第9話 衝突(2)

 隆司の矛先が私に向き始めてしまったが、私としては本当に同情しているのだ。

 でも現場を想像するだけでニヤニヤしてしてしまう。

 私は堪えきれない笑いを浮かべたまま、セリの方に顔を向けた。


「謝って」


 セリは一瞬ピクリと肩を震わせて、固まった。

 私にただ逆らいたいわけではないのは理解できるが。


 私はセリの頭を掴んでグイッと下げた。


「理由があったとしても、私は卑怯は好きじゃない」


 私のあまり優しくない声が廊下に響く。

 セリは頭を下げたまま静かに呟いた。


「…すいませんした」


 語尾に「ナズナさん」が聞こえた気がしたが多めに見てやろう。

 隆司は少しの間面食らったような顔をしていたが、すぐにまた牙を剥いた。


「謝って済むもんじゃねぇだろ」

「じゃあどうする?この子も階段から落としてこようか」


 セリの頭を掴んだままゆらゆら揺すと、隆司はまた少し黙った。

 こいつ、中地半端な男だな。




「…ハル」



 氷のように冷たい声が響いた。

 張り詰めた空気は最高潮まで達していて、頬が少しチリチリするくらい。


 肩まで流れる黒髪をハーフアップで括って、緑の組紐とともにゆらゆら揺らす。

 まるで絵に描いたような綺麗な顔。

 さすが近年稀に見る見目麗しい黒城幹部たちのドン。


 ついにチーム黒城の総長 サカキ壱路イチロがやってきてしまった。



「総長さん、お噂はかねがね」


 私が大人な対応をしているのに、表情のひとつさえ変えてくれない。

 そもそも私を見てすらいない。


「イチ」



 流石の隆司も一度落ち着いたらしい。

 ようやく誠が隆司から手を離した。


 サカキはちらりと柊に目をやって、そしてようやく私の目を見た。



「で、どう落とし前付けたい?」



 見事に圧倒されそうなオーラを醸し出しながらサカキはそう言い放った。

 いまだにセリが頭下げてるってのに、あんまりじゃないだろうか。


「…そもそもお前ンとこのそいつが、ナズナさんに失礼言って逃げたのが悪い」

「セリ」


 小さく反論したセリの頭をコツンと叩く。

 しかし我らがサカキ様はそもそも聞いてすらいなかったようだ。

 サカキは私をじっくり見てから、少し笑って隆司を振り返った。


「お前も、たかが女、しかもこれ相手に何ムキになってんの」

「貴様、」


 ラコが一歩踏み出そうとしたのを止める。


「言わせとけ。所詮はセリが軽くボコボコにできるような奴らよ」


 言ってからまたしまった、と口に手を当てた。

 でもずっとイライラはしていたし、よく堪えた方だと思う。



「…喉渇いた。ラコ、セリ、自販機行こ」


 これ以上ここにいたら人が死ぬ。

 私は急いでこの場を去ろうとした。

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