ミドリフグ

小林

ミドリフグ

 自身の皮膚から発せられた毒が水に溶け、水槽の濃度は刻々と高まっている。ときおり水面から落ちてくるアカムシを口にしなければ毒が発生しないことは分かっているものの、ヒレを動かす力も無いほどの空腹も感じている。ろくに身動きが取れないこの状況で出来ることは、毒か飢え、どちらの方法で命を終えるか考えを巡らせることだけだった。二つの選択肢の間を頭の中で自由に泳ぎ回っているときだけ、私は幸せを感じることができた。


  ◯


「客に金を落とさせるには、感覚を麻痺させればいいんだよね。安く仕入れたパチモンを、価値がある物のように飾り立てる。三十クレジット回さなきゃ落とせない景品を、百円、二百円で取れるように錯覚させる。使い過ぎじゃないかと気付かせないように、いろんな話を振って客の気を逸らす。慣れれば簡単だよ」

 一年早く入社したという、やけに肌をぎらぎらさせた先輩は、研修の時にそんなことを言っていた。学生の頃からユーフォーキャッチャーが好きで、お客さんが笑顔で遊べるような場所で働きたいと面接で唾を飛ばした私の話は伝わっていないのか、伝わった上でその考えを矯正させようとしているのか、判断はつかない。しかし、寂れたデパートの小さなゲームコーナーには不釣り合いな、高すぎる月間ノルマをクリアするには、普通の接客をしていては到底及ばないことには気付いていた。渋すぎる設定の筐体にいらつきながら百円玉を入れる客達を宥めつつ、しかし期待は持たせるように煽りたて、最後には手ぶらで帰らせるような冷たさを見せなければいけない。仕事を始めて三ヶ月経った今でも会社が求めるような接客はできなかった。

 これから会う孫にプレゼントを持っていきたいと、三百円で仕入れた小さなマスコットに数千円も費やしているおじいさんがプレイしている筐体のアームの強さを、こっそり上げたことが先輩にバレた時には、「それじゃウチでやっていけないよ」と、苦笑混じりに諭されたこともあった。

 想像していたものと現実の高低差を目の当たりにして、降りられないエレベーターに乗り続けているような気持ち悪さを感じていた。好きなものがそうでないものにじりじりと近づいていくことに気付きながらも、変わろうとしないまま毎日をやり過ごしていた。

 三日に一度本社から送られてくる段ボールの大きさと形には、様々なものがある。この前届いたべったりと横に広く背が低い段ボールには、アニメキャラクターの缶バッジが平積みにされて入っていた。長細い長方形の箱には、人気アイドルグループのタペストリーが丸められて詰まっていたこともある。今日届いた段ボールは引っ越しの際に使うような大きなものだった。小さめのマスコットが袋に詰められて大量に入っているか、目玉の景品になるような大きなぬいぐるみでも入っているのかと思ったが、段ボールに貼られている注意書きのメモを見て、その予想が外れていることが分かった。

「生き物が入っています。横積禁止! カッター注意!」

 宛先が間違っていないかもう一度確かめてから、慎重に箱を開いた。段ボールには小さな水槽が十数個入っていて、その中では小指の先くらいの小さな魚が口をパクパクさせながら泳いでいた。


  ◯


 吐き気を覚える程の眩しい光と、絶えず水を震わす大音量の音楽を浴び続け、私は疲弊していた。隣の水槽にいる仲間は腹を上にして水面に浮いている。定期的に降ってくる餌では物足りず、口を開けながら水中を泳ぎ続ける内に空気まで胃に入れてしまったらしい。彼の皮膚から滲み出た毒が蜃気楼のように水を歪ませ、美しかった円と楕円の斑点模様が醜くひしゃげて見える。私は口をギュッと閉じ、死に方の天秤を彼とは反対の方に少し傾けた。


  ◯


 蓋の裏の汚れをティッシュで拭き取り、プラスチックでできた水草をピンセットで取り除いたところで手が止まった。水槽の中には白いモヤに覆われた身体がひっくり返って水面に浮かんでいる。黄色地に鮮やかな黒の斑点が咲いている皮膚は所々剥がれ落ち、内臓のピンクが透けて見える。黒く澄んでいた瞳には白内障のような膜が全体を覆い、ぼやけた灰色に濁っている。それと目が合ってしまったとき、昼に食べたカップ麺の汁と具が喉まで戻ってきた。理屈ではない涙がポロポロと手の甲に落ちる。本能で苦しさを感じる。昼食を無理矢理胃に戻し、ティッシュで目と口を拭いた。再びそれに目を向ける。

 あの日景品として届いたミドリフグは、接客とは別のストレスとして肩に重く伸し掛かっていた。段ボールを開いてからすぐに本社に確認したところ、生き物の景品がどれほど売れるか調べるためにいくつかの店舗で試験的に置いているらしい。別の店舗にはウーパールーパーやクワガタなど他の生き物を送ったようだ。プラスチックや布や綿で作られた物と、命がある者を同列に扱っている本社に怒りを感じたが、こうして手元にある以上どうにかして捌かなければいけない。旬が過ぎて売れ残ったマスコットやキーホルダーであれば、ドーム型の筐体に菓子と混ぜて入れておけば勝手にはけるが、生き物ではそれもできない。箱の中のミドリフグ達の眼が私を見詰めている気がして、背中に寒さを感じた。

 水槽や餌代込みで仕入れ値が三百五十円のミドリフグを、他の景品と同様に四倍の売値に設定する。スタンダードな、二本のアームで景品を掴む型のユーフォーキャッチャーの中に、「景品GET!」と書かれた、片側に重りを入れたA4サイズの平べったい箱を配置し、十回前後で落とせるようにアームの力を調整した。景品を取った客と、”百円、二百円で取れる”と誤解し景品を取れなかった客が使った金額を合計して目標に到達する計算だ。最後に、ミドリフグが泳ぐ水槽を筐体内の奥にディスプレイして台の設定が完了した。それはぬいぐるみやフィギュアと一つも違わない手順だった。頭の片隅に微かな警鐘が鳴る。点滅するライトの光、備え付けられているスピーカーの音、プレイ中の機械の揺れはミドリフグにとって過酷な環境ではないだろうか。

 ——そうだとして、何をするのか。正義感の警鐘を自分の中の常識が掻き消す。本社に命の大切さを訴える電話を入れるのか、ミドリフグを勝手に自然に帰すのか、ストレスを与えないようなディスプレイでも考えるのか。

 そんなことをするわけない。早く仕事を終わらせて家に帰りたい。何日後かに起こりえる”景品”の死体処理なんて今は考えたくない。

「すみません」

 客の呼ぶ声で回想から目を覚ました。ミドリフグの死体は依然そこに浮かんでいる。辺りにはスーパーの鮮魚コーナーに似た生臭いにおいが漂っている気がした。処理を中断し、バックヤードを出て早歩きで客のもとへ向かう。複数の箇所を蚊に刺されたような、どうしようもない苛立ちを感じていた。

 筐体の前では三十代後半くらいの女性が、ガラスの中のアームと「景品GET!」の箱を交互に睨んでいた。彼女がプレイする筐体には、仕入れ値が二千円のアンパンマンのピアノ風のおもちゃが入っている。景品が高額であるほど、客が想定する”このくらいで取れるであろう値段”と、実際に取れる値段の差が開いていく。その差が大きいほど、予想を裏切られた客は不満を溜め、語気が荒くなり、店員に攻撃的になる傾向がある。私は腹に力を込めて客に近づいた。私に気付いた客は、鼻の穴を膨らませながら興奮ぎみにまくし立ててきた。

「あのね、三千円くらい使ったんだけど途中から全然動かなくてね、ネットで見た押すやつも全部やったんだけど駄目でね、どうなってんのこれ」

「あーこれ難しいですよねー。ウチのユーフォーキャッチャーの中で2番目くらいに成功率低いんですよ。その分景品も豪華なんですけどねー。でも前にこれ取って行ったお兄さんはね、あのー、アームの先で、箱の隅っこを弾くみたいな感じでね、ちょっとずつ穴に近づけていくんすよ。めっちゃ難しいんですけどねー。ちょっと下失礼しますね」

 筐体の正面下部にある鍵穴にマスターキーを差し込み折り紙程度の大きさの扉を開いた。プレイ回数を示す数字は十二とある。つまり今日この筐体に使われた金額は千二百円ということだ。何故だろう。怒りをあらわにし、嘘を吐いてくる客に、今日はあまりどぎまぎしない。いつもの手汗や顔の引き攣りが起こらない。扉を閉め、微笑みを崩さないまま客に向き合う。

「あー結構遊んでいただいてますね、ありがとうございます。本当はサービスしてあげたいんですけどねー、この台だけは触るなって上に言われてるんすよね。そうなんですよ。でも、もしここは諦めるってことなら、あっちのアンパンマンのキーホルダーの台でかなりサービスできるんで、また声かけてくださいねー」

 プレイ回数を誤魔化したことにこちらが気付いていることを婉曲に伝え、手を出せない理由を自分以外に転嫁し、空費された千二百円の落とし所を用意した。間違いなく今までの接客で一番スムーズだった。客が私を騙そうとしたことにより、良心の呵責が少なかったからだろうか——。

 接客を終え、バックヤードに戻った私はピンセットを手に取った。息を止める。今にも破けてしまいそうな柔らかい体を慎重に摘み上げ、重ねたティッシュペーパーの上に乗せた。ティッシュペーパーにミドリフグの水分がじわりと染みていく。大きく息を吐いた。

 この作業をあと何回やることになるのだろう。ティッシュペーパーの角と角を合わせて指でつまみ、ゴミ箱まで運ぶ。

「ビクン」

 中身が大きく揺れた。

 瞬間、身体がカッと熱くなる。オーバーヒートした脳は、手に持っているものを放り投げろと命令し、それはカシャリとビニールの音を立ててゴミ箱に吸い込まれた。頭がぐわんと唸る。食道が急激に収縮し、それが開くと同時に胃の中の食べ物がずるずるとゴミ箱に流れていった。

 ぼやけた視界に、ネギの緑だけが鮮やかに映る。吐瀉物に埋葬されたミドリフグの屈辱を想像した。


  ◯


 世界がガコンと揺れ、こちらに伸びてきた人間の手が私の左隣にある水槽を持ち上げた。それは硬そうな茶色の袋に詰められたあと、他の人間の手に渡り遠くの方に運ばれていった。激しい光と音の世界から出ていく条件は、衰弱するか、命を終えるか、”ガコン”が起きたあとに選ばれるかのいずれからしい。初めのうちは水槽が減る度に新たな水槽が追加されていったが、いつからかそれもなくなり、残りの水槽は四つ、四匹の私たちだけになった。

 隣の水槽の底には、ふやけたアカムシが大量にこずんでいる。どうやら一度も食べ物に口を付けていないらしい。彼の腹は膨らみをなくし、ひれの先はボロボロに欠けている。栄養不足からか、額と目の周りには黒ずみが浮いていて、沈鬱な表情をより暗く見せている。ギョロリと飛び出た目玉の奥の光は、自身の毒で苦しむことだけはしないという信念を伝えているように思えた。

 その惨たらしい姿を見て、いつものように天秤の皿の上に乗っている分銅の重さを調節した。これまで多くの仲間たちの、様々な生き方を見て、自分の死に方を選び続けてきた。自分の意思で選択できることがそれしかないからだ。他のことを考えても、それがこの先なんの意味を持たないからだ。

 しかし、幸せを感じていた頭の中の遊泳も、しだいに無味乾燥したつまらない作業に変わってしまっていた。それは、”ガコン”の後に元気な姿のままどこかへ運ばれていく仲間の行先を想像してしまったからだ。

 ”ガコン”が起きて、弱っていないまま運ばれた先には何があるのだろうか。今より悪い状況が何も思いつかないから、私の想像力が不足していなければ、今と同じ程度か、もしかしたらもっと素晴らしい場所に移れるかもしれない。そこは、尾びれをどれだけ大きく左右に動かしても、どれだけ速度を上げて泳いでも壁にぶつからない、広い広い水だけの世界かもしれない。私はそこで小さなエビやムシを腹がいっぱいになるまで食い、皮膚から毒を思う存分撒き散らしながら遠くへ遠くへ泳ぐだろう。尾びれも背びれも胸びれも、えらだって持っていない人間は私に追いつけず、ゴボゴボと溺れながら水の底に沈んで死ぬだろう。

 私は生まれて初めて悲しさを覚えた。自分の力では絶対に叶えられない幸せな想像をしてしまったとき、その気持ちをどうすればいいのだろう。目の前に現れた選択肢をどれも選びたくないとき、どうやって前に進めばいいのだろう。皿を吊るしたチェーンがプツンプツンと千切れていき、骨組みに深い亀裂が入り、天秤が音を立てて崩れ落ちた。死にたくない。死にたくない。これから先もずっとずっと生きていたい。

 私は水槽の底に落ちているアカムシをいくつか口に入れたあと、頭の中で広い広い水だけの世界を思い浮かべながら、胸びれをパタパタと動かし、意味もなく泳ぎ回った。

 私はその世界を海と呼ぶことにした。


  ◯


 開店の十分前に店に着いた私は、各筐体の景品の状況をチェックした。昨日の遅番だったアルバイトの子から、カードゲームのガチャガチャの低レアカードが品薄で、最奥に配置されている五千円相当のカードが排出されそうとの連絡を受けていたため、本社から直接持ってきたカードの束を補充した。それから、今朝のニュースで映画化が発表された漫画のぬいぐるみを配置している筐体のアームの力を、五百円分弱めた。社会現象になるほど人気が出た作品の景品を置いた筐体は、ユーフォーキャッチャーの仕組みを知らない客が少ない予算でプレイすることが多いため、チャンスになる。次にミドリフグの筐体を見ると、一匹を除いた全てのミドリフグの身体が水面に浮かんでいた。水槽をつついて揺らし、死んでいることを確認してからバックヤードに運ぶ。重ねたティッシュペーパーに三匹のミドリフグをまとめて乗せ、くるくると包んでからゴミ箱に捨てた。最後に、ドーム型の筐体にベタベタとついた手垢を見つけたため、ガラス用洗剤を吹き掛けてから乾いた雑巾で拭いた。そこで、デパート全体に開店を知らせるアナウンス放送が流れた。

 客より先に、デパート内のテナントに宛てられた荷物を運ぶ配達員が大きな段ボールを抱えながら来た。段ボールの中には人気キャラクターがプリントされたタンブラー数十個が詰められていた。すぐさま各筐体に配置してある景品を確認する。筐体から外すべき景品として一番優先度が高いのは、残り個数が一つになったミドリフグだった。しかし、一つ考えなければいけないことがある。今まで客に渡すか、ゴミ箱に捨てていたミドリフグをどう処理するべきか。一匹残されたミドリフグは今でも水槽中を元気に泳ぎ回っている……。

 いくつかの選択肢を頭に思い浮かべたあと、私はティッシュペーパーを三枚取り出し、机の上に重ねて置いた。ポケットの中でマスターキーの感触を確かめながら、ミドリフグの筐体へ向かう。

 そこでは、十歳くらいの子供が筐体に百円玉を入れていた。私はポケットから手を出して、少し離れた場所からそれを見届ける。子供は一つ目のボタンを押して左右の位置を決め、奥行きを決める二つ目のボタンを押して、離した。アームは箱の丁度真上に来る。駄目だ、それだと箱は動かない。アームは箱を数センチ持ち上げて、すぐその場に落とした。左右どちらかのアームで箱を掻き出すように操作しないと、箱は穴に近づいていかないように設定してある。”アーム”という名前はついているが、腕というよりは潮干狩りに使う熊手の使い方をイメージした方が、少ない回数で景品を獲得できる。二枚目の百円玉を入れ、またボタンを押す。今度はアームの左の腕を箱に突き刺すような位置に移動した。アームの先端は箱に当たったあと、箱を包装してあるビニールをツツツと滑って、箱の辺をがっちりと掴んだ。片側を掴んだアームが上昇すると箱は急な角度に傾むき、バタンと倒れた反動で穴のすぐ近くまで移動した。設定時に想定していたプレイ回数より明らかに早いペースで箱は穴に近づいている。土台に塗っている透明の液体ゴムが埃によって機能しなくなっているか、もしくはあの子供のユーフォーキャッチャーの腕前が私より優れているかもしれない。子供は筐体の前で巾着袋の中をごそごそと探ったかと思うと、こちらに近づいて声をかけてきた。

「両替お願いします」

 子供の手の平には、五十円玉が一枚と、十円玉が四枚と、五円玉が二枚乗っていた。この子供も例に漏れず、少ない金額で景品を取れると見積もった客の一人だった。私は自分の財布から百円玉を取り出し、それと交換した。百円玉を受け取った子供は礼を言い、ミドリフグの筐体に戻る。馬鹿を見る他の客と異なる点は、実際に、店員が想定したより少ない金額で景品を取るかもしれないということだった。

 三枚目の百円玉を入れた子供は一つ深呼吸をしてからアームを睨みつけた。私はいつの間にか子供のすぐ後ろに立っていた。箱の位置を見ようとした私は、筐体内の奥の異様な物に気付き、体をビクリと硬直させた。

 ミドリフグが水槽の中をものすごい速さで泳ぎ回り、頭から壁に衝突し、ときには水面から飛び跳ね体を蓋にぶつけ、空気穴から中の水を撒き散らし水槽の周りを汚していた。水槽の中ではアカムシの欠片がもうもうと巻き上がり、ピンク色の竜巻が発生している。

 その時、ジーという機械音が鳴り始めた。子供が一つ目のボタンを押したのだ。私は慌ててアームに目を向けた。アームは箱をやや通り過ぎる位置で止まった。一拍置いて、滑るように奥へ向かう。龍のように暴れ狂うミドリフグの方へアームが近づいていく。箱の上辺ギリギリで止まったアームは、左の腕を箱の角に突き刺した。一点を押された箱は体を浮かし、アームが離れると同時に崖から落ちていく。景品受け取り口からガコンという音が鳴る。

「何やってんの!」

 振り向くと、子供の親らしき人がゲームコーナーの外からこちらを見ていた。子供はばつが悪そうな表情を浮かべている。

「これ取ったんだよ」

 親らしき人は子供が指さした筐体の中の景品を見ると、しゃがんで子供の手を握り、目を合わせた。

「あのね、魚を飼うのはめっちゃ大変なんだよ。毎日餌をあげて、たまに水も替えなきゃいけないし、それにこの子はどんどん大きくなるし、その度に新しい水槽も買わなきゃいけないんだよ。あと、冷たい水の中だと暮らせないからヒーターも。そういうことも考えてからお金を使って欲しかったな」

「飼えるよ」

「ちょっとでも世話をしなかったら死んじゃうんだよ?」

「飼えるよ。多分」

「……他の、大切に育ててくれる人に取ってもらわない?」

「……」

 親らしき人は私の方に向き直り、頭を下げながら景品をキャンセルすることを告げた。私はドーム型の筐体からいくつかの菓子を取り出し、透明な袋に詰めて子供に渡した。子供は穴が開くほど袋を見つめながら、手を引かれてゲームコーナーを去っていった。

 私は筐体の鍵を開け、ミドリフグの水槽を手に取りバックヤードに入っていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ミドリフグ 小林 @kobayashi352

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ