非凡の抵抗
「そんなの・・・ラムさんには関係ねぇだろ。生まれて間もない女の子が、施設に引き取られて、恵まれた両親に育てられた。むしろあんたらがまた奪うのか!」
「ごちゃごちゃうるさいんだよっ。芝浦の旦那ぁ、どうします?こいつの歯ァ奪いますかい?」
「好きにしろ・・・少し疲れたから休む」
「だ、旦那!?」
「よせ、何か思うところもあるんだろ」
若い黒服の男が芝浦を止めようとするが、グラサンをかけた中年の黒服男キサラズが制止する。
ラムさんの叔父の芝浦は葉巻を吸って、地面に這いつくばる俺の目の前で踏みつける。
「さぁて、こいつぁどうします?とりあえず脚の指でも一本一本切り落としますかい?」
「やめろ
「そ、そう言われましてもキサラズさん。こいつァだいぶタフだぜぇ?しかも驚いたことに・・・」
ふと荒川は何かを思い出したかのような表情で、ハッとする。
どうやら、ここにきて隠していたことに気づかれた。俺が学生時代、いじめられてきた中で得たスキルのこと。
「キ、キサラズさん!?こいつヤバぇっすよ」
「何がヤバイんだよ?どうみたって、こんだけ血が流れていたら、抵抗する気力さえないだろ」
「ち、違いま・・・・・・うぉっ」
一瞬、キサラズが目を離した瞬間を狙って、俺は荒川の
血だらけで手や胴体にあまり力はないが、急所に全体重を乗っけたため、荒川を下敷にして気絶させることに成功した。
「バレたなら仕方ないな。ほんと、なんで俺の身体ってこんなにタフなんだよ・・・」
おぼつく脚に力を入れて立ち上がり、俺はキサラズを睨みつける。キサラズは一瞬、俺に対し驚いた顔を向けたが、黒のサングラスを外して俺の方をまじまじと見る。
「お前、何者だ? 見た感じ普通の大学生っぽかったが、どうやら俺の認識違いだったようだな」
「いや、マジで普通の学生なんだけど・・・ただ地味で努力しか出来ない学生だぜ?」
「そんなわけないだろ?普通の人間なら死んでもおかしくないだろ」
「知るかよ。死にかけたことなんて初めてなんだから」
キサラズは小型のハンドガンを俺に向ける。
「いくら、お前であれ至近距離の銃弾から逃れられないだろ?こいつを倒したことは評価できるが、たかが大学生程度の力で殺人の経験がある俺には敵わない」
まさにその通りだ。今のは一矢報いただけであって、俺は超能力も剣術もなにもかもスキルを持っていない凡人だ。
努力だけで目の前にいる男に勝てるわけがない。血と交わって流れる汗が体全身に浸透する。地面には汗と血がポタポタと不気味な絵になって描かれている。
もう観念しようかな?と一瞬脳裏に過ってしまったが、先日の彼女の言葉が鮮明に過ぎる。
『こんなに大容量の情報をまとめたりするのに、すごい時間かかったでしょ?僕は数値はある程度、頭の中でまとめるけど君はそういったことせず、ちゃんと丁寧にノートに書いている』
『世の中努力できない人が大半なんだよ。みんな口先で終わるから、君は凄いってことさ』
『こんなに経営の情報をまとめられるのも、君の凄さだよっ! 少なくとも僕は努力する君が大好きさ』
「努力する君が好きか・・・嬉しいよラムさん」
「っ・・・!?蘭」
「そこだ!」
キサラズの動揺の隙をつき、銃を右脚で蹴り上げて彼の体勢を崩す。今のはとっさの判断だったが、運がなくてはおそらく成功しなかった。
俺はそれほど弱い存在だから・・・地味で特別な才能のない人間は、努力し続けて報われる時を待つしかない。その反動でお互いに転び、体勢を崩してしまうが、地に足を踏ん張り彼のスーツの左ポケットに見えた銀色の光を頼りに手を伸ばす。
もしナイフじゃなければ負けだ。
銃は彼の後ろ近くに転がっている。先程の騒ぎで主犯の芝浦も駆けつけるに違いない。だったら、せめてこの状況だけでも形成逆転してやる。
「こ、このガキぃ」
キサラズが立ち上がろうする前に、全体重をかけて飛びかかる。
「うぉっ!なんだなんだよこのガキは・・・バカだし、乱暴だし、地味な奴だ」
「悪かったな、俺は救えないほど非凡なんだよ」
身体を引き剥がそうとされ、何度も殴られてもなお俺は彼の左ポケットに脚を伸ばそうとする。両手が使えない今、脚で格闘するしかなく、彼の顔を何度も踏みつけて対応する。
「ごぼっ、も、もうイッテェな」
体力も限界だったのか、さすがにフラフラとしてきた。その直後、キサラズは銃を諦めて左ポケットのナイフを取り出して俺の体を刺した。
「死ネェェェ」
「残念だったな・・・ロープ切れたぜ」
「なっ!嘘だろ!?」
刺される瞬間、身体を後ろに回してナイフをロープの部分に当てる。背中にナイフが数センチほど刺さったが、おかげでロープが切れた。
両腕が自由になった俺は、背中からナイフを抜いて彼の喉元に当てる。
「ぐっ・・・これで、はぁはぁはぁ、け、形成逆転だ」
「キサラズ、それに荒川もやられたのか?本当に化け物かお前」
キサラズは俺に向かって銃を構えるが、キサラズを人質に取った俺に対しては撃てないはずだ。
「さぁ、交渉・・・といこうか」
身体が既に感覚も離れていて、痛みも限界まできている。
この時、もう感じてしまった。
おそらくあと数時間で死んでしまうということを。
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