赤い靴


 まだ、日は高い……とはいっても、雑木林を一人で歩くのはちょっと怖い。


 だから、私は海沿いに出てみた。


(――崖だ!)


 林を出ると海は見えたけど、そこは崖になっていた。


 林から魔物が飛び出してこないか、私は警戒しながら歩く。


 あと、海風で帽子が飛ばされないかを、気をつけながら歩いた。



「ガァァァ、ガァァア!」


「グゥゥゥ、ガァァア!」


 そうして歩いているとついに、林の中から魔物の群れが現れた!


 猪のような魔物たちの群れに、私は出会ってしまったのだ。


 ――私は走る!


 でも、猪の魔物の走るのは速い。


 私は猪たちの突進を避けながら走ったが、ついには尻もちをついてしまう。


(ピンチだ!)


 猪の一匹が私に噛み付く!


 私のズボンを噛んで引っ張ってくる!


(こいつら食べる気か! 食べる気なのか!?)


 ――その時だった。


 一匹の鳥が上空を通過……そして、何かキラリと光るものを落としていった。


 それは、一直線に落ちてきて……


 落ちてきて、私を噛んでいた猪の頭に直撃。


「ガ、ギャゥン……」


 猪はびっくり、ちょっと可愛い声を出し退いた。


 よく見ると、落ちてきたのはお人形だ。


 あのときの……魔王の犬に吹き飛ばされた、片足の兵隊人形さんだ。


 兵隊人形は片足で、ぴょこぴょこ歩く。


 腕はまっすぐ、しっかり振って行進し、そしてたまに一回転。――その可愛い動きに私も、猪の魔物たちも、目を奪われていた。



「ガァ、ガガァァ!」


「ガガ、ガァ、ガァァ!」


 ジーと見ていた魔物たちも、さすがに耐えかねたみたい。


 兵隊さんが林まで歩いたところで、猪の魔物たちは兵隊さんに襲いかかる。


 ――ガリガリと噛まれる兵隊さん。


 どうやら兵隊人形は金属製らしく、噛み切られはしないみたい……でも、猪の口の中だ。


 口からはみ出た兵隊さんが、私に片手を振る。


(え、早く行け? 「俺をおいて先に行け」と、そう言うんだね、兵隊さん!)


 私は走って逃げた。


 兵隊さんの尊い犠牲、そのおかげで私はなんとか、魔物たちから逃げ出せたのだ!




 街までは遠く、日が暮れ始めた。


 もう、背中側からは夕焼けが当たってる。


(疲れた……)


 私は木を背に座って、夕日を見る。


(綺麗な夕日……)


 赤い夕日に照らされて、私のブレスレットの宝石たちが光っていた。


 私は、そんな宝石達をぼんやりと眺める。


(綺麗だなぁ……)


 中でも黄色い宝石が、強く一際輝いている。


 眩しいくらいに輝いて……


 私の意識は飛ばされて……




 森……?


 林……?


 さっきまで歩いていた、林の中……


 黒く長い髪と白いドレス……


 ――褐色の少女が剣を振る。


 相手は金色の短い髪に、青い服。


 色白の少女と戦っていた。


「ボク、君のこと嫌いだったんだよね。」


「気が合うね、アタイもさ!」


 ヘルガとインゲルが走りながら斬りあっている。


 互いに譲らない鍔迫つばぜり合いを繰り返しながら……


 ――拮抗が崩れた!


 ヘルガが何かに足を取られ、転んだのだ。


 それは、網のような罠。


 ヘルガはそれに足を絡め取られてしまったのだ。


 インゲルはすかさず、ヘルガの右手に剣撃を入れ、剣を落とさせる。


「くっ……」


 痛みに耐えるヘルガ。


 そこに、聞き覚えのある男の声。


「おいおい、上っ側は傷つけんなよ。」


 ――ハンスだ!


 木の陰からハンスが現れた。


 インゲルは普段の明るい声じゃない、少し低い声でハンスに答える。


 三人の言い合いが始まった。


「うるさいな、早くやっちゃてよ。」


「待ち伏せされてたってことは、アタイの動きは読まれてたってことだね。」


「そうさ、俺が小便行くなんて言って離れたのは、罠を張るためさ。それと、お前が逃げるタイミングを作ってやるためなのさ。」


「クソ女、君がカレンを追っていくなんて、ボクでも簡単にわかることだよ。」


「じゃあ、なんで……アタイをパーティに残したのさ!?」


 ヘルガの質問に、インゲルは嬉しそうに笑って、ハンスに指示を出す。


「それはねぇ……ねぇ、ハンス。」


「そいじゃあ、やりますか!!」


 ハンスは声を張り上げる。


 そしてヘルガに向かい、持っている斧を大きく振りかぶった。


 そして……


「うぎゃぁあああ!!」


 ヘルガが激しい悲鳴を上げる!


 ハンスの斧が鈍い音とともに、ヘルガの片足を切り落としたのだ!


 ハンスは言う。


「やっぱ、いい女はいい声で鳴くね〜。」


「気持ち悪い……さっさと、もう一本も。」


 インゲルに促され、ハンスはもう一度、斧を振りかぶった。


 ヘルガは涙声で、叫ぶ!


「やめろおぉぉお……」


「ダァメ、はい、もういっちょ!!」


「うぎっ、わあああああ!!」


 二本の足を切り落とされたヘルガ。


 ヘルガは涙と鼻水と脂汗で、顔がビショビショ。


 手だけで這って逃げようとする。


「う……う、カレン、カレン……」


 泣いている、ヘルガ。


 残された手で這う、ヘルガ。


 私の名を呼ぶ、ヘルガ。


(涙と鼻水で汚い顔を拭いてやらねば!

 違う! 助けにいかなければ!!)


 インゲルは、もうヘルガに興味は無いと剣を納める。――そして言った。


「じゃあ、ボクは先に帰ってるよ。」


「お? 俺とヘルガの熱い夜に嫉妬しちまか!」


「気持ち悪い!」


 ハンスとそう言い合ったインゲル。


(ハンスは元々悪い奴だったけど、インゲルも悪い子だったのか!)


 ヘルガの切り落とされた両足……その足に履かれた赤い靴は、血でさらに赤く染まっている。


 インゲルはその、ヘルガの足のついたままの靴を両手で片方づつ持ち上げた。


 ――そして、その場を去っていった。




「うう……、カレン、カレン……」


「なんだよ、連れねぇなあ。今夜の相手は俺だぜ、ヘルガぁ。」


「うるさい、死ね!」


「お! お前、パンツ履いてねーじゃねえか!? 準備万端だな!」


 ハンスにドレスをめくられる、ヘルガ。


(もう! だから、パンツを履けと言ったのに!)


「足を切っても、お前ならしばらく暴れてくれんだろぉ。」


「死ね!」


「昨日の聖女さんはよぉ……俺が腰を動かしても、手を切り落としても、足を切り落としても、全然、泣いてくれなくてよぉ。」


「死ね! 死ね!」


「だからあのイモ娘に手を出したら、邪魔が入るしよぉ……」


「死ねよ、死ね!」


「でもやっぱり、遊ぶならお前みたいないい女だよなあ!」


 ヘルガは必死に抵抗するが、足の無いへルガの攻撃などハンスには通じない。


 ハンスは鎧を脱ぎ始めた……


 ヘルガは諦めたように両手を広げ、大の字に寝そべった。


 ――そして、空を見上げて言ったのだ。


「残念だったね、もう夜さ。あんたの遊ぶ時間はもう無いよ。」


「何言ってんだ? 夜はこれからだろ?」


 ヘルガは空を見上げ、涙を流す。


「カレン、最後に会いたかった……」


(ヘルガ……)


 鎧を脱ぎ終えたハンスがヘルガに馬乗りになった瞬間、ヘルガはハンスの顔を叩いた。


「くそっ!」


 ハンスが少し怯んだ!


 その瞬間、ヘルガは姿を消した。


 いや……


 ヘルガはその姿を、カエルへと変えたのだ。


(カエルさんは、ヘルガだった!?

 ヘルガは、カエルさんだったのか!?)


 カエルさんは後ろ足をなくして、力無く跳ねる。


 そのカエルさんを、ハンスが見つけた。


「あいつ、どこ行きやがった?……ん? カレンのカエル?――ちっ! ふざけんなあ!」


 ハンスは斧を振りかぶる!


 カエルさんを、ヘルガを、殺しにかかる。


(カエルさん! ヘルガ!)



「――ヘルガ!!」



 夜の海……彼女の名前を叫んだ瞬間に、私の意識は元に戻った。


 もう、あたりはすっかり暗くなっている。


 星の光とさざ波の音が、世界を満たしている。


「ありがとう、呼んでくれて。」


「良かったよ、カエルさん。でも、足を切られちゃったね。」


「見てたのね。最後にあなたに会えただけで十分。もう……私は足手まとい。この魔物の巣窟じゃ、危な過ぎる。明日は私を置いていってね。」


 カエルさんはそう言った。


(なにをバカなことを……まあ、でもどうせ……

 明日になればヘルガになって「カレン! おんぶしてくれ〜!」とか、言い出すに決まってる……)


 ――私は、カエルさんを抱きしめた。


 そして、星空の下で眠りについたのだ。




 翌朝。


 足が無い分垂れているヘルガのドレスを、自分の腰に巻きつける私。


 ヘルガは案の定、言い出した。


「カレン、アタイを置いていきな。」


「はいはい。わかったから、背中に掴まって。おんぶしたげる。」


「カレン、無理だ。ここは荷物を抱えていくには、危な過ぎる。」


「うるさいな、駄々こねないの! はい行くよ!」


「いたい! いたい!」


 私はヘルガの駄々に耳を貸さない。


 ヘルガのドレスを引っ張って、歩き始める。


 ヘルガは頭を地面に擦る格好だ。


「無理だ! 無理だ、カレン!」


「うるさい! 昨日、カレン〜、カレン〜って泣いてたくせに、強がり言わないの!」


「見てたのかよ!?」


 泣いて私を呼んだのが、恥ずかしかったらしい。


 ヘルガはやっと駄々をこねるのをやめて、素直ぬ私におんぶされた。



 海と林の間、その崖の上を、私はヘルガを背負って歩く。


 ――ヘルガがまた、文句を言う。


「魔物が出てきたらアタイを外せるように、腰のドレス、緩めときな。」


「置いていったりしないわよ。」


「アタイが邪魔で、助からないかも知れないぜ。」


(うるさい!)


 私は声を低くして、ちょっとカッコつけて言ってやった!


「正直わかんないね。アタイはやるだけやるだけさ。やられたときはやられたとき。アタイが死んだ先のことは、知らないね。」


 私は、いつかの台詞を言ってやる。


 それを聞くと、ヘルガは私の髪に顔を埋めて、もう何も言わなくなった。


(ふん!)


 私はヘルガを言い負かして、先へ進むのだ!!

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