09:人の地雷原でタップダンスするのは喜劇か、悲劇か
小鳥のさえずりが聞こえてきて目が覚めた。
カーテンから僅かに零れる日光が朝が来たことを報せている。
まだ眠気が残る頭でぼんやりしていると、自分の腕が動かないことに気付いた。
視線を腕の方へと向けると、私の腕を抱え込んで眠っている御嘉さんが目に入った。
(……あぁ、昨日も
御嘉さんに処置が終わってからというもの、彼女はずっと私の家に泊まっている。
そして寝る時は私と一緒に寝ている。何故かと言われても、御嘉さんが一緒に寝ると頑なだったからだ。
「はぁ……なんでこんなに懐かれたんでしょうかね?」
あくまで御嘉さんとはもっとドライな関係を築いていると思っていたのだけれど。
考えられる原因は御嘉さんを堕とす際に補助としてかけた幻だけれども、それは既に解除しているから影響は残っていない筈。
改めて私は腕を抱え込んだまま、穏やかに寝息を立てている御嘉さんを覗き込む。
「……こうして黙っていると本当に可愛い美少女で――」
「――今、可愛いって言った?」
ぎょろり、と瞳孔が開きそうな目で御嘉さんが私を見た。思わず悲鳴と一緒に心臓が飛び出てきそうになるのを必死に堪える。
「……言ってませんよ?」
「本当?」
「えぇ」
「……こうして黙っていると本当に――」
「さぁ! 朝ですよ、御嘉さん! 起きて朝食にしましょう!」
私は誤魔化すように御嘉さんを振り解いてベッドから抜け出そうとするも、御嘉さんが見た目からは想像出来ない力で私を引っ張り込む。
「昨日夜更かししたし、まだ眠いから寝よう?」
「御嘉さん一人で寝てていいですよ?」
「ふーん……そんなこと言うんだ」
「あっ、待ってください、御嘉さん! それは人体の可動範囲を超えています! 腕が、私の腕が! 私は肉体派ではないと言ったではありませんか!」
「可愛いって言ったよね?」
「いたたたたた! 言いました! 言っちゃいました! ごめんなさい!」
「ふふ……謝ってくれたからいいよ」
ニコニコと無邪気な笑みを浮かべながら私の腕を解放した御嘉さん。
私は腕をさすりながらベッドから這い出る。朝から酷い目に遭いました……。
「おはよう、理々夢」
「……はい、おはようございます。御嘉さん」
「朝食の準備、手伝うね」
「はい、では起きましょうか」
ニコニコと何が嬉しいのか御嘉さんは満面の笑みを浮かべている。
まったく、こんなに嬉しそうに笑う姿を見ていると怒る気力も霧散してしまいますね。
* * *
「そういえば気になったんだけど」
「何でしょうか?」
「この部屋、結構良いマンションだよね? なのに理々夢は働いているように見えないけど、家賃とかどうしてるの?」
朝食も食べ終えた後、私たちはまったりと思い思いの時間を過ごしていた。
魔法少女に変身しているのは十代前半の女の子が多い。なので日中は学校に通っている時間だ。彼女たちの活動時間を狙って動くなら夕方からになる。
という訳で、夕方まで私たちは暇な訳だ。そうして暇を持て余していると御嘉さんから質問があった訳だ。
「このマンション、私たちのボスのものなんですよ」
「えっ、そうなの? もしかして、他の部屋に住んでいるのもネクローシスの人だったり……?」
「いえ、そういう訳でもないです。今頃、皆働いている頃でしょうし」
「……働いている?」
「はい」
「なんで?」
「人に紛れてるからですが。今はネクローシスとしての活動も最低限ですからね。皆、色んな企業に散らばって、それぞれの得意分野で頑張ってるんですよ。中には要職に就いている人もいますし、むしろそっちが本業になっている人も……」
「悪の組織って一体……? え、じゃあ理々夢は働いてないの?」
「私は隠密活動に長けていますので、ボスの指令を受けて暗躍するのが主な仕事です。だからボスと一緒に住んでいるんですけどね、指令を受け取りやすいので」
「……一緒に暮らしてるのってボスだったんだ」
「えぇ。今は温泉旅行に行ってますが」
「温泉旅行……」
何とも言えない微妙な表情をする御嘉さん。その時、タイミングが良く玄関の鍵が開く音が聞こえてきた。
「あぁ、噂をすれば帰ってきたようですね」
「――たっだいまー! 理々夢ちゃん、お土産たくさん買ってきたわよー!」
ニコニコと満面の笑みを浮かべながら、ツヤに磨きがかかった肌を惜しげもなく見せ付けている
お土産と思わしき紙袋を両手にいっぱい抱えている相良さんを見て、御嘉さんはギョッとしたものの、すぐに何かを悟ったような表情へと変わっていた。
「お帰りなさい、相良さん」
「……あれ!? 理々夢ちゃんが友達を!? やだ、恥ずかしい! え、えっと、いらっしゃいませ!?」
御嘉さんに気付いて、両手いっぱいの荷物を掲げていたのを隠せないのに背中に回している相良さん。
そんな相良さんに溜め息を吐きつつ、彼女からお土産を受け取って適当な場所へと置いていく。
「相良さん。こちら、鈴星 御嘉さんです」
「御嘉ちゃん! 御嘉ちゃんって言うのね! 私は
「あ、どうも……鈴星 御嘉です」
「きゃー! 可愛い! えー、今幾つ? 中学生さんかしら?」
私が止める間もなく、相良さんがテンション高めに御嘉さんに問いかけた。
中学生、というワードに御嘉さんの笑顔が引き攣った。私は思わず出かけた悲鳴を零さないように口元を手で覆う。
「……私、十九歳です」
「えっ」
相良さんが笑顔で固まってしまった。それから私へと視線を向けて確認を取ってくる。それに頷いて事実だと伝える。
「あ、あははは! そ、そうだったのね~! こんなに小さくて可愛らしいものだから勘違いしちゃって!」
「小さい……可愛い……」
ヒッ、と抑えきれなかった悲鳴が零れてしまった。
相良さんはなんとか愛想良く笑顔を浮かべているけれど、御嘉さんは今にも感情が抜け落ちてしまいそうだ。目だけはもう笑っていない。
このまま相良さんに御嘉さんの地雷原でタップダンスをさせる訳にはいかないと、私は自分を奮い立たせる。
「相良さん」
「はい? 何かしら、理々夢ちゃん」
「御嘉さんですけど、この人はエルシャインです」
「エルシャイン? 懐かしい名前ねぇ。……えっ?」
「御嘉さんがエルシャインです」
相良さんは目を見開いたまま固まって、ぎぎぎっ、と無理矢理動かすように御嘉さんを見た。
御嘉さんは貼り付けたような笑みを浮かべたまま、胸に手を当てた。
「改めて、エルシャインに変身していた鈴星 御嘉です。お久しぶりと言えばよろしいでしょうか?」
「りりりりりり、理々夢ちゃん!? かかかかか、彼女は本当に、あの、エエエエエ、エルシャインなの!? どうしてエルシャインが我が家にいるの!?」
御嘉さんから距離を取るように壁にまで下がって、彼女を指さしながら問いかけてくる相良さん。
そんな相良さんに呆れたように溜め息を吐きながら私は答える。
「相良さんが言ったんじゃないですか。魔法少女をこちら側に堕とせって」
「えっ!? 嘘っ!? まさか、あのエルシャインを堕としたの!? どうやって!?」
「どうやってと聞かれると……その……」
「私から仲間になりたいと申し出たんです」
ニコニコと威圧的な笑みを浮かべながら御嘉さんが一歩、相良さんに近づく。
相良さんは引き攣った笑みを浮かべながら、もうそれ以上に下がれないのに壁に張り付きながら背を仰け反らせている。
「う、嘘よ! そんなの嘘だわ! ドッキリでしょ、ドッキリなんでしょう!? だってエルシャインって、あのエルシャインよ! 悉く私たちの計画を邪魔したお邪魔虫! 理不尽の化身! 出来れば二度と会いたくない魔法少女ナンバーワン!」
「そんなに褒められると照れますね。でも、今後はネクローシスの一員として経験を積み、行く行くは悪の総帥を目指す予定ですので、どうかよろしくお願いしますね? 現ボスさん?」
「乗っ取り宣言されてる!? イヤーッ! 怖い、怖いわ! あぁ、あぁ! この真っ直ぐな目は確かにエルシャインを思い出すわ……! まさか、本当に本物? どういうことなのよ、理々夢ちゃんーーーー!!」
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