第18話・外伝・イトの過去

 私の記憶は村での幸せな日々から始まっている。


 当時の私は11歳で5つ年下の弟の世話を仕事で忙しい両親に変わってしていたのをよく覚えている。


 父は村では狩り人をしていて、私に狩りの仕方や弓に剣の使い方を教えてくれた。


 母は村唯一の宿を営んでいて、私に料理の仕方含め。一通りの家事を教えてくれた。


 二人とも本当に優しくたっぷりの愛情を私と弟に注いでくれた。私もそんな二人と大切な弟が大好きだった。


 でもある日。

 いや、あの忌まわしき日に私の村は一瞬で音を立てて崩れた。


 覚えているのは村の人が皆狂い笑い、自分で自分を刺し、自分の子供を殺し、逆に子供が親を殺したりする地獄だった。


 それをしたのは幻覚の天魔。


 まるで紳士でも気取ってるかのような白色の服に大きなシルクハットを被り不快な笑い声を響き渡らせる。


 その姿を見て嫌悪感と殺意を抱いたその瞬間に私は母にいきなりナイフで腹を刺された。


 私は幸か不幸か幻覚を受けていなかった。

 多分幻覚の天魔が敢えて私の反応を見て楽しむために幻覚を掛けられていなかったのだと思う。


 そして母に腹を刺された私は幻覚の天魔に復讐を誓った。絶対にこの手でアイツを殺すと。そう心に誓って母をこの手で殺した。


 それしか選択肢がなかったからだ。

 狂ったように笑って私に刺したナイフを引き抜き。私の首目掛けてナイフを振り落として来たのだから。


 私はそれを必死に避けて逆にナイフを奪い心臓を突き刺した。


 即死だった。


 母は最後まで狂ったように笑っていた。


 私も自らの手で大好きだった母を殺した罪悪感から狂ったように笑った。

 そしてふと幻覚に囚われていた方が良かった。なんて考えてしまい。そんな考えを持った自分に自己嫌悪した。


 一瞬自殺も考えた。そんな時だった。

 私の目の前で父が弟を滅多刺しにして殺していた。


 プチン


 私の中の何かが壊れた音がした。


 気が付いたら私は父に襲いかかってた。父はそんな私に対して狂ったように笑いながら剣を持って襲いかかってくる。

 それを私は小柄な体を生かして股に滑り込み。ナイフで心臓に一突きして殺した。


 そしてナイフで父を刺した瞬間だった。

 父の幻覚が解けた。多分あのクソ野郎の仕業だろう。

 死ぬ直前に父は私に一言「弟を守ってくれ」そう言って死んだ。


 弟は父の手によってもう既に死んでいるのに。


 もう何もかもが壊れた。

 全ての世界が歪んで見えた。

 全ての生物が滅べと思った。

 全ての存在が憎いと思った。

 自分の気が完璧に触れたのが狂ったのが手に取るように理解できた。


 ああ。本当に幻覚にかかっていればどれだけ楽だったろうか。


 ああ。何故私だけこんなにも深く辛く暗く悲しい業を背負わなければならないのか。

 ああ。神とは何てクソなのだとうかと。


 そして私は再度復讐を誓った。


 幻覚の天魔を必ずこの手で葬り去るという誓いを。


 その為に私は何でもやった。

 滅んだ村から金目の物を漁り、町に向かってから傭兵団に私の能力を売り込み入れさせてもらった。

 最初は料理やら洗濯やろの雑用ばかりだったが、傭兵団の人に鍛えて貰ってくうちに実力が付き戦場に出るようになっていた。


 戦場に出てからはひたすらに敵を斬って斬って斬って斬って斬った。

 強くなろうと努力をした。

 誰よりも努力をした。


 そうして10年間以上傭兵として戦場を周った私は気が付いたら剣舞と呼ばれるまでの力を身に着けていた。

 でも、まだ足りなかった。あの幻覚の天魔を殺すには。


 そうして力を求めて。更に戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦って戦った。

 死に物狂いで狂ったように笑いながら戦って戦って戦って人を魔物を殺してまくった。


 そんな私は覚えのない罪を着せられて処刑されることとなった。

 理由は敵国に自国の情報を売ったという反逆罪。


 本当に一切の身に覚えがなかったし。私には敵国に情報を売るような伝手すらなかった。

 最初は憤り生きようと思ったが。ふと過去を思い出し。自分の手で両親を殺し、たくさんの人の命を奪った血にまみれ過ぎた手を見た。


 そうすると、急に死刑となる運命となった私はそれを凄く自然な気持ちで受け入れていた。


 多分私は何処かで裁いて欲しかったのだと思う。親殺しの大罪を行い。戦争でもたくさんの命を奪い。そして復讐の為の自分の幸せを求めずに力のみに執着したこの愚かな私を。


 そして処刑執行まで牢屋に閉じ込められていた私の目の前に一人の少年が現れた。


 その少年は何処か亡くなった弟に似ている気がした。ただあくまで気がするだ。本当に気がするだけだった。でも何故か涙が出た。


 急に生きたいと思ってしまった。


 その少年を見るまで死んでも良いと思っていたのに。生きて生きて生き抜きたいそう思ってしまった。

 そして少年は私に問いかけてきた。


「僕の専属メイドにならないか?」

 と。


「なりたいです」

 私は気が付いたらそう答えていた。


 そしてトントン拍子に話は進み私はその少年、いやグレン様の専属メイドとなった。


 グレン様は非常に面倒くさがりで、自堕落で、怠惰で世話をしてあげないとご飯すらまともに食べないような人だった。


 でも、それを世話するのが亡くなった弟を思い出すようで。そして嬉しそうに私のご飯を食べてくれるグレン様が愛おしくて。眠ってる時に怖い夢でも見ているのか不意に手を近づけるとギュッと私の手を掴んで離さないグレン様が本当に可愛らしくて。


 本を読んだまま寝落ちしておでこに本の痕をつけたりするグレン様がまた愛おしくて。


 これが母性というものなのかなと思いながら私は気が付いたらグレン様といる時だけ復讐というどす黒い気持ちから解放されてただ一人のイトとしていられた。


 今までの自分じゃ考えられない程変わった。


 そして私は誓ったグレン様を守り抜こうと、グレン様に永遠の忠誠を誓おうと。死んでもいいと思っていた私を救い出してくれた恩に報いようと。


 これからもグレン様の専属メイドとして頑張っていこうと。


 そんな私が専属メイドとしてグレン様に仕えて。そしてグレン様の力で天魔となり幻覚の天魔を殺し復讐を成し遂げるのは、また別のお話。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る