第16話 黒城総長

 用事をすませて来てみたら、いつの間にか昼を過ぎていた。

 マコを連れ出して飯でも食べに行こうと生徒会室の扉を開ければ、そこはもぬけの殻に成り代わっていた。


 仕方なしに階段を上り、辺りを見回す。

 騒がしいはずの廊下もすっかり静まり返り、生徒の影さえない。


 何かあったか。


 丁度女が2人、パタパタと走っているのが窓の外から見えた。



「だからもう始まってんだって、生徒会と黒城のタイマン」

「絶対嘘だっての。ナズナさんそういうの嫌いじゃん」


「アカナさんが出るだろそん時は」

「あ〜そうか。万一ナズナさん出たら終わりだろうなぁ」


「見たくねぇもん、ネジぶっ飛んだときのナズナさん」

「でもあれこそ赤丸の最強トップって感じで誇れるんだよ」

「矛先が自分に向けられてないならな」




 ケタケタ笑いながら、2人は体育館の方へ向かっていく。

 なるほど、俺がいない間に何やら勝手にことが進んでいるようだ。


 あいつらどうしてやろうか。


 この後のことを考えながら、俺も体育館へと向かった。

 体育館の中には重い雰囲気が漂っていた。



 頭から血を流して倒れているアカナ。

 何故か床として扱われている院帰りのコウキ。

 手も足も出ないハル。

 楽しそうなナズナ。


 なんだこのカオスは。

 呆れて物も言えない。


 動けなくなったハルを見ているナズナは、まるで子どものようだった。

 キョロキョロと辺りを見回し、マコの方を見て無邪気に笑う。


 双子が止めようが無駄だ。

 ナズナ独自の価値観で物事が動いていく。

 俺はカオスに向かって歩き始めた。


「俺がお前の玩具になってやろうか」


 ナズナがこちらを向いたかと思えば、その目がより一層輝いた。

 まるで新しい遊び道具をもらった子どもだ。


「躾がなってないからセリが怪我してんの」

「最近似たようなことがあったな」


 俺が浅い笑みを浮かべると、拳が飛んで来た。サッと避けるとナズナは嬉しそうに笑う。


「やるじゃん」

「だって弱いじゃんお前」

「言うねぇ」


 しっかり喧嘩が始まった。お互いになかなかいいところに当たらないが、ナズナの方が体力の消耗が早い。

 ここかと殴ると、またヒョイっと避けられてしまった。


 すばしっこい女。

 思わず舌打ちしてしまう。

 どう対処しようか考え始めたときだった。




「大丈夫だって、壊れないよこれ、強いもん」




 ナズナが楽しそうにそう言う。

 …誰と会話してんだこいつ。



「うん、わたしの好きなようにする」



 目の焦点がぐらついている。

 子どものような話し方、相手は親か?

 ナズナが放った拳が、俺の身体から少し逸れる。




「ナズナ」




 名前に反応して、黒目が揺れた。

 間合いに入り込み鳩尾に肘をめり込ませる。

 ガクンと崩れ落ちた身体に腕を滑り込ませ、その華奢さに気付いて頭を抱えそうになった。


 しまったこいつ女だった。

 肋骨1本は折った気がする。


 苦しそうな息遣いを確認してため息をついてしまった。

 これは間違いなく金絞ろうとしてくるな…。

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