第102話・師匠との出会い


「何だお前は?」


 マリアはとある小屋の一室に転移させられた。

 そこには不機嫌そうな顔を浮かべる一人の青年がベットに寝そべりながら本を読んでいた。


「わ。私はマリアです。ただのマリアです」


「マリアねえって?ん?あれマリア?その名前容姿、そして年齢、まさかまさか。万能鑑定」


 青年は何かに気が付いたのか表情が一転、驚きに変わる。


「・・・・・・・これは、なんというか、マジかよ。ハア面倒だけど治してあげるか。身内の不祥事だしな。治癒魔法・完全回復」

 青年が魔法を唱えただけでマリアの体にあった拷問の跡も自ら死ぬためにつけた頭の傷も全てが綺麗に治った。


「あ、ありがとうございます」


「いや。いいってことよ。面倒くさい。まあいいや、あんたに選択肢をやろう。一つ目は今すぐにここから出ていく。二つ目は家事を全部やる代わりにここで俺の弟子になるかだ」

 いきなり突き付けられた選択肢に一瞬戸惑うも、マリアは理解した。

 この青年の力とそして弟子になるという選択肢が最も私の復讐という目的に近づけるということを。


「これからよろしくお願いします。師匠」

 マリアは床に頭をこすりつけて、青年にいや師匠に礼をした。


「物分かりがいいようだな。ああ、こちらこそよろしくな」


 ――――――――――――


 それからマリアは師匠の下で修業を積み、強くなった。

 しかし準英雄クラスまでたどり着いて頭打ちになってしまう。この程度の力では復讐は出来ないとマリアは一人嘆いていた。

 そんな時、師匠から眷属にならないかという提案をされた。


 マリアはその提案を即答して、師匠の眷属となり【闇染の天魔】に至った。

 天魔に至ったと理解してすぐにマリアは師匠に告げた。


「師匠。私は今から復讐に行ってきます。私の手であの狂王を殺します」


 と。

 マリアはこの時、拒否される可能性を考えていた。

 師匠と一緒に過ごす中で師匠が非常に面倒くさがりの怠惰な人間だとは理解していた。

 だがらこそ今家事をしていて、最近では修業もしなくなり。ただ家事をしてくれる便利な弟子となった自分を簡単に「はいそうですか」と行かせてくれるはずがないと思っていたからだ。

 しかし師匠の答えはマリアの想像の斜め上を行くものだった。


「分かった。じゃあ俺も行く」


「え?どうしてですか、あの面倒くさがりの師匠が?大丈夫ですか?」


「ハア。全くもって弟子よ。お前は一体俺を何だと思ってるんだ。まあ別にいいけど、いやまあ何だ、身内の不始末は身内が付けなければ駄目だろ」


「身内の不始末って・・・・・え?誰が?」


「誰がって俺がお前の元夫であり現ヤマダ国王のあの愚兄とだよ」


 ・・・・・・・・・・・・・・・


「ええええええええええええええ。ちょっとえええええええええ。えええええ?え?え?どういうことですか?」

 マリアは驚いた。

 それはもう人生で一番驚いた。

 それもその筈、いきなりあの狂王と自分の師匠が血の繋がった兄弟と知ったのだから。

 薄々そんな気はしていたが、それでも驚きは凄かった。

 

「というか、待ってください。じゃあ師匠は王族ということですか?え?王子ってことですよね?どういうことですか?」


「ハア。語彙力が崩壊してるじゃねえか?まあいいや。俺は第五王子だ。王城での生活が面倒になって確か6歳くらいの時に出てってそれ以降ここで暮らしている」


「・・・・・・・・そうだったのですか。ビックリですけど、なんか納得しました」


「そうか。それなら良かった。というわけだから面倒くせえが一緒にあの狂王を殺すもといヤマダ王国をぶっ潰すか」


「そうですね」


 かくしてこの瞬間にヤマダ王国の滅亡が確定した。


 ――――――――――――


「転移」


「師匠の転移は流石ですね。一瞬でヤマダ王国の王城に侵入できるとは」


「まあな。といっても一度言ったことのある場所にしか行けないけどな」


「それでも凄いです。それじゃあこの城をぶっ潰しましょうか。闇よ染まれ」

 マリアを中心に闇が広がっていき、王城全体を包み込んだ。


「全て把握できました。では今すぐに狂王を引っ張ってきますね。闇よ手繰り寄せろ」

 

 ギュイーン


 闇が謎のけたましい音をあげて一人の人間を引っ張ってくる。


「これは一体何だ。おい、そこのお前今すぐに解放しろ。じゃなければ死刑だぞ」

 引っ張られてきた男、否、狂王は無様に喚き散らす。


「これが兄と思うと悲しくなるな。さて消滅しろ」

 

 狂王は一瞬で肉片の一つも髪の毛の一つも、一切何もかも残さずに消滅した。


「師匠あっけなさ過ぎませんか?拷問してから殺したかったです」


「そうか。それはすまんことをしたな。でも拷問とか面倒だったし別によくないか?」


「いえ。拷問したかったです。こいつには死を懇願させる程の苦痛を味合わせてから殺したかったです」

 真っ直ぐな目でそう告げる。

 その目には一切の迷いがなかった。


「闇が深いね。深すぎるよ。まあいいけど別に。じゃあ代わりにこの愚弟をハチャメチャにさせた大臣共でも殺したら?」


「それは凄く良いですね。じゃあ、今から殺して来ますね」


「ああ、好きにしてくれ。俺は戻って読書でもしてるわ」


「ちょっと待ってください。せっかくですし一緒に殺しましょうよ」


「いや。何その誘い?しないよ面倒くさい」


「じゃあせめて、私が皆殺し&拷問に集中出来るように騎士団と魔術師団、後は隠れた強者を消滅させるか、何処かに転移させてくれませんか?」

 今の【闇染の天魔】であるマリアの力を持ってすれば全員を皆殺しにするのは容易いことであるが、しかし、面倒くさがりの師匠とずっと一緒にいた影響で少々マリアも面倒くさがりになっていた。


「ハア。まあいいや。可愛い弟子の為だ。面倒で面倒で仕方がないが、それくらいはやってやるよ。さして手間でもないし。強制転移」

 

 目の前にヤマダ王国内の騎士団に魔術師団、一定以上の実力を持った強者が全員強制的に転移された。


「さてと、解放。お前らには二つの選択肢がある。今すぐに逃げるか。俺に挑んで消滅させられるかだ」

 

 その瞬間、その場にいた人間は理解をした。

 この青年が【消滅の天魔】であり【万能の天魔】であり【怠惰の天魔】である、自分達では絶対に万に一つも何をしようが必ず負ける。殺される。蹂躙される。

 圧倒的過ぎる程の圧倒的な格上だということに。


「「「逃げさせていただきます」」」


 全員がそう叫んで全力で逃げだした。

 脇目も振らずに逃げ出した。


 国に対する忠義も恩義も全てを忘れて。今すぐにあの化け物から逃げる為に。殺されないようにする為に、逃げた。


 ひたすらに逃げた。


 魔術師は走りにくいローブを脱ぎ捨てて、杖を使って風魔法と身体強化魔法で自分にブーストをかけながら逃げる。

 騎士は剣も鎧も脱ぎ捨てて極限まで身軽にして逃げた。


 全員が全員、自分の持てる最もスピードが出る形で逃げ出した。


 とにかくこの場から消える為に、あの化け物に絶対に目をつけられないようにする為に逃げた。

 

 そしてものの数分でその場には師匠とマリア以外誰もいなくなった。


「流石師匠ですね」


「まあ、そうだな。さてじゃあ俺は家に戻ってるから。諸々終わったら戻って来いよ」


「はい。分かりました」


「じゃあ、また後で転移」


 ――――――――――――


 一人になったマリアはニヤリと非常に悪い笑みを浮かべる。


「さあ。パーティーの始まりだわ」


 それから始まるは狂ったマリアの残虐劇。


 元は王子の婚約者であり公爵令嬢、一時は大国であるヤマダ王国の正妻となり王妃となり、その身に王の子供を身籠った女性。

 

 されど今のマリアは狂った血に溺れ闇に溺れ闇に染まった復讐の使者。

 文字通り全てを奪われ、全てを蹂躙された悲しき女性。


 そんなマリアの心はとっくのとうに壊れていた。


 マリアの師匠は気が付いていたが面倒で見て見ぬふりをしてたが、マリアの心の壊れ具合はかなり狂っていた。


 気に食わなければ殺すという自己中心性

 血を見ることに快楽を覚える血愛好

 人を自分の手で破壊して絶望させて、心に闇を受け付けることに快楽を覚える狂った程の残虐性


 マリアは【闇染の天魔】である。

 これを簡単に言えば闇を染めるということ。


 つまり、自分の闇で相手を染めるということである。

 自分の闇で相手を塗りつぶしてぐちゃぐちゃにして、破壊して絶望させて狂わせて、そして自らの手で殺すことに快楽を覚えるということから与えられた二つ名である。


 そして今、マリアはその快楽を自由に行使する場所を手に入れた。


 目の前に広がるのは一切邪魔の入らない、自分を殺そうとした醜い大臣がいる城の中、城を出れば拷問の過程で悪女として民衆に晒された時に自分に石やら罵詈雑言を投げたクソ共。


 ああ。

 それは。

 なんて。

 凄く素晴らしいのであろうか。


 そしてマリアのパーティーは始まった。


 ――――――――――――――――


 マリアの手によって行われた拷問方法は多岐に渡った。


 それは余りに惨く残酷で苛烈で人を人と思わぬ所業であった。


 復讐を終えてある程度満足したマリアが帰った後、冒険者がマリアの拷問跡を見て、一通り吐いた後にこう記した。


【あれは。人間が出来る所業ではない、いや、違う人間だからこそ出来る所業だ。人間であるからこそ、あのような所業が出来るんだ。だけどそう、だけどアレはやはり人間の所業ではない】


 と。


 人によっては何を言ってるか分からない文章であったが、理解出来る者は理解して恐怖した。


 何故ならその文章の意味は、つまる所、天魔という人智を超えた力を持つ人間が人間を絶望するためだけに、おおよそ人という生き物だからこそ想像出来る恐ろしい拷問の数々を行使したということなのだから。


 ――――――――――――


 なお、マリアとて一応の良心があった。

 一応の良心があったからこそ、皆殺しではなく。自分を陥れた者、自分を罵った者、自分を殺そうとした者、この国を悪くした者、悪しき行いをした者、等の罪のある者だけを殺した。


 されどその範囲は非常に広く、マリアが滞在していたたった1日で城の人間は5割以上、街の人間は数百人程が虐殺されていた。


 さて。ここで問題だ。

 国王に大臣含め諸々の貴族らが死に、騎士団や魔術師団にある程度の強者は全員逃げ出したヤマダ王国に未来はあるでしょう?


 A・ない。


 そうしてヤマダ王国はその長い歴史に幕を下ろした。


 たった二人の天魔によっていともたやすく滅ぼされた。


 そしてこれが皮肉なことに、その二人の天魔のうち一人はヤマダ王国の元第五王子。

 もう一人は元王妃。


 二人共ヤマダ王国内でそれなりの地位を持ちヤマダ王国の為にその力を使う未来もあった二人である。

 しかしヤマダ王国によって裏切られたある意味での復讐者であり、ヤマダ王国によって全てを奪われた悲しき被害者であった。

 そしてもしこの二人がヤマダ王国に裏切られずにヤマダ王国の為に尽くしていたら、ヤマダ王国はもっと栄えていたであろう。


 それを考えるとこの復讐劇から始まったヤマダ王国滅亡とは何とも皮肉の効いた、ある意味での喜劇である。


 ――――――――――――――――


 さてここで神は悪戯をする。

 質の悪い悪戯をする。


 その悪戯は凄く簡単。


 この未来を知るマリアの記憶を思いを感情を今、婚約破棄の現場にいるマリアにインプットした。


 マリアからすればまるで過去に回帰したかのような気分であろう。


 そして物語は冒頭に戻る。


 ――――――――――――――――


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