青春
「ほんとに退屈だったな」
俺は大学の授業を終え、特にやることもないのでアパートに帰ることにした。
学校の最寄駅の渋谷駅は、今日もサラリーマンや学生でぎゅうぎゅう詰めだった。まるで袋詰めされた人参のような気持ちで、駅員さんは袋いっぱいまで人を押しまくる。俺は出口間の真ん中に座った。手前の椅子には二人組の女子高生が、何かの世間話をしながらスマホをいじっている。
毎回、揺れる満員電車の中で通勤する学生やサラリーマンをもう少し労われよ・・・と心底思いつつも、東京で車を持たない人が多いから仕方ないと割り切った。ふと高校生の集団が、夢の国の数倍きついアトラクションで、会話が俺の耳元に届いてきた。
「でさ〜、ミキがタックンを寝とってさ」
「てかさ?この間のアレ食べた?ほら、表参道で絶品のナポレオンパイ」
「くそ〜、受験本当にイヤだわ。勉強したくねーし帰りにカラオケ寄らね?」
(うっせえうっせえうっせえわ、お前ら満員電車の中で、よくそんな大きな声で喋れるな)
数分間、満員電車の中でそう叫びたかったが、迷惑系になりたくなかったので、ただ耐えることにした。
「ふぅ、やっと着いた」
ぎゅうぎゅう詰めの電車から解放され、新宿駅にたどり着く。
そこから乗り換えて、中野駅に着けば家はもう徒歩圏内だ。
これが多摩とか立川とか八王子だったら、毎回通勤している皆様本当にご苦労様ですよ。新歓の会場が多摩センターだった時は、新宿から京王線で移動するのに苦労したからね。ただ家賃は安かった。
そう思い俺はホームの階段を一歩一歩登っていく。隣にエスカレーターも付いているが、都会になれないせいか未だ階段の方が好きになっている。
「あっ、おーいあなた久しぶり!」
すると上りエスカレーターに乗っている少女に後ろから声をかけられた。
その声を聞いただけで誰だかすぐに分かった俺は、逃げるように大股で階段を登る。これは死亡フラグの予感だ。なぜかって?突然、知らない人の病室に見舞いに来て、彼女だと偽って復縁のチャンスを失わせてた悪女だからに決まってるだろ。制服の白シャツに黄色のラインが入った紺色のスカートを膝上の高さで着ている中学生はあいつなんだよ
「ちょっと待ってよ〜!ねぇってば」
(絶対待ってたまるか)
俺が急いで大股で階段を上るのを見て、少女も速度を上げてエスカレーターを駆け上がっていく。
多くの主婦やサラリーマンっぽい人が迷惑してるが、少女はすみませんとニコッと笑顔を見せて全速力で追いかけてきた。それで騒ぎにならないのは、きっと少女の魅力に違いない。
俺が階段を上り切って、乗り換え先のホームまで走る。
すると少女は制服姿でローファーのまま、さらにスピードをあげて追いかけてきた。もう既に二メートル近くまで近づいてきた。まるで獲物を狙うチーターだ。
「なんだよっ!ちょい足早すぎないか!?」
「待てぇぇぇぇ」
あまりの早さに周囲の人も駅員さんも呆気に取られている。
俺もあんなスピードを出されたせいで、周りからの目線は冷たい。
次々と駅内にいる人に当たらないように
ついにガシッとパーカーのフードを思いっきり掴まれてしまう。
「捕まえたよ?カイリくん」
「ハァハァ、なんなんだよお前」
少女がニコニコと俺のフードを掴んで顔を詰め寄る。信じられないことにあのスピードで走っても、少女は汗一つかかなかった。
ただ大きな胸は揺れた。
(つーか周りの男どもの視線が痛かったのって、こっちが理由かよ)
「さてと、立ち話もなんだし、あそこのカフェで詳しく話聞くけどいいかい?もし断ったら・・・」
「わ、分かったからそんな可愛い顔で、近づかないでちょっ」
「うんうん素直な反応でよろしい!あ、そういえばまだ自己紹介してなかったね。改めまして、僕の名前は
「蒼馬カイリだよ!」
こうして俺は彼女に連れられて駅前のカフェに向かった。なお駅員さんには俺だけがこっぴどく叱られた。俺が怒られている様子を少女は、遠くまで逃げてスマホで動画撮っていた。ピリピリに怒った駅員や一部の人に何度も頭を下げるのは、きっと彼女にとって
「じゃあこれを学校に流されたくないなら、従ってくれるよね?」
少女とともにカフェ内のテーブルに座った途端、俺に先ほどの動画を眼前に見せつけた。駅構内を全力疾走で走る成人男性が、何かしらの迷惑をかけたのは事実だし、それで単位取り消しなんて絶対嫌だわ。特に黒川先生に見られたら、今日の復讐に多分、全国に拡散されてしまうだろうか。顔の広い老害に弱みを見せたくはない。
「本当にクソだなお前」
「ふふ〜ん、どうだいカイリくん?」
「ってかあのホームにいたのも、絶対偶然じゃないだろ。もしかして俺のこと調べてたり・・・」
少女はテーブルに出されたお冷を口に運ぶ。ただ美少女が水を飲むだけでも絵になるってことが、つくづく実感した。
ただし、少女は相当嫌な性格だけど。
「ん?ああ安心してよカイリくん。あなたのことは名前と住所と学校先とバイト先とマイナンバーカードの番号しか知らないよ」
「めちゃくちゃ知ってんじゃねーか!ってかどっから手に入れた俺のマイナンバー」
「ふふっ、マイナンバーは冗談よ?」
「それ以外はマジじゃねーか」
少女は軽い笑みで誤魔化す。ただ、やったことは犯罪だけどね?
木製の椅子に、西洋っぽい絵が飾られているお洒落なカフェ店内は、少女が指定した駅近のカフェだ。といっても最初に指した矢印とは違い、少女が連れてきたカフェは高級感ある個人経営店のカフェだ。
(なんで中学生が、こんな高いとこ知ってるんだよ)
すると店員が俺の頼んだショートケーキとカフェオレのセットをテーブルに運ぶ。俺と同い年くらいの茶髪の男性店員が、手際良く仕事をこなしている。
俺の気持ちは少し暗くなった。
「わぁ!美味しそうですねっありがとうございます」
「いえいえ、お二人ともごゆっくりどうぞ」
少女が店員に手を振ると、男性店員は俺と少女に軽く会釈をして厨房に戻っていった。
「お前、どんだけ猫被ってんだよ。川上さんから聞いた話より想像以上だったわ」
俺の反応に対し、少女は質問の意図が分からなそうに小首を傾げて誤魔化す。
すると少女は俺の注文したカフェラテを、何事もなく一口飲んだ。
そのせいで一瞬、俺自身も状況整理ができず思考停止してしまった。
「おいそれ俺のだぞっ」
「あ〜!ごめんなさいっ、じゃあ返すね〜」
「そういう問題じゃないって・・・まあいいわ。返してくれたならいいわ」
「ひょっとして僕と間接キス出来て嬉しいの〜?」
少女がニヤニヤしつつ、からかってくると、俺は口に含んだカフェラテをティーカップに吹き出してしまった。
「ゴホッ、何言ってんのこのガキ」
「うわ〜汚いよカイリくん、これだから先生に嫌われるんでしょ?」
「猫被りよりマシですけどねっ。てかそこまで調べてあんのかよ」
「当然さ、僕は病室であった時から、君に興味あったんだからね!」
どこが楽しんだよコイツ。
再び店員さんがきて、今度はこいつが頼んだミルクレープとレモンティーをテーブルに届けてくる。
こいつは先ほどと同様に店員さんにニコニコとスマイルを向けてきた。
相変わらず可愛いと思いつつも、このまま負けっぱなしは嫌だったので、俺も店員さんに慣れない笑顔で反応してみたが・・・
「え?お客様、どこか具合悪いですか?」
「は?お、おい」
「大丈夫ですか?もしかしたら熱あるのかも・・・」
笑顔が不器用すぎたせいか、突然空いている右手で俺の額の熱を確認してくる。
しかも店員さんがガチで心配してくるから、本当のこと言い返せずに辛い。
(すみません、作り笑いが下手すぎて、具合が悪いように見えたみたいですね)
なんて言えるかよ!店員さんは全く悪くない、むしろこれは事故なんだから。
その光景を見て、手で口を抑えて笑いを堪えているコイツに思わず腹が立ってしまった。
「ぷぷっ、笑顔下手すぎよ。カイリくんおもしろ」
(小声で喋ったようだが、しっかり聞こえたぞコイツ・・・)
「大丈夫ですから・・・」
「そ、そうですか?何かありましたらすぐ言ってくださいね」
俺がそう返すと店員さんは、一瞬キョトンとして一礼しすぐに厨房に戻っていった。
さすがにコイツも笑いを堪えることができず、腹を抱えて思いっきり爆笑していた。
「あははははっ!ほんと〜に君って面白いね。こんなに笑ったの久しぶりだよ」
「う、うるせーよ!これ以上大人をからかうんじゃねーよ全く」
「大人?多分、僕の方が大人だと思うけど」
「はぁ?確かに身体は大人かも知れないけどな、お前はまだこど・・・」
俺が言いかけると、少女がノートを取り出してテーブルに置く。
テーブルの上に出したノートを見て思わずビビってしまった。
びっしりと国内株式や米国株式の数値が書かれている。三ヶ月、半年、一年の株価が書かれている。為替レートも詳細な数値やデータがびっしりとだ。
製造業やIT業界、製薬業などの大手企業は大体調査済みだと読んで分かる。何より衝撃だったのが、数値の横に書かれた予想数値と株価がほぼ一致していることだ。
「これって・・・!?」
「あんまり見せたくないけど、君は特別だからいいよ?どう僕のコンサルノート?」
「コ、コンサルノートって、こんな膨大な投資情報全部暗記してるってことか?」
「当然だよっ!為替の動きも予想も大体、僕の予想通りの動きもしたし。衆議院選挙も参議院選挙の当落も大体当てたよ!どう?これでも僕のこと子供だと思うかい?」
「んぐぁ、参りました」
コイツがドヤッと大きな胸を張っているのに対し、悔しながら俺は思いっきり頭を下げる。周りの客は俺に冷たい目線を出してくる。そりゃそうか、大学生が知らない中学生に頭を下げるのは、社会的目線が恐ろしいと肌身で分かった。
「それでよ、俺はどうすればいいんだ?」
「ん〜、まずその態度が気に入らないんだけど?カイリくん」
「ぐぬっ、分かった。分かりましたよラムさん」
「うむ、くるしゅうないぞ。カイリくん」
膝上に握りしめた拳に悔しさを滲ませる。その一方でコイツ・・・ラムさんは俺のことお構いなしに、店員を呼んで追加のティラミスを頼んでいる。注文を頼み終えた彼女は、俺の悔しそうな顔を見て笑みを溢していた。
「いやー、君って面白い人だね!」
「本当にムカつきますねっ!とっとと本題に入りましょ」
「そうね〜、じゃあカイリくん。僕の右腕になってよ」
「はぁぁぁぁぁぁ!」
ラムさんはニコッと微笑んで、右手を俺のほうに差し出して告げた。本来ならロミオとジュリエットをイメージするかも知れないけど、これは血の繋がりもなく、夫婦でも恋人でもない
「いやいやいや絶対イヤですって!第一、コンサルやれるラムさんと比べて俺は」
「そんなことないよっ!よく見てみなよ、君のノート」
するとラムさんは俺のリュックを奪って、チャックを開けて三冊のノートを取り出した。そのノートに書かれているのは、大学の授業じゃない俺自身がまとめていた情報だ。
「ちょい待てって」
「こんなに大容量の情報をまとめたりするのに、すごい時間かかったでしょ?僕は数値はある程度、頭の中でまとめるけど君はそういったことせず、ちゃんと丁寧にノートに書いている」
「で、でもそれくらい誰だって・・・」
「世の中努力できない人が大半なんだよ。みんな口先で終わるから、君は凄いってことさ」
彼女の言葉に感動してしまった。今まで努力しても報われなかったり、周りから馬鹿にされてきたけど。初めて認めてくれて嬉しかった。
そしてノートを一枚一枚めくりながら、彼女は俺を励ますように話を続けてくる。
「ドラッカーのマネジメント、
「う、嘘つくなよ」
「嘘じゃないもん!だからさ、僕の右腕になってよ。君が手伝ってくれるなら、本当に嬉しいし。ダメ・・・かな?」
ノートを閉じた彼女はすぐに俺の両手を握って、問いかけてくる。あまりにも
彼女は魅力的だった。さすがの彼女も、俺が断るかも知れないと考えると、弱気になった。もう俺の答えは決まっている。
赤くなった顔を隠すため、俺は少し顔を逸らして小さな声で返事をする。
「ラムさんのこと・・・手伝います」
「ありがとっ!カイリくん」
こうして退屈な日常は終わりを迎え、俺は女子中学生の部下になった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます