第2話 貴方の好きなものはなに?


『好きな本はありますか?』

『そしてバトンは渡されたがおすすめです』


『好きな音楽はありますか?』

『最近はlucky tapesっていうのにはまってます』


『好きな食べ物はありますか?』



「私このアンケートあと何回答えなきゃいけないの…?」


思わず声が出てしまった。

ゴロン、と寝返りをうって、LINEのトーク画面とにらめっこする。

こんっなに私の好きなものが気になる人が、世の中にはいたのか。


「変な人…」


そもそも出会い方すら変だ。


彼と出会ったのは、寒さで空気が澄んだ冬の夜だった。

あろうことか私の元彼は、クリスマスイブイブに浮気をするような大馬鹿もので。


私は浮気現場からそのままの足で近くの神社に走った。

そして彼がほしがっていた財布のためのお金、数万円をお賽銭箱に投げ込んだ。

我ながらとち狂っていると思ったが、27歳までの3年を奪った罪は重い。

このお金の分だけの天罰が当たれ、と、もはや呪いのような勢いで手を合わせた。

考えれば考えるほど具合が悪くなってくる。

吐き気と共に神社に背を向けると、少し距離を隔てて突っ立っている男の人と目が合った。


真っ青な私と、少し顔を火照らせている彼。

彼はそのまま私に向かって頭を下げた。



「一目惚れしました、連絡先を教えてください」



と、勢いで交換してしまったのが先月のこと。



『オムライスです』


答えながら、ふと思った。

私の好きなもの、元彼はこの通りに答えられただろうか。


「無理だろうな…」


今思えば彼は私に興味がない人だった。

そのくせして身体だけには興味がありそうなその態度が、本当に気に食わなかった。

枕に突っ伏して、目を閉じる。

3年の傷は、思ったより深い。




「久しぶり、会いたかった」


改札を出ると、彼がイヤホンを外しながらにっこり笑った。私も頷いて笑う。

彼とときどきデートをするようになって数ヶ月が経った。

相変わらず変な人ポイントは多いが、私はなんだか変に落ち着いたりするようになっていた。


「今日のメイク、オレンジで素敵だね。よく似合ってる」


彼はよく気付くし、よく褒めてくれる。

歴代彼氏にそんな人がいなかった私は、その度に「変な人」と思う。嬉しくてこそばゆくもなる。


「そういえばこの前教えてくれた本読んだよ」


と感想を伝えてくれる。


「lucky tapes、新曲出したね」


私の好きなものは、大事にしたいと言ってくれる。

少し前に日本酒飲みたいねと話したからか、今日の居酒屋のお刺身は格段に美味しかった。

またね、と手を振ってちょうど家に着きそうな頃、電話がかかってきた。


「無事着いた?」

「もう着くよ」


まだ寒い空を仰ぐと、満月や星が綺麗に輝いていた。


「今日、空が綺麗に見えるね」

「本当?」


写真を撮って送ってあげよう、とスマホを構えたときだった。

カラカラ、と電話越しにベランダに出る音が聞こえてくる。


「うわぁ寒い寒い…本当だ、澄んでるね、綺麗」


彼は私が綺麗だと思ったものを、綺麗だと言ってくれる。

寒い外にわざわざ出て、一緒の空を見上げてくれる。


「ねえ」

「うん?どうしたの…?」


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