完結済み連載作品

呑気な彼女は召喚士

はじまりの出来事


「カレン、あなたは召喚士よ。」


「――召喚士?」


「――そう。

 あなたは妖精や使い魔、もしかしたら神獣といった超常の存在を呼び出す力を持っているの。」



 国一番の魔法使いだという彼女は、私が召喚士なのだと、私にはすごい力があるのだと言ってくれた。


 ――あんまり、私自身に実感がない。


 だけどあの時……なんだかよくわからないうちに暴漢たちをやっつけたあの時から、私は不思議な力が使えるようになったみたいだ。


 私が勇者パーティーに入って魔王を倒す冒険に出るなんてのはびっくりなことだけど、確かにあの時から、私の周りには不思議なことが起こり出す。


 きっかけは、あのご夫婦との出会い。


 あの時、私に起こったことは、なんだったんだろうか……


 


「――カレン、さっさと金を稼いできな!」


 その日は朝から、お母さんがそんな風に言ってきた。


 だから私はいつもより早めに仕事に出かけたのだけど、嫌な予感を感じていたんだ。


 私が注意しないと、お母さんはお酒を飲み過ぎる。


 家にはもうお金もお酒も無いから、心配ないは無いはずなんだけど……


 けれど、なのに、なんとなく、今日のお母さんは私を家から追い出したそうで、何かあるなって感じがしたんだ。


(心配だな……でも、お母さんヒステリックだからな。――何か言ったら怒るだろうなぁ。)


 そんなことを考えながら、私は働き先へ、隣町の靴工房へと向かって歩く。


 うちはお父さんが去年に死んじゃってるし、お母さんは呑んだくれ。


 だから私が働いて、家計を支えていたりする。


 十五歳の女の子が家を支えるくらいのお金を稼ぐ方法って、普通は体を売るくらいしか無いのかもしれない。


 けれど、死んじゃったお父さんが靴職人で、その技術を多少なりとも私に授けてくれている。


 だからなんとかそんなことをしなくても、私はお金を稼げているのだ。




 ――隣町の靴工房。


 ここは、お父さんと昔に兄弟弟子だった親父さんが仕切っている工房だ。


 親父さんは、私の師匠。


 お父さんが死んじゃってから、半人前の私に仕事を教えてくれた人。


 その親父さんが、私に言う。


「カレン、店の方を頼んだぜ。」


 親父さんの靴工房は靴を売る靴屋も一緒にやっている。


 私って、お母さんと同じブロンズの髪と黒い瞳をしてるんだ。


 そしてどうやらお母さんに似て、なかなかの美人らしい。


 だから私は靴職人見習いでありながら、靴を売る靴屋の看板娘もやっているのだ!


(えっへん!)




「――この赤い靴、可愛いわね。」


 私が店番をしていると、お店に来たお客さんの女性がそう言った。


(若い恋人同士? ご夫婦かな?)


 奥さんだろう女性が、並べてあった赤い靴を気に入ったみたい。


(その靴、実は私が作った靴なんだよね♪)


「当店のオススメの商品なんですよ。サイズが合わないと足を痛めてしまいますから、ぜひ試しに履いてみてください。」


 私は、そう声をかける。


「じゃあ、とりあえず履かせていただこうかしら。」


「では私の愛しい人、こちらにどうぞ。」


 そうして奥さんは、靴を履いてみることに……


 隣にいたすごく優しそうな旦那さんは、奥さんの手をとって椅子へと導く。


 奥さんは椅子に腰をかけ、私の作った赤い靴を履いてくれた。


(――あ、ぴったりだ!)


 サイズが……ってのもある。


 でもそれ以上に、優しそうで美人なその奥さんに、赤い靴がぴったりで、とても良く似合っていたのだ。


(キレイ! 可愛い!)


 私は思わず、声を上げそうになる。


 でも、私より先に旦那さんの声が出た。


「とても良く、似合っているね。」


「本当、あなた? 私には少し派手じゃないかしら?」


「そんなことはないさ。綺麗な君に良く合っている。」


「あなたは口が上手いから……」


 私は、そんな二人の反応を見て判断する。


(ここは押すところだ! 嘘の無い営業トークは簡単だよね♪)


 そう思いながら、声を掛けた。


「奥様、私から見てもとてもお似合いですよ。綺麗です!」


 そう言うと、奥さんは少し口元を軽く抑えて顔を赤らめた。(――可愛い人だなぁ♪)


「信じて……良いのかしら。」


「君が信じなくても、君は疑いようなく美しいよ。彼女の言葉に嘘はない。私はもう、その靴を買うと決めてしまったよ。」


「もう、あなたったら!」


(――あまぁ〜い!)


 ご夫婦の甘い会話に、私はちょっと酔いそうになる。


 でも、ちゃんと看板娘としての仕事を果たすのだ。


「あ、ありがとうございます!

 お買い上げありがとうございます!」


「いやいや。妻に似合うこんな可愛い赤い靴に出会えてとても満足だ。――おいくらかな?」


「えっと、200ルフになります。」


「では、これで。」


 ご夫婦は身なりも綺麗で裕福なんだろうなと思っていたけど、お財布代わりの袋には、金貨がたくさん入っていた。


 その袋の中から旦那さんは、金貨を二枚取り出して私に手渡す。


(これで契約成立、やったぜ!)


 私はお礼を言いつつ、包装に取り掛かる。


「ありがとうございます。では、靴をお包みしますね。」


「いや、いいよ。前の靴は捨てていこう。新しい靴にここで履き替えていくことにしよう。」


 旦那さんのその言葉……ここまで順調だったのに、その言葉に私は引っかかった。


 せっかく売買成立したというところで、私は彼の言葉を否定したのだ。


「もったいないです!

 今の靴を履いた奥様も、とても素敵です。」


 そんな私の言葉を聞いて、ご夫婦は目を丸くして黙ってしまった。


(これは、や、やってしまった……怒って「やっぱり買わない!」ってなっちゃうかも?)


 そう思って私がドキドキしていたら、ご夫婦は穏やかに笑い始めた。


「お上手ね、可愛い店員さん。」


「いやぁそうだね。今の靴を履いた妻も素敵だ。やっぱり靴は包んでもらおう。ありがとう店員さん。」


 ご夫婦は怒らずに優しい反応で、私の言葉を受け入れてくれた。


 靴を包装した私は素敵な若いご夫婦の、優しい旦那さんに商品を手渡す。


「お買い上げありがとうございました!」


「うん、今日は良い靴を二足分、手に入れたような気分だよ。」


 そんな言葉を返してくれる旦那さん。


 私は素敵なご夫婦を、店先で、その並んで歩く姿を見送った。


 そうしながら、私は幸せな気分に浸っていた……




 ――そんな時に事件が起こる!


 二人で歩くご夫婦と、それを見送る私の幸福な時間……それを邪魔するやつらが現れたのだ!


「きゃっ! あ、あなた!? 何するの、あなたたち!?」


 ご夫婦が店を出て歩いていたところ、その裕福そうなご夫婦を狙い、三人組の強盗が襲ってきたのだ。


(――ふざけるな!)


 私はそう思い、箒を持って店を飛び出す。


 そして、その現場へと割って入る!


「なんだぁ、お前はぁ!」


 強盗の一人が言ってくる!


(それはこっちのセリフだ、この悪党!

 お前らこそなんなんだ! 人の幸せな時間を邪魔しやがって!)


 怒っていた私は、怒りに任せて持ち出した箒を振り回す。


「ぶっ殺すぞ!」


 男の一人が、怖い顔でそう叫ぶ。


 その声で、私はちょっと冷静になる。


(あぁ、考え無しに飛び出してしまったよ……)


 相手は三人、ナイフ持ち。――たぶん死ぬ。


「店員さん!」


(あぁ……可愛い奥さんが心配してくれている。守りたかったな……いや、守りたい!)


 そう決意した私は、とにかく必死に箒を振り回した。


 ――なんだか、男達の動きがスローに見えてくる。


「……呼んで。」


(あぁ、なんか小さな女の子の声が聞こえてくる……天使の声? 死ぬ前のアレかな?)


「……呼んで、アンデルセン。」


(――誰!? 何を? 呼んでって、あなたを? あなたの名前を? 私は、天使の名前なんて知らないよ!)


「……呼んで、私の契約者。」


 そんな、小さな女の子の声。


 その声に、私は叫んだ。


 強盗たちにナイフで刺される寸前の私は、思わず叫んだのだ。


 私は小さな女の子に言うべきことじゃない、とんでもないことを叫んでしまったのだ。


(だって、死ぬって思ったから……)


「――お願い! 助けて!!」




 その瞬間……グサリッ!!


 ――私は、男にナイフで刺された。


(くそー、強盗め! この命と引き換えに殺してやる!)


「うわぁあ! 死ねぇ! 死ね!!」


 粘る私を、強盗は叫びながら刺す。


 グサリグサリと、怯えた男が私を刺しまくる。


(叫びたいのはこっちだチクショー!

 うら若き美少女の命を奪いやがって!)


 そんな怒りに任せて、私は男に噛みついた。


「ぎゃあああああ!!」


 噛まれた強盗は、悲鳴を上げる。


(あれ?)


 男の首を噛んだら、ざっくりと噛み切れた。


 男の首からは、血飛沫が飛ぶ。


「な、なんなんだ!? お前はぁ!?」


「この化け物がぁあああ!!」


(化け物って酷いなぁ。)


 強盗たちは叫びながら、私に襲いかかってくる。


 私の体にナイフが、グサグサ刺さる。


(死んだよ、私……でも必死の攻撃って、華奢な私でも通るもんだなぁ。)


 私の爪は男たちの体に突き刺さり、噛みついた歯は、男たちの肉を喰い千切る。


「うぎゃああああ!!」


「ぐあぁああああ!!」


 そしてついに、強盗たちが断末魔を上げる。


(あれ? やったんじゃない? 道連れ成功♪ 我が人生に一点の悔い無し!!

 お母さん……お酒、飲み過ぎないでね……)


 そんな事を思っていたら、私の目の前がパッと晴れる。


「――あれ?」


 思わず、とぼけた声が出た。


 気づくと、私は今まで血みどろの世界で戦っていたはずなのに、いつもの青空の下にいる。


 周りに血なんてどこにもなく、強盗たちは口から泡を吹き、お股からはおしっこを漏らして、道に倒れて込んでいる。


 私め、なぜだか傷一つ付いて無い。


 今の今まで、何があったのかわからない……


 だけど、強盗たちは気絶をし、私は撃退に成功したみたい……だったのだ。

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