大人
カフェでお会計を済ませ、ラムさんをホーム前まで送ることにした。
少し時間が遅くなったけど、彼女曰く心配してくれる両親に連絡済みだと。それなら安心だ。
見た目は高校生っぽいので、夜七時でも難なく帰れそうだが、念のためホームまで見送ることにした。中学生の少女をホームまで送る大学生なんて、そうそうない経験かなと階段を一歩一歩下りるラムさんの隣で思う。
「じゃあ、またあとでね〜」
「はいはい、分かりました。ラムさんこそ気をつけて帰ってくださいね」
「僕を子供扱いしないでよっ」
「子供扱いというか、この時間だと条例に引っかかるんですよ」
「ちぇっ、もうちょっと一緒にいたいのに」
ラムさんは顔を膨らませて、俺の言葉に不満気に返す。
「ぷははっ、なんだよラムさん。そんな顔で見ないでくださいよ!」
「おい、僕のこと馬鹿にしたでしょ!?」
いかにもそういう顔が出来るのは、中学生らしくて思わず笑ってしまう。
ラムさんは俺が笑ってしまうのを、嫌がったのかボコスカ両手で力無く殴ってくる。
「安心してください。着いたらちゃんと連絡しますから」
「ほんとうかい!?やった〜」
8個下の中学生と連絡先交換したのは、初めてだった。
でも抵抗がなかったのは、多分彼女が褒めてくれたからだと思う。
東京の夜は、人が多く、眩しくて、酔っ払いも多いけど、嬉しい出会いがある。
電車が出発する直前まで、俺たちは手を振り合った。
久しぶりに感じる・・・別れは悲しいってことを。
電車内
久しぶりに楽しい時間だった。
あの時、僕はクラスメイトと同じ苗字だと知らずに入ったんだ。
正直、全くクラスの相馬くんには興味もなかったけど、僕がクラスメイトのお見舞いに行くのは本気で生徒会長選挙に勝ちたかっただけ。たかが生徒会って馬鹿にする大人も多いけど、それでも僕は全力で生きたい。でもね、漢字間違えたのは僕の失敗だったかな。いや?成功かもしれないね・・・
そのおかげでこんな素敵な出会いがあるなんて、なんていい日なんだろう。
いつもの電車とちょっと遅れた帰り道、東京の街はざわついて怖い。でも魅力ある街だと思う。
今日の思い出を抱えながら、僕は窮屈な電車の中で目を閉じてみる。
目を閉じて瞼の裏に過ぎったのは、思い出じゃなく一人の女の子だった。
僕は再び拒絶して、現実に戻る。
「もしお姉ちゃんが生きてたら、カイリくんと付き合ってたのかな」
ふと頭の中に出てきた言葉を、僕はポツリと呟いていた。
僕自身は全く覚えてないはずなのに僕の身体は覚えている。
小さな身体で僕を守った姉の影を・・・懐かしくて切なくて理由もわからない苦しさも知っている。
(僕が産まれて七ヶ月で、姉は母のせいで殺された)
身体はいつも覚えている。八歳で死んだ姉の無残な顔と血の匂い、そして大きくて不気味なあの化け物のことを。
アパートに着いた俺は、ラムさんに着いたとメッセージを送信する。
その後、就寝前の準備を終え、クタクタに疲れながらもラムさんと交わした契約書を読んでみる。
「幹事長か。あんまりイメージないけど、何するんだろ」
俺は紺のダサいジャージに着替えて、ベッドの上に寝転がり契約書類を読むことにした。
木製の床にシンプルな柄の椅子とテーブルは、普通の大学生っぽい部屋だとつくづく感じる。
いわゆるミニマリストだからかな。服は上下6セットまで、週二日のパックに化粧水と乳液、シェーバーといった美容のみに気を遣っているけど・・・
契約書の内容をまとめてみると、こういった内容だった。
「一人一人の人に、経営、投資、政治を共有したい」
ラムさんが代表を務めるシルイリスという組織がある。正確には四年前、ラムさんのお父さんが
なぜ15歳で引き継がせたいかって?
少しネットで調べてみると、役員登記の年齢が15 歳からだということだろう。
現にラムさんが14歳で代表なのは、役員会の設置人数も満たしているし、ホームページにも代表者 海野ラムと書かれていた。ただ未成年がトップをやること自体、周りの大人たちから舐められることも多いので、今のところ他役員は父方の知り合いや部下が担っているとのこと。
さらに調べてみると、シルイリスの本部は東京で、小規模なもの含めて全国や世界各国に支部が存在する。
東京本部では情報発信のための意思決定や、業界人との交流や提言など情報に関わるものも含め様々なものが設置されている。
その方針を決定するのが役員会で、ラムさんがトップだということ。
「役員って簡単に引き受けちゃったけど、めちゃくちゃ大変な仕事じゃねーか」
俺はワナワナと震えて、狭いアパートの部屋の中で思いっきり叫んでしまった。
いやいやいや、いきなり就職してない大学生にこんなこと頼む?
ありえないだろ。しかも世界中に支部があって、政治家や経営者との会食や交流もあるし、役員の皆様が全員どっかで聞いたことある大企業の幹部連中って地獄絵図だろ。
「今更だけど、ラムさん何者なんだよっ!?ってか俺にそんな重大責務頼むんじゃねー。こっちはまだ
一通り騒いでしまい、ふと我に返る。いったん、東京の男一人暮らしの汚い部屋で深呼吸してもう一度見てみよう。
そうだ、幹事長って言ってたけど、きっと名誉職なんだよな。まだ役職について確認してなかったが、きっとそうだろう。それなら俺の荷も軽くなって、学業に集中できるし、ラムさんとは全然違うおしとやかな女性と結婚できるし・・・
(ぐふふっ・・・)
俺は気持ち悪い笑い声を、脳内で出しながら役職ページを読んでみる。
そこには具体的な職務内容が書かれていていた。
「えーと、幹事長は予算配分などの財務に加えて、人事権も行使すること・・・代表を補佐!?」
全くの名誉職でもなく、完全なナンバーツーのポジションだった。しかも金と人事を握るって政党の幹事長、ほぼそのままじゃないか。
ピンポーン
「誰だよ?こんな時間に・・・」
一旦、書類をテーブルに置き、俺はインターフォンのモニターを見てみる。
そこにはよく見覚えのあるバカップルがいた。
「あの〜、カイリ。今日はありがとね」
「ん?ああ別にいいよ。当たり前のことしただけだし」
俺の親友、
「久しぶりです。カイリ先輩」
「
「はい!先輩の指導の賜物で、ちゃんと高校受かりましたし、JKライフめちゃくちゃ楽しいですよ〜」
「う、うん。それならよかったんだけどね・・・なんだろ、生徒と親友が付き合ってるという複雑な気持ち、まだ慣れねーんだけど」
「なあ、美琴ちゃんが大人っぽくなったのって、お前らが付き合いだしてからだよな?」
「そうだけど、もしかして人の彼女に
「冗談でもやめてくれ!」
何言ってんだよ、美琴ちゃんと付き合うとか冗談じゃない。さすがに親友の彼女を寝とるとか度胸ないし、そもそもこの子のこと、苦手なんだよね。
七海は早速、メンズ雑誌で流行った白のトートバックの中に、鶏肉や白菜、肉団子、ネギ、白滝、椎茸と俺は具材を見ただけですぐに察しがついた。
「なんでそんな高いトートバックに、鍋の具材たくさん詰めてんだよ」
「え・・・だってエコになるからって」
「あっそういうことか。ってか人の家に上がって鍋やろうとするな」
俺がとある環境大臣のことを思い出している中で、二人のバカップルは近くの棚から鍋とカセットコンロを取り出していた。
「ななくんっ! 寄せ鍋の素あったよ」
「みこちゃんありがと!じゃあ鍋パしますか」
「人の家で勝手に鍋パするんじゃねー」
俺が叫んで数十分後、ぐつぐつと具材が煮込まれて、部屋中に美味しそうな匂いが
七海が俺と美琴ちゃんにバランスよく具材を分けて盛って置いてくる。
「ほらほら〜、ちゃんと残さず食べないとダメだぞ?カイリ」
「いやな、もう夜の10時に鍋って絶対太るじゃんかよ」
そういいつつも、俺は素直に白菜を口に運ぶ。
「カイリ先輩、そいえばお兄ちゃんがカイリ先輩にまた勉強教わりたいって言ってるんですけど、ダメですか〜?」
ふと箸を置いて、美琴ちゃんが俺に微笑んで聞いてくる。実は美琴ちゃんを初めて知ったのは親友の彼女としてじゃなく、塾の生徒であったからだ。
始めての出会いは、二年前に
(そこは今もなんだけどね・・・)
サークルもいくつか誘われたりしたけど、どれも少し体験して飽きてしまった。
数日で名も覚えていない友達はたくさんできたけど、たくさん失ったし、浪人してまで入った大学に俺は楽しめずにいた。
そんな中、当時の友達の一人が彼女が所属している勉強を教えるボランティアの講師が足りないと、俺に相談してきた。
『ほら?蒼馬ってなんだかんだでまとめるの上手いじゃん? ノート見たとき、YouTube大学くらい分かりやすかったし・・・な?頼むこの通りだ』
『分かったから、そこまで頼まれたら断りづらいだろ』
『た、助かる!ありがとう。じゃあ、まずそこの団長が面接したいから・・・』
土下座まで頼んでくる友達に対して、俺はため息を吐きつつ了承してしまった。
その数週間後、友達は彼女と破局したらしく、彼女からも俺がそいつと関わらぬよう釘を刺していってきた。
団長との面接を終えて、最初に授業を教えたのが美琴ちゃんという訳だ。ただし、彼女は勉強がかなり出来たけど、親からどこかに塾に入れと言われたので、渋々ここに来ているらしい。
今日もニコニコと俺に向かって笑顔を向けた数分後に、スマホをいじったりするなど勝手気ままな生徒だった。
多分、他の先生ならこういう生徒に注意すると思うけど、勉強を無理にさせて学歴に見合う成果が保証されない世界で、勉強しろなんて言いたくなかった。
だから彼女が勝手気ままにスマホをいじっても、注意せずに友達の話も真剣に聞いたりした。たまにメイクやスキンケアの話も少々したりとか・・・
「はい、今日の授業は終わり。これだけやってれば十分だから、覚えてね〜?」
六十分の授業が終わると、最低限の要素をまとめたノートを彼女に渡す。はっきり言えばスマホや雑談でほとんど授業が終わっているのに、彼女の成績が上がっていたのは純粋な努力だと思う。ノートを受け取った彼女は、軽く頭を下げてきて。
「ありがとうございます!カイリ先生」
「いや俺なんて先生らしいことしてないんだけど・・・普通に大人と話しを聞いただけだし」
「じゃあ先輩・・・って大人!?」
彼女は大きな目を見開いて、椅子から起き上がる。
「だってちゃんと話を聞くし、主張もするし、共感してくれたり、否定してくれたりするなんて
「そ、そうかな〜?」
「そうだよ。スーパーで小松菜の場所を案内した挙句に、感謝しないでもう少し安くしろとか怒鳴るおじいちゃんと比べたら、美琴ちゃんの方が大人だよ」
「ありがとうございます」
そう告げて彼女は教室から去っていった。
俺は報告書類をまとめて、何事もなく団長に提出する。
四十代前半の団長は度々、
それ以来、俺は
「あのね、美琴ちゃん。俺、そんなやり方やって追放されたから、もう戻れないんだよね」
「で、でも・・・」
「ん〜、じゃあQRコード送るから、あとでお兄さんに繋いでね? オンラインなら勉強見るよって」
「あ、ありがとうございます!カイリ先輩」
すぐにスマホを取り出して、 QRコードを出した俺は美琴ちゃんと彼女のお兄さんの連絡先を交換した。
その様子を温かい目で見ていた?七海をほっといて再び鍋を食べることにする。
すっかり染み込んだ白菜が、ポカポカと身体も心も温まるように感じた。同時に夢を見る二人に比べて、黒い気持ちが生まれたのは当時の俺はまだ分からなかった。
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