第5話 総一朗、まだまだ現役

 こうなると話は一気に進む。企画会議はすでに一時間を超えていたが、速やかに動き出すため、伊達板が「ソー☆イチロー」のキャラクター制作について話を始めた。


「それでは、まず一番重要なバ美肉についてですが……」


「ちょっ、ちょっと待って! 今なんて言ったの? ば、ば、なんだって!?」


「バ美肉、です」


「……ば、び?」


「ば・び・に・く。『バーチャル美少女受肉』の略称です。バーチャルな美少女のアバターを肉体として手に入れるという意で、インターネット界隈で『バ美肉』と呼ばれています。まあ要するに、VTuberとして使用する美少女アバターのことですよ」


「……、アバターっていうのは、あの、ちょっと前にあった映画の、アレか? あの、キャラメルみたいな監督の」


「……、ハイ、おっしゃる通りです」


 最近の若者の「相手の意見を否定しない」というスタイルなのか、単に「説明しても無駄」と判断したのか、伊達板は構わず続ける。


「ただ、田原さんの場合美少女ではなくロマンスグレー路線の男性キャラで行こうと思っています。美少女VTuberが主流で男性ファン中心のマーケットですが、だからこそダンディなVTuberとして、新たな女性ファンを開拓していきたいなと」


「……なんだかよくわからないけど、まあ、お任せしますよ」


「わかりました。ではそれはこちらで。あと、ボイスチェンジャーでイケボに変えるのですが、そのために田原さんの声の録音を……」


「……、いや、あの、毎回話し止めるのも気が引けるんだけどね。いやでも、あの、なに? いちぼ……?」


「それは牛のお尻のお肉ですね。おいしくて私も好きですよ。でも、イケボです。イ・ケ・ボ。イケメンボイスのことです。女性受けするかっこいい男性の声に変えるんです。どんなイケボにするかは、田原さんの声質に合わせて決めたいので、一度仮収録のお時間をいただきたいなと」


「……、じゃあ、後でスケジュールを確認して、ご連絡しますよ」


「お願いします。では収録後、改めて詰めていきましょう」


 ☆ ☆ ☆


 井笠と伊達板の二人が去ったあと、応接室に総一郎と残っていた杉山は、「本当にいいんですか?」と訊ねた。


「いいんですかって、そもそも君の企画だろ?」


「いや。まあ、そうなんですが……」


「彼らをどこまで信用していいかは、わからないよ。だけど、言っていることは確かに一理ある。それに、いくつになっても新しいことに挑戦するのは悪いことじゃない。だから、とりあえずやってみればいいじゃないか。失敗したってどうせ私は老い先短いんだ。恐れるものは何もないよ」


☆ ☆ ☆


 収録日当日、現場にはスーツ姿に猫耳カチューシャをつけた総一郎が一人、マイク前に立っていた。


 伊達板曰く、収録現場も撮影し、それを動画として公開するため、「ソー☆イチロー」の本体である総一郎にも、かわいらしいキャラ付けが不可欠だという。


 さすがに敬うべき老人を馬鹿にしすぎではないか。杉山がそう抗議すると、総一郎は「いやいやいいよ。僕はやるよ」と平然と言ってのけた。


「僕にはまだ、やるべきことがあるんだ。そのためなら、これくらいなんでもないよ」


 総一郎はそう言ってかくしゃくと笑った。


                                    了

                     

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VTuberソー☆イチロー ゴカンジョ @katai_unko

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