【短編小説集】ありきたガラクタ

羽澄

第1話 冷たい天秤

「レスの彼女がいる」


そう打ち明けられたのは何回目かに家に上がったときで、ベットの淵ででガリガリくんをかじって、くつろいでいるときだった。


「…は?」


思わずガブリと噛んでしまって、頭にキーンと響く。いや、今の言葉による突発的な頭痛なのかもしれない。

セフレなら、せめてセフレならこんなことがあるのかもしれない。つまり私は、そうってこと…?

まさかありえない、ごく普通に付き合ったはずだ。

しばらく考えた。数秒だったのか、数分だったのかはわからない。

首の後ろがじんわりと汗ばんできたのは、夏のせいか、それともさっきから彼の方ばかりを優先しているように見える扇風機のせいなのか。恨めしげに目をやっていると、音が煩いと勘違いしたのか、彼が慌てて扇風機を止めた。

そういうことじゃないってば。

私はシャリシャリのシャーベットを舌で強く押しつぶしながら聞いた。


「えっと…私って、彼女だと思ってたんだけど」

「うん、そうだと思ってる」

「彼女って何人まで許されるんだっけ」


思わず皮肉めいた言葉が出てしまった。そりゃ出るだろう、とも思った。


「ごめん、好きなのは涼だよ。彼女とはもう別れようと思ってて」

「何その常套句」

「ごめん」


別れられない理由も聞きたかったけど、何よりも頭がついていかなかった。

心は冷えてしょうがなくて、指先も冷え切ってるのに、首の周りが暑い。

夜の窓ガラスに映る私と目が合った。

できたてほやほやのキスマークが見えて思わず親指で抉るように触れると、彼が酷く傷ついたような顔をした。

いやその顔したいのは私だから。

ガリガリくんを食べ終わっていたら棒を投げつけているところだ。


「…どのくらい?」


え?と聞き返すその優しい声も今は気に食わない。

私は苛立ちを隠さずに声に乗せた。


「だから、その彼女とはどのくらい付き合ってんの?」


彼は気まずそうに俯いて、消えそうなくらいか細い声で呟いた。


「2年」


気を抜いていたら「2年!?」と叫んでいたと思う。まるで鈍器で頭を殴られたようだった。

それでも私はわずかなプライドを握りしめて、なんともないように話を続ける。


「いつからレスなの?」

「付き合ってすぐだから、ほとんど2年…」

「あ、そう」


彼は性欲が強いわけでもないけど、ないわけでもない。レスは、彼女が拒んでいると容易に想像できた。

ほろっと最後のシャーベットが崩れて、ついに棒だけになってしまった。

今気づいたけど、たぶん棒だけ投げつけられてもダメージないな。


「本当にごめん、ずっと言わなきゃって思ってたんだけど、どんどん言いづらくなって…」


彼の言い訳の音が遠くに感じる。


身体を差し出さずとも2年間愛され続ける彼女と

好きなときにいつでも身体を差し出す私


差は歴然のように感じた。


「あのさ」


遮るように声をかけると、彼はピタッと話をやめた。

ついさっき身体を重ねたシーツを指でなぞりながら、2年に比べたらほんの少しの思い出を遡った。



「もしも私がもうしないって言ったら、どうする?」




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