明日
「オラっ!着いたぜボウズ」
男の怒号が聞こえるとともに、俺の身体が乱暴に蹴られて車から降ろされる。
霞がかかったような視界は、やがて真っ黒な海が映る。その奥にはビルの光が何層にも反射していた。
「イテテっ、ここはどこだよ!?」
「なんだ?お前、東京湾も知らねーのか?ってかよく喋れるよな、あんだけ血出てるのに」
「って・・・うぉっ!?ち、血が出てるぅ・・・」
「気づくのおせぇよ。俺たちがボコボコに殴っても、血とか顔が多少
れるだけで済むなんて、頑丈すぎだろ」
「は、ははは・・・昔からいじめられてたおかげですかね・・・」
俺が黒服の若い男にそう言って誤魔化す。子供の頃、遠い田舎の話だ。両親や学校に話しても解決できなかったいじめは、形が変わって小中高と繰り返されてきた。
学校のいじめはお互い謝罪するだけで解決・・・なんて愚かだろうか。実は謝罪はあくまでも気持ちだけであって、そこに金銭的な価値もない。
脚を殴っても、相手にきもいとか死ねとか言っても、結局は謝罪のモーションで終わる。そしていじめには、
結局、俺は少ない友人を作り、いじめを認識しないように逃げてきたが、そのせいか非常時に感じる苦痛がなくなった。
(久しぶりに嫌な記憶を思い出したな・・・)
「おや、どうやら起きてしまったようだな」
倒れて血が滲む俺の隣で、優雅に座る男がいた。
その壮年のお爺さんはシルクハットで隠した白髪の前髪を、君悪く揺らしていた。
コンコンと杖を地面につける音が聞こえる。さすがにいじめられなれた俺でも、やばい人間だって一眼で分かる。人間を何人を殺している目・・・
その音がだんだん俺に近づいてきた。
そして黒服の若い男は壮年に頭を下げた。
「
芝浦と呼ばれる男は葉巻に火をつけて一服する。その目は紛れもなく人を、まるでネズミと見るような凍りつく目だった。
だけど、なぜか俺には誰かに面影が重なってしまう。
「喋るんじゃねー。もう姪なんざ覚えてね〜わ」
「し、失礼しました。とりあえず、こいつ東京湾に沈めましょうかい」
「んなっ!?おい待てよそれ・・・がはっ」
地面にうずくまる俺の脇腹に強烈な蹴りが加わった。
蹴りを加えた男は黒服のグラサンの中年で、俺を拉致した張本人だ。
いくら丈夫な体でも、十分な激痛や傷があったため、かつてない痛みが襲いかかる。
「準備完了しました、旦那」
「おう、アスには連絡ついたのか?」
「もちろん。ただ、例のアンプルはダメとのことです」
「ア、アンプルって・・・じゃああんたらがラムさんのお姉さんを」
俺が痛みに耐え、彼らに尋ねると、男たちは不気味な笑みを浮かべて銃口を突きつけた。右隣には黒服の若い男、左隣にはグラサンの中年男、そして真ん中には芝浦がそれぞれ俺の頭に突きつける。
「そうだとしたらどうする?」
「許さねぇ・・・絶対に許さねぇ」
「そうか。それがお前の答えか、気にくわねぇな」
芝浦はそう吐き捨てると、一人だけ銃口を離した。直後、俺のデコから流れる血をハンカチで拭いてきた。
「うわっ、なんなんだよ」
「せっかくの機会だ。冥土の土産をくれてやる」
「は?」
芝浦は俺の血を拭いたハンカチを、東京湾に投げ捨てた。
血は水に流されて、やがて海の色と同化する。
「私の妹のことだ。とはいっても、残念ながらこの世にいないけど」
男が再び葉巻を取り出して一服する。
黒服のグラサン男は、もの悲しそうな顔をして、芝浦の方を見ている。
「そんな顔すると話しづらいじゃねーか、いい加減慣れろよキサラズ」
「す、すまん旦那。どうにもこの話は苦手で・・・」
「まあいい。もう14年経つからな。姪を殺したのは俺たちだよ」
「っ!?」
「お、意外と驚くんだな。多分知ってるだろ?今は海野のご令嬢になったらしいが、あれは俺の姪なんだよ」
男がラムさんの話をした時、俺が驚いてしまったのは、事件のことではなくこの人から温もりを感じたからだ。
まるで子供を愛しているかのような・・・家族愛。
芝浦は冷淡な表情を少しずつ崩して、家族のことを話し始める。
「妹が妊娠した時は、俺は怒鳴り散らかしたよ。父親のことも誰とか言わず、それでも必死に育てたいなんか言い出したときには、一発殴っちまった。でもよ、俺は妹のために金を渡すことにしたんだよな。生まれた子供は・・・可愛かった」
「だったらなんで殺したんだよ!?」
芝浦は再び黙った。黒服の男二人もまた黙ってしまった。東京湾に静寂が訪れる。そして数分の時が経ち、芝浦が口を開いて冷徹な言葉で告げた。
「あいつの夫が・・・奴らが俺たち家族を狂わせた。人間の非科学的な異能を可能にするアンプル。俺たちはそれに利用された。だからラムを施設を引き取らず、うまく説得して今日まで猶予を得た。そういうことだよ」
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