第83話・夢と幸せと過去

 今日俺は夢を見た。


 俺が小さい頃の夢だ。


 まだ幼く今の様に怠惰じゃなく。そして側にイトがいなかった頃の俺の夢。


 だけど代わりに側にはお母さんがいた。


 いつも優しくて明るかったお母さんがいた。


 少し大人達が面倒だと感じることはあるけど大好きなお母さんがいる幸せな日々だった。


 そんな、俺がまだ4歳の頃の夢を見たんだ。


 ―――――――――――――――――――――


「グレン起きなさい」

 ベットの上で寝ている俺、いや僕をお母さんはゆすって起こそうとしくてれる。


 お母さんのこの国ではかなり珍しい黒髪が寝ている僕の指に触れてくすぐったく感じる。


 でも、その髪にくすぐられる感じが僕は好きだった。


「おはよう。お母さん」


「うん。おはよう。グレン。さてもう朝食出来てるわよ一緒に食べましょう」


 そこそこ広い部屋で僕はお母さんの作ってくれた料理を食べる。

 料理は初代国王様がこの国に広めた和食?というのをお母さんはよく好んで作ってくれた。

 そのお母さんの手料理が僕は凄く好きだった。


 いつも美味しい美味しいといって笑顔で食べていたのを覚えている。


「美味しい?グレン?」


「うん。とっても美味しいよ」


「フフフ。それは良かったわ。あ、米粒が付いてるわよ」


 お母さんは笑いながら僕のほっぺに付いたお米を取って食べる。


 凄く幸せな光景。

 凄く幸せな日々。

 こんな日常がずっと続けばいいなとそう思ってた。


 ああ。本当に懐かしい。


 ―――――――――――――――――――――


 僕の目の前にお母さんの死体があった。

 心臓をナイフで一刺し、即死だった。


 殺されたのは僕とお母さんが一緒にいる部屋で、そして台所にはお母さんが僕の為にと作ってくれてたおにぎりが置いてあった。


 ただそのおにぎりは心臓を刺された時に噴き出た血で真っ赤に染まっていた。


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


 思考が歪む。

 心が歪む。

 魂が歪む。

 精神が歪む。

 感情が歪む。

 全てが歪んでいく。

 何故?何故?何故?の自問自答を繰り返して狂った。


 叫んで叫んで叫びながら狂って狂って狂い狂った。


 ああ。ある意味で凄く懐かしい。

 でも、何故だろう。そこからの記憶が酷く曖昧で思い出せない。


 ただ何かをぐちゃぐちゃにしたのだけを覚えている。


 というかこれは夢だよな?


 やけにリアルだ。


 ああ。本当に不思議な気分だ。


 ―――――――――――――――――――――


「なあ。グレン殿。本当にいいのでござるか?」


「ああ。いいよ」


「でも。某の力も天魔であるグレン殿には完璧でないでござる。もしかしたら記憶が復元される可能性があるでござるよ。そしてその時は感情のリバウンドで正気を失う可能性があるござるよ」


「その時はその時だ」


「意思は固いようでござるな」


「ああ。頼む。真希」


「分かったでござる」


 ・・・・・・・・・


 なんだこの記憶は?

 どういう夢だ?


 一体どういうことだ。


 頭が痛い。


 夢の中の筈なのに頭が痛い。凄く痛い。


 何故だ?どういうことだ。


 ああ。クソが、怠惰になれ。俺の頭痛よ怠惰となれ。

 怠惰となれ俺の苦しみよ怠惰となれ。


 ・・・・・・・・・


 気分が楽になった。

 ああ。本当に楽になったよ。


 ・・・・・・・・・


「どうして俺はこんな目に合ってんだろ。お母さんを殺されたのに、身勝手に楽になって。そもそもどうしてお母さんは殺された」


 ・・・・・・・・・


「いや。やめよう。それを考えるのは面倒だ。そしてそれは踏み込んではいけない」


「それでいいでござるよ。グレン殿。そしてそれがいいでござるよグレン殿」


「真希・・・・・・。ありがとう」


「どういたしましてでござる。では某は戻るでござるね。ただ戻る前にこれを貸すでござる」


 俺は真希から一冊の本を手渡された。

 その本の題名は【勇者の冒険】というこの国で一番と言っていい程有名な娯楽小説だった。


「どうしてこれを?」


「どうしてでござるか?何。こういう娯楽小説はとても面白いでござるよ。だからグレン殿も全て忘れて本の世界につかるでござる」


 ・・・・・・・・・


 俺を気遣ってくれたんだな。

 幼いながらも当時の俺は真希の気遣いがよく分かった。


「ありがとう」


「いいでござるよ。では某はこれで、また本を貸しに行くでござるね」


 そうして真希が去った後、俺は生まれて初めて娯楽小説を読み、そしてハマった。


 ―――――――――――――――――――――


「グレン様おはようございます」


 目を覚ますと台所でイトが朝食を作ってくれていた。


「ああ。おはよう。ナナはまだ寝てるな」

 俺の隣ですやすやと心地よい寝息を立てながら寝ているナナの頭を軽く撫でる。


「そうですね。フフフ。今日、買い物行くのを楽しみにしてて昨日は夜遅くまで寝付けなかったからですね」


 昨日ナナが「買い物楽しみなの」「どんな本を買うか悩むなの」「三人で初めての買い物嬉しいなの」って感じで布団の中で興奮してたのを思い出す。


「ハハハ。確かにそうだな。もう少し寝かせてやるか」


「そうですね」


「といっても天魔だから。睡眠取らなくても平気だけどね」


「そうですけど。まだまだナナちゃんは子供です。精神的に寝る必要があるんでしょう」


「確かにその通りだな」


「さて、じゃあ俺は本でも読んでるから朝飯出来たら教えてくれ」


「はいはい。分かってますよ」


 そうして俺の幸せな1日が始まる。


「天国にいるお母さん。俺は今幸せだよ」

 俺は気が付いたら小さな声でそう呟いてた。


「何か言いましたかグレン様?」


「いいや。何でもない。ただ俺は幸せだなって」


「フフフ。そうですか。でもこれからもっともっと幸せになりますよ」


「そうか。それは良いな。ああ、本当に凄く良いな」


――――――――――――――――――


少しでも面白いと思って頂けると嬉しい限りです。

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