんな、バカヤロー。)


 ――私は、もう決めていた。


「カレン、無理だ。逃げられねえよ!」


「大丈夫! 海に逃げられる!」


「いや、この格好じゃ溺れるって!」


(カッコじゃないんだ、バカヤロー!)


「いくよ!」


「マジか!?」


「えい!!」


 私は勢いよく、崖から飛び降りたのだ!



 この海は、私の国とこの国とに挟まれた狭い海……いわゆる海峡だ。


 ――海峡の流れは、とても早い。


 ヘルガを背負って、勢いよくそんな海峡に飛び込んだ私。――私は、見事に……


 泳げず、海に沈んだのだった……



(あ、帽子。)



(やっぱ、海は冷たいな……)



(――なんだ?)



 水色の光……



「ゲルダ、もう少し、な。」


「もうやめてよ、二人が帰ってくるわ。」


 ――カイとゲルダだ。


 二人は林の中、イチャイチャしてる。


(二人は恋人だったのか! カイ……インゲルは悪い子だったけど、ゲルダはきっと良い子だよ。)


 そんな風に思う私に、声がかかる。


「あなたは、好きな人が自分のものにならなくても、それでも良いのね。」


 女の人の声がする……


(私、カイが好きなのかな? 好きな人が幸せなら、それは良いことじゃないのかな?)


「やっぱり、あなたは私と似てるわね。」


(似てる? あなたと?)


「私は人を好きになって、恋して、淋しくなって、愛して、嬉しくなって、嫉妬して、悲しくなって。

 それでも最後は、好きな人の幸せを願った。」


(そうなんだ……)


「そんな心も、全てあなたがくれたのよ。

 だから、あなたにも全てを……」


(――全て。)


「みんな集めて本当の愛を知ったなら、またお話ししましょう。私の可愛い、契約者……」



 海の匂い……



 魚の匂い……



 生臭い……



「助けてあげたのに、『生臭い』は酷いんじゃないかしら!」


 夢の中でさっきまで話していた、女性の声が聞こえてくる。


 陸地にいるという感覚、頬に当たる細かな砂の感触、背中のヘルガの重み。


 それらを感じながら、私はゆっくりと目を覚ます。


 目を開けると、目の前には艶やかな水滴の輝きに飾られた、美しい女性が微笑んでいた……

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