第104話・回帰した悪役令嬢ですけどなんか私の知ってる過去から大分ずれてるのですが?というか何故かあの面倒くさがりの師匠がハーレム作ってた件について、いやどういうこと?

「え?師匠のメイドって一体どういうこと?あれ?待て待て待て待て、あれ?記憶がおかしい?何で師匠が普通に王城にいるの?何で天魔がいるの?というかナナって、あの【復讐の天魔】だよね・・・あれ?一体どうなってるの?というかカレーヌさんも天魔になってるし、ディスラー将軍も天魔になってるし?あれ?あれれれれ?」


 マリアは混乱する。

 それもそのはずだ。余りにも自分が知っている過去と今の時代の状況とが違い過ぎていたのだから記憶に対する齟齬が多すぎるからだ。


 少なくともマリアの持つ記憶の中ではこの国の天魔は【探知の天魔】しかいないし、師匠はこの国から出てってるし、第一王子派閥と第二王子派閥の争いはもっと苛烈になっているはずだ。

 

 それが全然違っている。

 まるっきり違っている。

 余りにも違い過ぎている。


 少しの違いとか言うそんな生易しいものではない、少なくとも天魔が3人、いや師匠を含めて4人も増えているという事実が異常極まりない。

 天魔というのはたった一人で国すら落とせる化け物なのだから、それが今のヤマダ王国には5人もいる。

 おかしい、おかしすぎる。


 疑問がひたすらに頭の中をぐるぐるする中、マリアは思う。

 でも、私も元【闇染の天魔】であるし。何とかこの場を切り抜けて、師匠の所まで辿り着いてもう一度眷属にして貰えれば・・・・・・天魔に至れるのではないか?

 そして、天魔になれば最強の存在として今度こそ誰にも邪魔されずに復讐が出来るのではないか?


 と。


「何を考えているのか分からないけど、大人しく降伏するのだったら痛い目は見なくてすむわよ」

 イトの声が静かなパーティー会場に響き渡った。

 その声はひたすらに穏やかに、されど力強く、透き通っていた。


 そしてマリアはその声で理解が出来た。


 絶対に勝てないと。

 絶対に逆らってはいけないと。

 今目の前にいるのは天魔である、一瞬、そう一瞬だが勝てる、否、逃げれるかもと思ったがしかし、そんなわけがない。今の自分は天魔ではない、それどころか回帰して魔力も身体能力もかなり落ちている、強さは精々超一流レベルだ。


 ただ、殺意と禍々しい魔力で周りを圧倒してただけ、おそらくすぐ近くにいるセッカという少女にあっけなく負けるくらいには弱い。

 そう思った時にマリアは自分の弱さに反吐が出そうになった。吐き気を感じた。


 弱いというのは悪だ。


 もしも自分が師匠に出会う前から強かったら、【闇染の天魔】であったのならば、あの狂王に拷問されることもなかったし。なんなら自分の手で全員皆殺しにしてヤマダ王国を建て直することだって出来た。

 あくまでたられば、しかし、力があれば出来た未来。


 そうこの世界は弱肉強食なのだ。

 弱ければ死に、強ければ生きる。

 弱ければ遊ばれて、玩具にされ、上位存在に尻尾を振るしかない、でも強ければ何をしても許されるし、何だって出来る。

 そして天魔というのは弱肉強食というカーストの最上位に位置する最強の存在なのだ。


「【剣舞の天魔】であるイト様、私マリアはイト様に降伏します」

 マリアは跪き両手を差し出した。


「あら、思った以上に素直ね」


「天魔に逆らう程私は愚かではありません」


「そう、じゃあこれからどうしようかな?」


「捕まえないのですが?」

 マリアは自分は今すぐに拘束されて牢屋に閉じ込められて裁判にかけられると思っていたため不思議に思う。


「最初は拘束して牢屋に入れようと思ったけど、それをしたら面倒事になってグレン様に迷惑をかけるかなって、今思ったの。だからちょっと悩んでるわ」

 イトは基本的にグレン様第一であり、このパーティー会場に駆け付けたのは闇の魔力を感じたからという完璧なる独断であり、下手に大きな問題事が起きてグレン様に迷惑をかけるのを防ぐためでもあった。

 そしてそんなグレンは今現在、昼寝中の為に判断を仰ぐということは出来ない。その為一人悩んでるというわけであった。


「【剣舞の天魔】であるイト様、その者はこの国を破滅へと導く天魔となる可能性があります。今すぐにこの場で処刑を」


 マリアの濃密過ぎる闇の魔力と殺意に当てられて少し身動きが取れなかったセッカではあるが、そこは聖女と呼ばれ、準英雄クラスの実力者、何とか心を奮い立たせてそう叫んだ。


「は?ちょっと何を言ってるのか分からないかな?ここでこの娘を殺したら、面倒事になるじゃん、グレン様に迷惑がかかるじゃん。あまりふざけたことを言うと、殺すわよ?」

 

 イトの殺気が放たれた。

 イトは普段はグレンのメイドとしてニコニコ過ごしているが、その本質は幼少期に家族全員を虐殺された後、傭兵として数々の死線と地獄を乗り越えて来た猛者。

 だからグレン様と自分の認めた存在以外は全て殺してもいい敵ないし生き物として見ていない。

 そしてその歪な考えは天魔になってより深くなった。


「こ、殺すって。この殺気・・・本気・・・ってこと」

 イトの殺気に当てられてセッカは情けなくも小を漏らして、失禁をしかけてしまう、何とか意識は保っているが今すぐにでも気絶しそうであった。


「おいおい、よぉ、そんな情けない声を出して汚ねえしょんべんまき散らすくらいならぁよぉ、最初から私にお前ごときが指図をするなよ。やっぱり殺すか?」

 普段のイトを見ているものからは想像出来ないような言葉が飛び出る。

 しかしこれがグレンのいないイトの本来の喋り方であった。

 

「ヒィ」


 パタン


 イトの殺気に今度こそセッカは気絶して、そのまま床に倒れた。


「ハア、まあ放置でいっか。おい、お前名前は?」


「マリアです。ただのマリアです」


「そうかマリアか。取り敢えず事情が分からないから一から説明しろ。話はそれからだ」


「は。はい」


 そしてマリアは話した。

 自分が未来の世界から回帰した存在であるということ。

 その未来で第一王子が行った悪事の数々を、自分が未来のグレンに弟子入りして天魔となりこの国を滅ぼしたこと。

 自分の経験した未来と今の状況には大きな違いがあること。

 この余りにも滑稽な話をイトが信じてくれるかは分からないが話した。話して話して話して、気が付いたら全部を語っていた。


「そうだったのね」


 ギュ


 イトは気が付いたらマリアを抱きしめていた。

 何故ならマリアの顔が傭兵時代【幻覚の天魔】に対する復讐で心が埋め尽くされてた時の自分と凄く似ていたから。

 復讐に囚われて悪意に呑まれて、心が潰れていた、あの頃の自分に重なってしまったから。


「イトさん・・・私、辛かったです」


「ああ。泣いていいぞ。私はマリア、お前の苦労が分かるなんて傲慢なことは言わない、でも苦労を分かち合うことは出来ると思う。だから泣け」


「イトさん、私どうにかなりそうです。この自分の闇に心が魂が体が全てが飲み込まれそうで辛いです。復讐に走って全てを壊しそうで怖いです」


「大丈夫だ。私が止めてやる。これでも天魔だ。安心しろ」


「イトさん。私、私はどうすれば良かったのでしょうか」


「今から楽しく生きればいい。何、今のこの国には私にカレーヌにナナちゃんにディスラー将軍にグレン様がいる。何があってもそんな悲しい誰も幸せになれない未来は生み出さないよ」


「イトさん。ありがとうございます」


「何、いいってことよ。傭兵として生きてた時は偶に戦友を無くした同僚に胸を貸したものだからな」


「イトさん、・・・・・うえええええええん。私は私は辛かったです。悲しかったです。憎かったです。悔しかったです。自分の弱さが嫌で嫌で、自分がもっと強ければこんなことにはならなくて、自分が選択肢を間違わなければ・・・・・・あの子も死なずに済んだのに・・・・・・・」

 泣きすぎて顔がぐちゃぐちゃになってるマリアは、そう言って自分のお腹をさする。

 そこにあったのは、無念と懺悔。憎き第一王子の子であれど、自分の血を引く子供、それをあんな形で死なせてしまったことに対する後悔してもしきれない後悔。


「それは忘れなさい。気にしない方がいいわ。そうやって過去に、この場合は未来だけど、まあ。とにかく過ぎたことを悔やんでもどうにもならないわ。皆どこかでそれを割り切るか、抱え込みつつも何とか整理をつけて生きてるのよ。だから貴方もそうしなさい。私のようにね」


「イトさん・・・すみません。情けない姿をお見せしました」


「気にしなくてもいいわ。これは誰にも内緒だけど、私もグレン様の前で今のマリアみたいに泣いたことがあるもの」


「そうなんですか、師匠の前で・・・なんか少し想像しにくいですね」


「そうかもね。それじゃあもう一つ、実は私グレン様とごにょごにょ」


「ええ。あの師匠が、えええええええ、意外というか、師匠って性欲あったんですね」


「確かに驚くのは無理もない。でもグレン様とて思春期の男の子、性欲の一つや二つあるぞ。ただちと強すぎるのが難点かな」


「強すぎるって、あ、【万能の天魔】の力で強化されているのか」


「そう。そういうこと」


「なるほど、それは大変そうですね」


「ただ私以外にカレーヌもいるし、今の所はなんとかなっているわ」


「そういえばカレーヌさんは自分よりも強い人と添い遂げるって明言してましたね。なるほどだから天魔に覚醒しているのか」


「そういうことよ」


「え?じゃあ他のディスラー将軍も眷属になったってことですか?」


「ええ。そうよ」


「それは、なんというか凄いですね。私の想像以上師匠の力が強くなっていますね」


「フフフ。確かにそうね。さて、そろそろグレン様が起きる時間だから、グレン様の元に一緒に行くわよ」


「はい。イトさん」

 そうして二人はパーティー会場の惨状全てを放り捨ててグレンの所に向かった。



 ――――――――――――――――


 補足説明


 イトはマリアの話を結構簡単に信じました。

 理由は二つあります。

 一つ目はマリアの目が雰囲気が嘘をついているようには見えなかったこと。

 二つ目は神という存在がいて、ナナの記憶が戻ったという例がある今、マリアの記憶が戻っても何一つ不思議じゃないからです。


 因みに第一王子は普通に意識があり起きてます。wwwww。厄介事面倒事の匂いしかしない。

 ――――――――――――

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