勇者と姫と、部外者な私
羽澄
第1話 夏休み目前
それは、やけに蒸し暑い夏の日のことだった。
学校の廊下には外の蝉の声が響き、教室から教師の声やざわめく生徒の声が聞こえる。終業式の日は、午前中で帰れる特別な日。うきうきした空気さえ漏れ出ているようだった。
嬉しそうな歓声と共に椅子を引きずる大きな音が一斉に鳴った。教室のドアが前後両方、勢いよく開く。
慌てながら、喜びながら廊下を疾走する生徒たちの先頭こそが私、宮本レイ。
長かった高校2年生の一学期が終わり、たった今から夏休みだ。走り続けていると、隣のクラスの先生がひょこっと頭を出した。
「こっちはまだHR中だぞ、静かにしろ!」
「ごめんなさ〜い!」
そんなこと言われたって、楽しくてしょうがない。私はケラケラ笑った。
煌びやかな都会からかけ離れたここは、山と川に囲まれたただの田舎。家の周りはみんな知り合いで、高校ももちろんこの辺りには1つだけ。タピオカも何もかも夢のまた夢。そんな田舎が私は大好きだった。
「あー、やっと夏休みだ」
「ついにやってきたなぁ」
幸せを噛みしめながら川のほとりで伸びをする。
うーんと伸びに伸びきってから、
2人は生まれた頃からの幼なじみ、ずっと一緒に過ごしてきた親友だ。
「樹、今年も宿題見せてね」
一足遅れて私も岩に足をかけながらそう言うと、上に到達した樹が嫌そうな顔で見下ろしてくる。
「冗談だろ、初日だよ今日」
「だって宿題多いんだもん」
よっこらせ、と岩の上で足を伸ばす。高さおよそ5メートル、飛び込みに最適であり、広さも十分。マクドナルドに代わる、私たちの憩いの場だ。ちなみに雨は全く凌げない。
「でも私たちもいよいよ受験だね」
美祐がカバンの中からお菓子を取り出して広げだす。私は遠慮なくそれに手を伸ばしながら目を丸くした。
「え、もう考えてるの?美祐ってやっぱり賢いね」
「まだ考えてないレイが問題なだけだって」
またも樹が顔を顰める。レイにはレイのペースがあるんだからと、美祐がフォローしてくれた。
「そういう樹はどうすんのよ」
どうせ奴も何も考えていないだろうと鼻で笑うと、
「俺は東京の大学に行くよ」
と呆気なく言われてしまった。美祐も初耳だったらしく隣で驚いている。
「東京なんて通えないよ?」
「そりゃ一人暮らしだって」
「…樹には無理」
「なんでだよ」
まあまあと美祐がなだめる。
知らなかった。樹が東京に行ってしまうなんて。美祐はここからギリギリ通える大学を目指していたし、樹もなんだかんだそうだろうと思っていた。
樹は合格したら、もうここからいなくなってしまう。どうしてそんな大切なことをもっと早く言ってくれなかったんだろう。
驚きと寂しさ、怒り、私の小さい頭の中がごちゃごちゃになっていると、ゴツンと頭を叩かれた。
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