第5話 勇者ノア

「嘘をつくな」 


 という言葉とともに、もう一度蹴られた。私の体は情けなく跳ねる。息ができない。私はお腹を抱えながらゲホゲホと咳き込んだ。視界がぐらりと揺れだす。音が遠く感じる。


「まあいい、話は後でじっくり聞こう…連れて行け」


 ぼんやりした視界が反転したかと思うと、肩に担がれていた。逃げようにも、もう体に力が入らない。


 ああ私死ぬんだ。と柄にもなく悲観的になる。そりゃ誰でもこんな状況悲観的になるわ、と自分でツッコミも入れてみる。

 もうこんなところ出ていってやるなんて、思わなければよかった。帰りたい、みんなのところに。

 目頭が熱くなる。



 ユイの「甘ったれ」という声が、聞こえた気がした。



 私は最後の力を振り絞り、自分を担いでいる男の股間目掛けて蹴りを入れた。


「ッッ!!!」


 流石にこたえたようで、私はまた地面に落とされた。もはや何かのアトラクションのような気分だ。

 先頭の男が何事かと私たちを振り返る。股間を押さえながら蹲る男と、睨み付ける私。


「こいつ…!」


 いよいよ剣を抜かれてしまった。私も蹲る男の剣を勝手に抜き、ボロボロの体で立ち上がる。


「私は、どんな世界でもうまくやってやる…!」


 自分を鼓舞し、剣を構えたその時だった。

 ふわっと緑の香りがして、いつの間にか私の目の前には深い青色の背中があった。私が対峙していたはずの男が倒れている。くすんだ金髪が風に揺れていた。突然地面が近づいてきたかと思ったけど、私の足が耐えられなくなって膝をついただけだった。

 緑の香りが近くなる。


「大丈夫?」


 倒れかけた私を彼はしっかり支えてくれていた。その匂いが妙に懐かしくて、安心して。と思ったら今度は頭が痛くなってきて、体も痛くて、なんだか眠くなってきた。


「…ノア、」


 気づけば彼の名を口走っていた。

 彼は一瞬だけ驚いたような顔をしていて、それで…。


 私は意識を手放した。

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勇者と姫と、部外者な私 羽澄 @hazumi_

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