運命の腕輪


「――ありがとう、可愛い店員さん。」


 可愛い奥さんが、私にお礼をしてくれる。


(う〜ん♪ 私より可愛い人に、可愛いと言われると舞い上がっちゃう!)


 でも、奥さんが無事で良かった。


「あなた!」


 私にお礼をしてくれた後、可愛い奥さんは旦那さんの元へ……


 優しい旦那さんは私が駆けつけたときには倒れていた。(――大丈夫かな?)


「大丈夫か、カレン!」


「この強盗どもめ!」


「良くやったぞ、おねえちゃん!」


 靴屋の親父さんや、街の人たちが駆け寄ってくる。


 やっぱり私が強盗を撃退したらしく、みんなは私を褒めて、男たちは取り押さえられていた。


「あなた、大丈夫!?」


 可愛い奥さんの、心配の声。


 若い旦那さんは倒れたままだ。


 私も心配で駆け寄った。


 旦那さんは刺されたりしてはいないみたい……


「大丈夫ですか! 素敵な奥さんの旦那さん!」


「あ……あぁ、可愛い店員さん。そう、私の可愛い素敵な妻は無事なのかい?」


「あなた、私は大丈夫よ!

 この店員さんが助けてくれたのよ!」


 弱々しい声だったけれど、旦那さんは意識を取り戻してくれた。


 奥さんの心配したり褒めたりで調子も変わらず、無事のようだ。


 私はまだ、自分が何をしたかわかっていない……


(まあでも二人が無事で、良かった良かった♪)


 ――安心する私。


 そんな私を見つめながら、旦那さんが声をかけてくる。


「君は……アンデルセン?」


(アンデルセン? さっきもなんだかそう呼ばれたような……)


「君が、助けてくれたんだね。」


「いえ、私も無我夢中で何がなんだか……」


「ありがとう。」


 私は、癒し系イケメンの旦那さんに真剣な顔でお礼を言われ、固まってしまった。


 人盛りの中で……旦那さんは立ち上がって、可愛い奥さんの無事をしっかりと確認する。


 そして、カバンから何か光るものを取り出した。


(――ブレスレット?)


 その取り出したブレスレットに、私はつい目をやってしまう。


 それに気づいた旦那さんは慌てて、もう一度カバンに手を入れた。


 そして、それから財布がわりの袋を取り出して、金貨をたくさん握って私へと手渡してきた。


「可愛い店員さん、命のお礼だ。受け取ってくれ。」


「いえ、そんな……」


「素敵な私の妻を救ってもらった価値を、君はわかってくれるだろ?」


 そう言って旦那さんは、金貨を十二枚もくれたのだった。


「あとね、店員さん、これを受け取って欲しい。」


 さらに旦那さんは、続けて私に手渡してくる。


 今度は色々な宝石のたくさん付いた、さっきの金のブレスレットを手渡してきたのだ。


「いえ! さすがにこんな高価な物まで頂けません!」


 私は、本気で断った。


 お金も高価な品も、そりゃあ嬉しい。


 でも、さすがに貰い過ぎというものだ。


 だけど断る私に、真剣な顔で旦那さんは言う。


「これは君の物だ。」


(君の物? いやいや、私の物じゃないですよ。まだ、受け取ってませんから!)


 そう思う私に、旦那さんは続ける。


「これは君の物だ……アンデルセン!」


 ――旦那さんの強い言葉。


 その言葉に押された私は、そのブレスレットを受け取ってしまう。



 そんなやりとりの後で、二人の若い夫婦は、幸せそうな笑顔に戻る。


 そして何度も私にお礼を言ってから、仲良く二人で去っていったのだ。


 私は、靴屋の親父さんや街のみんなに揉みくちゃにされながら称賛された。


 強盗を撃退したヒーロー……今日の私は思ってもみなかった役をもらったみたいだ。


(でも私、どうやって強盗を倒したんだろう?)




 その日の夕方、私は色んな事を考えながら、家路についていた。


(頂いた金貨……これみんなお母さんに渡したら、またお酒を飲んじゃうな。

 どうしよう? 靴屋の親父さんに預かってもらおうかな? ブレスレットもどうしようかな? 見つかったら、取られちゃうかな?)


 そんなことを考える私だけど、特に気になったのが、素敵な旦那さんの言っていたあの言葉だ。


「最後の一つの宝石を見つけるんだよ。頑張ってね……アンデルセン。」


(うむ! いろいろわからん!)


 ああ、でも確かに……ブレスレットには赤や青、緑に黄色の綺麗な宝石たちが埋め込まれている。


 けれど一つだけ、宝石が埋まっていない穴がある。


(最後の一つってこれのことだな。なんだかわからないけどわかったよ。

 ――で……、アンデルセンって誰やねん!)


 帰り道、そんな風に私の頭は迷子だった。


 でも足はまっすぐに、家へとたどり着いてくれたのだ。




 私が家に帰ると、そこには知らない男がいた……お母さんが若い男と一緒にいる。


(さすがお母さん、モテるな〜。)


 お母さんは美人だから、すぐ男を連れてくる。


 生きてた頃は、お父さんも苦労していた。


 私がそんなことを思い出していると、今度のお母さんの新恋人が、私をいやらしい目で見ながら言ってくる。


「お、娘いたのか? 可愛いじゃん。」


(あぁ、これは嫌な予感当たったな。この男はダメだ。私の新しいお父さんには向いてない。)


 お母さんはお酒を飲んでいるようで、赤い顔と、とろーんとした目で私を見つめている。


(くそぉ、禁酒を破りやがって! イチャイチャはして良いけどさぁ、お酒は飲ませるなよ!)


 そんな風に思った私は、たぶん不満そうな顔で見ていたのだろう。


 そうしたら男も不満そうに私を見て、イチャモンをつけてきた。


「なんだ、子供のくせに高そうなブレスレットをつけて……ちょっと見せてみろ。」


(うん、コイツ、やっぱダメ。ガラが悪そうだ。)


 お母さんも言ってくる。


「あんた、それ何? 子供のくせに勝手に買ったんじゃないでしょうね!」


(これはまずいなぁ……このままここにいると、色々とまずいことになる気がする。

 家に普通に「ただいま」って出来そうな雰囲気じゃないぞ。――今日は家出しようかな?)


 そう考えた私は、お母さんに言いたいことを言って、この場を去ることに……


「お母さん……」


「なに!?」


(もうホント、お母さんってヒステリック……よし、言ってやる!)


「お母さん……大好き!」


 ――そう言って、家出してやったのだ♪



 お母さんの驚いて丸くした綺麗な瞳だけが、印象に残っている……


 ――私は帰り道をもう一度、逆走した。


 私が頼れるところなんて仕事先の靴工房、親父さんのところくらいしか無い。


 黄昏から星空に変わる中、私は自分の街を走って出ていって、隣の街をとぼとぼと歩いたのだ……




 靴工房に着いた私は、扉を叩く。


「カレン、どうしたんだい?」


 扉を開けた靴屋の女将さんが、心配そうに声をかけてくれた。


 靴屋の家に上がり込んだ私は、事情を説明する。


「ちょっと母に男が出来て……。今日は高価な貰い物まであるものだから、タイミングが悪いなぁと思いました。」


 そんな拙い説明でも、汲んでくれる女将さんと親父さん。


「ガハハ、カレンも大変だな。」


 私が持ち込んでしまった暗い雰囲気……それをいつもの笑い声で、親父さんがかき消してくれる。


「しばらくうちにいな。」


 そして、女将さんからは優しい提案。


 甘えさせてくれる二人に、私はさらに甘えさせてもらう。


「金貨のことなんですが、あの……親父さん、頼んでもいいですか?」


「ガハハ、金の件はわかった。あの女が使い込まないように、小分けでお前の家に届けてやる。だがなぁカレンよ、少しは自分のことを考えろよ。」


 ――私のこと?


 私のことは考えなくて良いくらい……親父さんたちが優しく対応してくれているじゃないか?


「カレン、あんたは優しい子だ。」


「ガハハ、お前は優し過ぎる。」


(それはこっちのセリフだ。

 泣いちまうぜ、コンチクショー!)


 ――この夜。


 私は優しい親父さんと女将さんのいる、靴工房に泊めてもらった。


 人のうちのお布団は、とっても暖かい。


 私はこの日、自分の家から飛び出してしまった……けれど、他人の家でぐっすりと、暖かい布団の中で寝ることができたのだ♪

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