第2話 川の底

「なに樹困らしてんだよ」


 あまり手加減のない暴力に、手で頭を押さえながら声の主を見上げた。


「ユイ…」


 ユイとは生まれたその瞬間からずっと一緒。つまり彼は私の双子の兄だ。


「樹だってまだ東京の大学行けるって決まったわけじゃねぇんだから。なァ?」

「お前に言われるのが一番腹立つ」


 ハハっと笑ってユイは樹の肩を叩いた。樹も笑いながらユイの肩を強めに叩き返す。

 何を隠そうユイはおちゃらけて見えるくせに、偏差値60後半の天才らしい。なんとも憎たらしい。恐らく私の脳みそは奴に半分奪われている。


「ユイはどうするの?」


 美祐が尋ねると、ユイはうーんと首を傾げてからニヤッと笑った。


「俺も東京かな」

「何それ、ユイまでいなくなるってこと?」


 これもまた初耳な私は声を荒げた。ユイがケラケラ笑う。


「嘘。決めてねぇよ。大学は行くつもりだけど」


 3人はこの大学はこうだ、入試がどうだ、勉強がああだと話し始めた。みんなは将来について少しずつ考え始めているのに、私は明日みんなと何をして遊ぼうとか、そんなことしか考えていなかった。

 私だけがずっとこの岩に取り残される気がして、不意に怖くなる。


「私、今が一番好きだけど、ずっとこのままじゃないんだよね」


 ぽつりと呟いてみると、


「今は今だって。勉強もするけど、夏休み楽しもうぜ」

「そうだよ、私はずっとここに住むつもりだし大丈夫だよ」


 と、樹と美祐が優しくしてくれる。

 私はみんなと同じ場所に、立てているんだろうか。


「甘やかすなよ〜。レイは俺らに囲まれて、ずっと甘ったれてるからダメなんだわ」

「…うるさいなあもう!私だって考えてるし!!」


 図星でカチンときた私は、パッと立ち上がった。

 そのまま思いっきり岩を蹴って、体ごと投げ出す。


 私だってここを出ていける。私だって他の人とも上手くやれる。

 こんなところ、出て行ってやる。みんなが帰ってきてって泣いても遅いんだから。


 水面が近くなってきて目を瞑った。


 ドボン、と冷たい水が一気に全身を撫でる。


 飛び込んだら、落ちるところまで落ちる。そうしてキリの良いタイミングで浮上する。





 この日は、キリがよくならなかった。


 ずっと落ち続けている。降下が止まらない。違和感を覚えて目を開けると、驚きで口から空気が漏れた。

 暗い。どんどん暗くなっていく。怖くなって必死に浮かび上がろうとしても、水が重い。体にまとわりついているようでさらに沈んでいく。


 ユイ、と名前を呼ぼうとしても、音にならない。


 目の前がぼんやりしかけた時、突然目の前から水の流れがやってきて、私の体は風に舞う木の葉のように呆気なく流された。




「レイ…?」



 レイが飛び込んだ水面は大きな水しぶきをあげ、そして凪いだ。そろそろだろうという頃にも、レイはまだ浮上してこない。

 樹が小さく呟いた。


 不審に思ったユイが一目散に岩を蹴った。少し遅れて樹、美祐も飛び込む。


「レイ!!」


 ここら辺一帯は流れが緩やかで、この一瞬で流されるわけがない。ユイは何度も潜り、泳ぎ、叫んだ。

 それでも、レイの姿は見つからなかった。

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