行方
「どういうことだよ!
「すまんが、もうお前に送る金はない」
あまりにも
狭いアパートの一室の深い悲しみが落ちたのは、この瞬間だった。
「カイリ・・・実はな俺と母さん、離婚することにしたんだ」
「はぁ!?ど、どういうことだよ」
アパートの一室に悲鳴と怒号が同時に言い放ってしまったのは、東京住んで三年で始めてだった気がする。俺はこめかみに指を当てて、無理やり感情を抑えて話を聞く。
「実は前から決めてたんだ。もうすぐ六十になるし、お金も共働きでなんとかカイリを大学に通わせることは出来た。小中高の学費も払ったし、もう充分だろ?自立しないか、カイリ」
「だからといって何で急に離婚なんかするんだよっ!ふざけんなよ、お袋はどうなんだよ?」
「一応なアイツも賛成だったよ。離婚届にもサインしたし、家も譲ってパートも掛け持ちで続けるらしいから、俺がいなくても大丈夫だろ」
「そ、そんな。あの家を売っても、ローンで消されてほとんど手元になんか・・・」
ある日、変える家さえなくなるなんて考えもしなかった。まして親の離婚に仕送りがなくなるなんて・・・
仮に21歳の大学生だとしても、アルバイトと奨学金でギリギリの生活をしていた俺に親の援助がなくなるのはかなり痛い。
ラムさんのところで働くから金銭的には心配ないかもだが、支えを失ったことは精神的にキツかった。
「そういうことだ。俺はフィリピンに住むから、達者でなカイリ」
「ちょっと待てぇ!」
電話が切れた。
ピーピーと機械音がなるスマホをベットの上に放り投げ、俺は壮絶な後悔をすることになった。
「別れた理由なんて・・・
俺は立てなくなり、ただ呆然と俺は時が過ぎるのを待っていた。
一分一秒が切なくて怖く感じてしまう。
家族以上に支えてくれる存在なんて、本当に存在しないのは、俺が誰よりも知っているから。
ピンポーン
しかし時は待ってくれないようだ。俺は重い足腰でモニターの前に行くと、真面目そうな一人の少女が立っていた。
「川上さん、どうしてここに!?」
俺は目を大きく開いて驚いてしまった。
彼女はラムさんの友達で、家のことなんか知らないはずだ。ただ何か落ち着きがない感じを滲ませ、俺は慌ててドアを開ける。
「すみません!ここにラムちゃん来てませんか?」
「え?ラムさん、確かに昨日の夜から連絡来てないけど、どうしたの?」
「実は昨日の夜から連絡が取れなくて、家にも帰ってないみたいなんですよ!」
「な、なんだって!すぐ警察に電話しな・・・」
「ダメっ!」
俺がスマホを取ろうとした次の瞬間、川上さんはスマホを持つ右手をがっしりと掴んできた。
か弱い少女の手がプルプルと震えている。
「ど、どうしてだよっ!」
「だって警察に電話したら、それこそラムちゃんが酷い目に遭うのよ。ただでさえラムちゃんの敵は多いのに、通報なんてしてしまったら・・・」
「マスメディアか」
俺が呟くと、川上さんがこくんとうなづく。
川上さんが恐れていることは、ラムさんの弱みを握られることだ。
SNSが広まったことで、事実や嘘も流れやすい時代となった今、シルイリス の代表で天才美少女中学生のラムさんが誘拐されたニュースを流されたら、一大事なんて済まされない。俺は不安がる少女の両肩を掴んで、もう一度少女に問う。
「分かった。とりあえず、ラムさんの家分かるなら、教えて欲しい。まずはご両親から話を聞かないと、何とも言えないからな」
「あ、ありがとうございます! 今、タクシーを呼びましたので、このままラムちゃんの家まで行きましょう」
少女が涙を慌てて拭いて、俺を玄関まで力強く引っ張る。
俺もビシッとジャケットと黒いパーカーに黒いスキニーパンツを合わせて、急いで身なりを整えて向かう。
「そ、そういえばさ。君ってラムさんのこと、副会長って呼んでた気がするんだけど」
「それは学校がある時だけです。ラムちゃんとは普通に友達ですし」
タクシーの中で隣に座る川上さんに尋ねる。
なんか俺に対する川上さんの態度が、この前に比べて素っ気ない気がするんだけど・・・まあいいや。
「へぇー、てかそもそも今日、学校あるよね?なんで私服なの」
「なにって、友達が誘拐されてるかもしれないのに、平然と学校行けます?」
「す、すみませんでした!あっ・・・あそこってまさか」
目の前に大きな屋敷が現れた。タクシー越しの窓からでも分かる大きな家は、豪邸と言っても過言じゃない大きさだ。
「一応、ラムちゃんは海ホールディングスの娘さんなのよ。だからマスメディアとかが狙ってるかもしれないし、警察にも通報できないのよ」
「そうだったのか」
川上さんが唇を噛み締めてそう俺に告げると、カードで数千円のタクシー料金を支払って正門まで慌てて走っていった。
当然、俺も追いかけてるが、川上さんの不安や焦りのせいか追いつけなかった。
そして大きなインターフォンのボタンを押すと、落ち着きのある女性の声が聞こえてくる。
『はい?』
「遅れてすみません!川上です。今、ラムちゃんのお気に入りを連れてきました」
「は?お気に入りって誰のことだよ・・・ぐはっ」
『まぁその声、ラムが言ってたポンコツ
「あ、ありがとうございます」
すると分厚くて硬い正門がゴゴゴと開いていった。今さっきのポンコツには、ピキッと頭にきたが、さすがに金持ちは相手にしたくないので黙ってよう。
屋敷内に入って数分後、俺と川上さんはある部屋にたどり着いた。
目的地のドアを開けると、西洋風の紅の
「ようこそおいでくださいました。ラムの母です。さぁこちらへ」
「「し、失礼します」」
見た目が30代くらいの美しい女性が、高級そうな黒いドレスを着て俺たちを迎える。
(な、なんなんだよ。ラムさんの家ってこんなにお金持ちだったのかよ)
俺と川上さんは女性が椅子に座るよう案内されたが、ロボットの動きのようにウィーンとしか移動できず、座るのにも時間がかかってしまった。
その様子を見て、まるで楽しんでいるのか、女性はニコニコとして待っている。
「それでまだラムとは連絡が取れないのよね?」
ラムさんの母は、テーブルに置かれたティーカップを取り飲む。
「は、はい。もしかしたらと思って、カイリさんの元に行ったのですが、結局分からず・・・うっうっラムさん」
川上さんが顔を下向け、涙がポタポタとこぼれ落ちていた。
「ほら、これ使って」
「え?うん。ありがとう」
川上さんが俺が差し出したハンカチを受け取り、流れる涙を拭く。
別に当たり前の行動をしただけなんだけど、ラムさんの母は思わずきょとんと俺たちを見続けている。
「あ、あの?どうかしましたか?」
「いえ、なんだかラムを思い出してしまって・・・あの子が貴方を気に入った理由が大体分かりました」
「はぁ」
さっきからラムさんの母は何を言っているだろうか。そう思ったの束の間、ラムさんの母はいつの間にか俺の隣に座って腕を掴んでいた。
その次の瞬間、俺は突然掴んできた腕を引き離し、椅子から離れていく。
そして俺は思わず壁の後ろにぶつかってしまった。
「おい!?何してんだよっ。あっ・・・すみません、つい」
「ふふっ、いいのよ。いっそのことお
「いやいや、俺と大して歳は離れていませんよね?」
「え、そんなに若く見えたのですか?」
そう俺の問いを返すと、ラム母は不思議と満足した顔で元の位置に戻って行った。
そして冷めているティーを飲むと、ラム母から予想だにしないことを告げられた。
「本当は適当にあしらってお二人のことを帰したかったのですが、気分が変わりましたわ。これを見てください」
突然、部屋の端にあったモニターからある映像が流れていた。
そこに映るのは公園の滑り台下の砂場で、幼い5歳ほどの少女と、少しやつれていてシワだらけの服を着た二十代くらいの女性だ。
「これってラムさん・・・じゃないですよね?」
俺が尋ねると、ラム母はうなずき反応した。一方、川上さんはモニターから目を逸らしている。体調でも悪いのかな?
「ええ、どうやって写真を手に入れたかは詳しく言いませんが、この女の子はラムの姉です」
「つまり・・・あなたたちは血が繋がってないんですね」
「そういうことです。私たちがこの子を引き取ったのは、まだラムが四歳のときです。もう一人、娘を授かっていた私にとっても、この子を引き取るのは反対でした」
「もしかして・・・その事実を知って家出したとかは?」
「「違います」」
俺の疑問が二人によって一瞬で否定された。
川上さんは目を真っ赤にして、ポケットティッシュで鼻をかむ。そして川上さんがゆっくりと涙を堪えて話をする。
「ラムちゃんはとっくに知ってますよ。私にもちゃんと養子だってことは話してましたし、何よりカイリさんとカフェに行った時も、きちんと連絡してますよ。おばさんのせいでは断じてないです」
川上さんが凄まじい目つきで、ラムさんとラム母の愛情を信じている。確かにラムさんが親との仲が気まずいとは、考えづらいし何より心配の連絡をいれるほど案じていたなんて。
「私は引き取る前は反対でしたが、結局は夫も私も娘を愛してしまいました。おかげで
「じゃあ一体どうしてラムさんがいなくなったんですか?」
俺が冷静になれずに怒りのまま吐き捨てると、ラム母が少し曇った表情で答える。
「今から彼女を引き取る前のことをお話しします。あなたには知ってて欲しいのです」
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