チェス、数学、哲学
Aはチェス、数学、哲学を日常としていた。やはり時々病状は悪化する。障碍者年金を受給させるよう、主治医に指示した。主治医はめためたと病状を書き、無事通った。Aに経済的余裕が生まれると、彼はますます読書に勤しんだ。そして、ネットでチェスを指す。ネットランキング十番以内まで来た。もう少しで、Aは世界を取るだろう。
毎日チェスのタクティクスを五千問は解いて、対局する。この強靭な思考力はボビーフィッシャーを彷彿とさせる。天才を眺めるのはなんと心地よいか。私は上等な珈琲を飲みながら、時折モニターを見て、Aを見守る。
ゆったりと珈琲を飲んでいると、Aが奇妙なふるまいをし始めた。せん妄状態かと最初思ったが、おもむろにボールペンを取ると、ノート一冊埋まるほど何かを急いで書いていた。そして時折、頭上を見たかと思うと、またペンを取り書く。その繰り返しである。
そのノートは厳重に保管するようである。見張られているのが分かっているようなそぶりもする。Aはノートを箱の中に入れて、鍵をかけて、その鍵を自分のペンダントにしてしまった。我々がそのノートの内容を知るのは彼が死んでからになるだろうか。
XとYに素知らぬそぶりで、箱の中身を見せてほしいと言うように指示を下したが、Aはかたくなに、その中身を見せようとしない。ますます気になるが、今は現状維持と言ったところだ。
ところで、Aが有名になるにつれ、彼はひどく怯えるようになった。日本で最初のチェスプロ。Aの肩書が、色々な人に興味を覚えさせたが、相変わらず一人でいることを好むようだ。綺麗な女性が寄ってきても、異性と交流を持とうとしない。
Aは不可解な人間ではない。それは高等な人間のような気質を持っていた。ひたむきに勉学に励み、チェスに没頭する。まさしく彼は学者肌であり、チェスプレイヤーであった。
チェスで金が入るようになって、Aは煙草や本を自分の金で買えるようになって、満足しているようであった。相変わらず、病気の症状は出るが、かなり落ち着いて見える。そして時折独語を話している。それも自然体に見える統合失調症か。
本当に統合失調症か、健常者に見えることもしばしばある。呆然としているときは、きっと脳内の中でいろいろなことを考えている。それか思考停止しているか。いまだに分からない。精神病棟で脳検査してみたが、確かに脳内のある個所が過剰に反応しているようであった。彼は統合失調症か、それとも霊的な存在か。しかし、その才能は世を動かすほどの力があるだろう。しかし、知性的な人間は神を信じない。が、Aの場合神を信じる傾向が強いように思える。何か大いなる力に動かされ、強靭な精神を宿しているように思える。Aはひたすら没頭した。チェスに学問に。大会に出れば、日本で優勝し、学問の分野ではXとYも驚くほどの才気を表す。この異常な青年に何かしらの報酬があってもいいではないか。そこで、元世界王者の人間をコーチにつかせ、よりチェスのスキルをブラッシュアップすることに我々は決めた。何もかも手配済みだ。元世界王者はロシアでAとチェスを指し、五年でここまでの強さは世界の神童と肩を並べると断言した。Aの哲学手稿をアメリカの大学で教授に読ませ、かなり観念論的な哲学的思惟が見られるとそう話した。
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