第134話・解放
かくかくしかじかで俺の目の前には精神が完璧に狂ってる【嫉妬の天魔】がいる。
いや、正確に言えば【嫉妬の天魔】を半分有している存在だな。
ただ、その実力は本物、英雄レベルを超える魔力に身体能力を持ち、戦闘経験こそ少ないが、その有り余る力だけで英雄レベルの相手ならば余裕で倒すことの出来そうな化け物。
少なくとも天魔じゃないとこの化け物をどうにかすることは出来ないだろう。
今は俺の怠惰の権能で怠惰となり座り込んでいるが、怠惰となくなった後には、何をするか分かったもんじゃない。
という訳だから流石にこのまま放置は出来ない。
俺としては彼女の境遇を知ってしまった訳だし、多少は助けてあげたいと思いはある。でも下手に手を貸して面倒事になっても嫌だ。
さて、どうしましょうか?
まあ、いいやうじうじと考えても仕方がないし、取り敢えず、彼女の要望を聞きますか。
「怠惰の権能・解除」
「なぁ、あんたがよぅ、私をあの無気力状態にさせたのかぁあああ、ぇえぇえ。どうなんだよ。答えろよぉお。私はなぁ。今すぐにあのクソ女をぶち殺さなけれぇぇばぁ。ならないんだぁぁぁよぉ」
俺の想像以上に喋り方の癖があったんだけど。いやまあ、それはどうでもいいか、いやどうでもよくはないけど、気にする方が面倒だ。多分怒りと殺意の感情でろれつが回ってないだけだろうしな。
だって、見たらわかるってレベルで殺意がとんでもないことになってるもん。目が完璧にイッてるもん。復讐鬼って言葉が似合い過ぎるレベルだよ。
でもそれはそうか。だってあれだけのことをあの憑依者の悪女にされている訳だからな。
復讐したいって気持ちはよく分かるよ。
今は第三王子の元にいるわけやし、それ相応の報いは受けているからな。
う~ん。どう説得しましょうか。
「それなんだが、お前を苦しめていたあの憑依者の悪女の魂は復讐はしなくても良いってレベルのエグイ報いを受けている最中だぞ。
具体的には自由意思を完璧に奪われた上で第三王子の玩具としてほぼ永遠に生き続けるって感じかな。一応俺が発狂という逃げを無くすために精神を保護する魔法をかけといたから。まあ地獄の苦しみを受けている最中だと思うよ。それでもアレにわざわざ殺すという慈悲を与えたいか?」
俺の言葉を聞いて、何かを考え込みだす。その目はさっきの復讐鬼のような狂った目ではなく、理性的な目になっていた。
これは、もう少し後押しすれば説得できそうだな。
「これは持論だがある意味【死】というのは救いになると思う。もちろん時と場合にもよるし、その人の考え方にもよる。だけど考えてもみろ。死んでしまったらそれで終わりだ。どれだけ残虐で悪逆非道な屑だろうと死んでしまったらそれで終わりなんだ。死んでしまったのならば罪を償わせることすら出来ない。分かるか」
お、大分説得できかけてるな。よし、後もう一押しだ。
「知ってるか?世の中には死を自ら望む者が大勢いる。それはもう本当に気が遠くなるレベルで大勢いる。俺は面倒だからそういうのは心底どうでもいいと思うし、自分の命、自ら死を選ぶのはある意味で自由ってもんだ。でもそいつの命がそいつだけのものとならない時がある。何だと思う?」
・・・・・・・・・
「家族や友人、愛する者がいる時とか?」
少し悩んだ末に、彼女はそう答えた。
ちょっと意外だったな。俺は別の回答をすると思ったのだが、どうやら俺の想像以上に彼女の根は優しい人間みたいだな。
「まあ、正解だ。ただもう一つある。それはそいつが憎悪を受けている時だ。
例えば、そう例えばの話をしよう。そいつはとある国の王だったとしよう。その王は恐ろしい愚物であり、突然の大幅増税を行い逆らう臣下を皆殺しに、国の中枢を担う大臣達を自分の身内や子飼いの貴族達で固めて国を私物化した。もちろん民は反乱を起こした。
で、その王は自分が殺されると思って最後毒を呷って死にました。めでたしめでたしってなると思うか?」
因みにこの話は、実際にあった話、今から50年ほど前にとある小国で起きた話だ。
その小国は今は帝国に吸収されているが、帝国に吸収されるまで、国は荒れ果て、王というのが機能していない管理のされていな町や村が乱雑にあるって感じになっていたらしい。
まあ、あくまで本で読んだ内容だけどな。それでも碌なことにはなってないってのは確かだ。
「ならないと思う」
「だろ、じゃあ、何で国王は毒を呷った」
「それは、捕まって今までの憎しみを受けて拷問されて殺されるのを恐れたから」
「そう。大正解だ。ようはその国王はその時【死】を選ばなければ、死んだ方がマシと思えるような地獄の拷問を受けることになっていたって話だ。
まあ、つまり、その愚かな国王がある意味で死なないで欲しい、安易に死んで逃げないで欲しいという憎悪で溢れていたって訳だ。
さて、俺がさっき言った質問である、そいつの命がそいつだけのものとならない時の答えとして俺は【そいつが死んで欲しくないって思う人がいる時】だと思う。それはさっきお前が言った。家族や友人、愛する者であり、俺が思う、そいつを憎悪する者って訳だ」
「さて、もう一度問おうか。お前はあの憑依者の悪女を殺したいか?今現在地獄の苦しみに会い、それがこれからも永遠に続くことが確定している憑依者の悪女を殺したいと思うか?」
「思わない。むしろ、このままより苦しみを味わってほしいと思う」
「良い笑顔だな。ああ、それでいい。俺もそれが良いと思う。さて、で?質問だ。これからお前はどうしたい?」
「どうしたい?・・・私は・・・お母さんのお墓にお参りした。そしてその後は・・・自由に生きたい。お母さんの分まで自由に生きて生き抜きたい」
「いいじゃないか。凄く良いと思うぞ。よし。じゃあ俺はその手伝いをしてあげよう」
「手伝い?」
「ああ。そうだ。今のお前は容姿そのままだと、ソルティー国の公爵令嬢であり第三王子の妻とそっくりということになる。それは何かと面倒事が起きそうだろ。だからそれをバレないようにしてやる」
「つまり、私の顔を変えるってこと?」
「いや、正確に言えば幻覚魔法で周りからは別の顔に見えるようにするだけ」
「それなら、お願いします」
「オッケー。幻覚魔法・部分的幻覚。これで天魔レベルの存在じゃない限りはその幻覚は見破れないと思うよ。仮にそのレベルの存在は見破ったとしてもさして興味をもたないだろうし、後、一応これお金、まあ帰省するのに使いな」
「何から何までありがとうございます。では、私は今からソルティー国に向かいます」
「オッケーって、待て、そういえばここ王城だったな。このままこの城を出た場合面倒事になりかねないな。よし、取り敢えず近くの街まで転移させてやる。後は適当に冒険者ギルドで冒険者登録でもして身分を確保しろ。お前の実力ならば余裕だろ」
「確かにそうですね。分かりました。じゃあ、その通りにします。本当に色々とありがとうございました」
「まあ、いつかこの恩を返せよ。という訳でじゃあな。転移」
俺は彼女を城下町の本屋に転移させた。
ここからは彼女一人でどうにでもなるやろ。
我ながら随分と太っ腹かつ優しいなって思うが、まあ、あれだけの苦しみを味わったんだ。セリカに重なる部分もあるし、私的に母親が亡くなってるって点もなんか俺と重なってしまったし。
偶にはこういうのもいいだろう。
さて、面倒事全て片付いたし、部屋に戻って寝ようかな。
なんか、忘れてる気がしなくもないが、(死にかけている父上)まあ気のせいだろう。(何一つ気のせいじゃない)多分大丈夫だ。(大丈夫じゃない)
――――――――――――――――――――
やめて!【嫉妬の天魔】の力で全ての力を奪われてしまって、毒耐性を無くしてしまっている国王陛下は今現在、弱毒によって死にかけてしまってるわ。
お願い、死なないで国王陛下!あんたが今ここで倒れたら、ヤマダ王国の王様は誰がやるの、グレンに面倒事がかからないようにするって約束はどうなっちゃうの? ライフはまだ残ってる。ここを耐えれば、グレンが来てきっと治して貰えるんだから!
次回、「国王陛下死す」。デュエルスタンバイ!
(流石に国王陛下は死にませんよ)(ジョークです)
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