第7話 加速
「ぐす……」
アル・マークスその人は悲しんでいた。
目から涙を流し、鼻水をすすり手に持っている本を抱きかかえながら悲しんでいた。
「ど、どうなさったのですか?」
「今日届くはずの本が届いてないんだよぉ〜!!」
「そうなんで……すか」
慌てて駆け寄ってきたクーバは、そんなことか、と言いたげな顔をしながら部屋を出ていこうとした。
だがその顔は、本が大好きなマークスにとってスイッチを入れることになった。
「あの本はな……『皇帝たらしめん者』っていうタイトルで、累計発行部数200万部を突破しているベストセラー長編小説でな……。子供から大人まで楽しめる、本当に起こり得るめちゃくちゃリアルな内政の様子を活字で事細かく書かれてるんだよ。今じゃ、刊行7巻まできててアニメ化するのも時間の問題だって言われてるほど有名で面白いんだぞ?」
「……それはすごいですね!」
あまりにもマークスが、早口に説明したためクーバは遅れて引きつった笑みで答えた。だがそんなことで、熱弁を始めたマークスの口は止まらない。
「あぁ、すごいとも。発行部数だったり内容はもちろんのこと、一番すごいのはなんて作者はあの、ガードル皇帝なんだよ! 皇帝として君臨しながらも、文才もあってめちゃくちゃ面白くてわかりやすい長編小説がかける。あいつは本当にすごいんだよ!!」
「へ、へぇ〜……」
ガードルについて熱弁し、褒め称えているのを聞いたクーバは嫌っているはずなのに、と困惑していた。
「ふっふっふっ……。で、あいつからの本の輸入はまだ来てないのか?」
「はい。来ていないというより、かの皇帝が治める国々からの貿易はすべて停止させてもらいました」
「……え? なんで?」
「なんでと言いますと……」
クーバは、思い出したくもないことをマークスが面と向かって聞いてきたのでどう言えばいいのか迷っていた。問いかけたマークスは、単純に疑問なのか素っ頓狂な顔をしながらクーバの口が開かれるのを待っている。
その顔を見て、クーバはあることに気がついた。自分の言い方を試しているのだと。いつも先を見据えて、世界の先導者とも言われているお方がわかりきったことを聞くはずがないとも。
「最悪の事態に備えてのことなのです!」
「……そっか。最悪の事態に備えてのことならまぁ、仕方ないか……。貿易の打ち止めはしてもいいんだけど、本も止めちゃったのか」
「は、はい。こういうのは、徹底的にしたほうがいいと思いましたので……」
「ま、いっか! 本なんていつでも読めるし……」
そう言って、マークスは何事もなかったかのように本を置いて仕事である書類にハンコを押し始めた。
貿易を打ち止めた理由を試され、マークスは反論しなかったので普通だとこれで合格したのだと思うのだがクーバは全くそうとは思っていなかった。
「本なんていつでも読める」その言葉が引き止めた。
「いつでも」というのは、文字通りどんなときでも大丈夫なのだということ。つまり本や食べ物などの、いつでも貿易を打ち止められるものではマークス様は納得がいっていないとクーバは考える。
「でもあの小説、結構いいところだったらか早く続きみたかったな……」
マークスが、書類にハンコを押しながら独り言のように呟いた言葉。それを聞いて、クーバはまだ試されているのだと気がついた。
数少ない言葉から一瞬にして、クーバが思いついたことはこうだ。「いつでも」止められるのもいいけど、やはり続きが見たい。つまりは、貿易打ち止めだけでは納得がいっていないというだ。
「そういう……」
クーバは点と点が繋がり、ようやくマークスが何を言いたかったのか理解することができた。おそらく、こんな難解に遠回しに伝えてきたということはこの部屋に何かしらの盗聴機器があるのに気がついたから。
「あなた様のお言葉……確かにこのアル王国参謀、ジリル・クーバがお聞きしました。必ずや、今度こそ納得がいく形にしてみせます!!」
そうと決まれば急がば回れ。クーバは一回転し、扉を勢いよく開けて走り去っていった。
いきなり宣言され、静まり返った部屋。そこにいるのはただ呆然と、ハンコをペタペタと機械的に押しているマークス。
「何言ってるのか全くわからないけどが、頑張れぇ〜……」
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