チェスに没頭

 我々の送り込んだ研究者は、Aのことをつぶさに見ながら、彼の将来を考える傾向が出てきた。我々とてとても好奇心でいっぱいである。Aの友人として、学生と研究者は友人になり、連絡先を交換することに成功。これは重大な一歩である。

 Aが無事退院したころ、一週間ほど、他の患者に知られないように、送り込んだ二人を帰らせることにした。送り込んだ学生をX、研究者をYと呼ぶことにする。

 Xは友人として、Aの家に乗り込む習慣をつけさせた。Xは天文学、物理学を主に教えながら、Aの好奇心を駆り立て、遊びに行くときはAの両親に海外の珈琲をあげたり、Aにそこはかとなく煙草の一箱をあげた。いずれも実はとても高価な品物である。

 ところがAはその煙草をのむと、最初はうまそうにしていたが、安い煙草を吸うようになった。そして一日一本高級な煙草をのむようになった。煙草の味が分かるのか、と少し私は怯えた。Aに自分の状況を悟られたかと。しかし、Aはいつも通り勉強とノートのメモ書き、チェスをやっていた。夜は怯える様子が徐々に見られなくなり、じっと窓の外を見つめて、笑う癖があった。霊能力者に聞くと、天使か、神のような、今まで感じたことのない霊体と会話をしていると言った。Aのことを知れば知るほど分からなくなる現状である。

 我々研究者の中にAに恋をするものが出てきた。彼女は非常に研究者として冷静沈着で、恋愛に溺れたことがないうぶな女性である。彼女はXやYと同じように接近を試みたいと言い出したが、もしこのプロジェクトの妨げになると思い、我々は断固として拒否した。彼女はこの仕事をやめると言い出した。おそらくAに接近を試みるのだろう。そこで隔離することにした。女というのは時折、愛という幻想を抱きがちだ。

 知れば知るほど、分からなくなる。それがAという人間であった。さらなる研究を続けようと思う。

 Yが時折Aの家に顔を出し、チェスを教える。めきめきと強くなり、大会に出るように促した。最初Aは人前に出るのをひどく怖がった。被害妄想の一種であろうと思う。Yはチェスの良書を買い与え、研究所に帰ってくると、ずば抜けた集中力を持っているAはじきにグランドマスターになるであろうと、そう報告した。

 Aが初めての大会に出た。成績は東京都で優勝である。賞金が出て、ひどく喜んでいた。我々も喜んだものだ。Aはその金で書物を買った。彼の両親はお祝いにささやかな出前を取った。

 Aはそれからというもの、ひどくチェスに熱中した。高揚感が見られた。チェス盤に向かい、考えていた。Yがチェスを教え、煙草を一緒にのむという習慣がついた。Xは時折顔を出し、勉学のことや、あなたは天才的な青年だということを伝えた。XとYには自然にふるまうよう指示した。彼らはそつなくこなした。むしろ被験者Aと交流を持てて嬉しそうだった。Aは勉強とチェスを必死にやっていた。

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