第34話 今後のこと



 第二回戦が始まる数分前に武舞台の前まで来ると、俺よりも早くフレイムが立っていた。俺の姿を確認したフレイムがギョッとした目で俺を見つめている。


「ガラルド君…………どうしてここに?」


「一回戦であんたの弟を倒して、その後、パープルズからの襲撃も逃れる事ができたからな」


「クッ! 失敗したのか……。だったら大会委員に報告して今すぐ僕を失格にすればいいじゃないか、何故やらないんだ?」


「……何だっていいだろ、それよりほら、試合が始まるぞ、早く武舞台にあがろう。今は何も考えずにお互い楽しもうぜ」


 そう言って話を切った俺は、フレイムと共に武舞台へと上がった。観客は相変わらず多いものの、歓声の大きさは一回戦の時の半分ぐらいに感じる。


 単純に試合を多く応援してきて客側が疲れているのか、それとも一回戦で俺がブレイズを一撃で倒してしまったから、フレイムに対する期待が持てなくて盛り上がれないのか。


 もし、後者だとすれば残念だし、今後のパープルズの評価が下がらないかが心配だ。ましてやサーシャ離脱の件でパーティーが半壊状態だという情報もハンター仲間たちにかなり拡散されていることもある。


 そもそも、試合外の襲撃の件で重罪となるのなら前科を持つことになり、今後はハンターとしてまともにやっていけるのだろうか? 試合前だというのに試合に関係の無いことばかりを考えてしまう。


「それではガラルド選手VSフレイム選手の試合を開始いたします!」


 気が付けば司会が金属の棒を掲げ、開始の合図を鳴らそうとしていた。俺は慌てて棍を構えて戦闘態勢をとった。ここからは集中しなければ。


 試合が始まり最初に動き出したのはフレイムの方だった。フレイムは弟と同じように双剣に炎を纏わせて俺に斬りかかってきた。


サンド・ステップで加速をさせない為に距離を詰めてきたようだ。一度しか見せていない技にも関わらずフレイムは上手く対処してきている。


 俺は左手に持つ円盾と右手に持つ棍でフレイムの双剣を防いだ。フレイムの視線が手元に集中しているのを感じた俺は、フレイムのわき腹に蹴りを放った。


 フレイムは少し体をズラすことで上手く、蹴りのダメージを軽減する。このまま追撃するべきだと判断した俺は、双剣を防いでいる両手に力を込めて、無理やり双剣を上に押し出し、フレイムの体を浮かせた。


手足が広がり、懐ががら空きになったフレイムに棍で全力の突きを放った。しかし、フレイムは空中で身体を駒の様に回転し、突きを回避した。


 そして、回転の勢いをそのままに双剣で俺に連撃を加える。


「グアァッ!」


 連撃をまともに受けた俺はうめき声をあげて、後退する羽目になった。それでもフレイムの攻撃は止まることはなく、更なる追撃を繰り出してきた。


 フレイムの攻撃はまるで踊っているかのように華麗で、燃える双剣が光の筋を作り出し、とても派手だった。


 気が付けば観客も大歓声をあげて応援している。これならきっとフレイム達の評価が下がり過ぎる事は無いだろうと安心できる。


 しかし、そんな事を考えてしまうぐらい余裕が出来てしまうのは、正直なところフレイムの攻撃がとても軽かったからだ。


俺に直撃したフレイム渾身の双剣連撃も少し痣が出来た程度で大きなダメージにはなっていない。


少しテクニカルな動きに驚かされはしたが、小手先のテクニックなんて魔砂マジックサンドの広範囲攻撃で一蹴すれば、場外勝ちすることは容易だろう。


 ストレングの特訓メニューの成果が凄すぎたおかげか、基礎ステータスの部分でどうしようもない差が出来てしまったようだ。ブレイズとの一回戦である程度分かっていたことではあるのだが。


 それでも俺は、一撃で勝負は決めずに棍と双剣で押し合い、魔砂マジックサンドと火炎魔術をぶつけ合い、試合を長く続けた。


 それはフレイム達の評価を下げさせない為でもあるし、俺自身フレイムに対して指導的な手合わせをしているようで楽しかったからかもしれない。


 戦いは気が付けば五分以上経ち、観客の盛り上がりも最高潮に達していた。しかし、そろそろ試合を終わらせてもいい頃合いだろう。


 俺はフレイムが放ってきた渾身の火炎十字斬りに対し、魔砂マジックサンドを纏わせた円盾をぶつけた。


 火炎と砂のぶつかり合いで派手に煙が舞い上がるなか、俺は棍を握り呟いた。


「楽しかったぜフレイム、じゃあな」


 そして、俺は棍を力任せに振り払い、双剣ごとフレイムの体を場外へと吹き飛ばした。


「うわああぁぁ!」


 衝撃に驚いたフレイムが声をあげながら飛んでいった。砂煙があがっていてよく分からなかったのか、フレイムは場外に落ちた後も周りをキョロキョロと確認していた。


俺は最後に本気を出した訳だが、砂煙で上手く観客の目から隠すことが出来たおかげで、途中まで手を抜いていたのが観客にバレずに済んだようだ。



 ――――ワアアアアァァァァァ――――



 決着がついた瞬間、俺が戦った二戦の中で一番の歓声が沸き上がった。


「フレイム選手場外により、ガラルド選手の勝利です!」


 司会が俺の勝利をコールしてくれたのを確認し、俺は観客たちに手を振った。それに応える様に観客も次の三回戦に向けてエールを贈ってくれた。


「いいぞぉガラルド!」


「このまま優勝しちまえ、期待のルーキー!」


「フレイムもカッコよかったぞ!」


 観客の声援を背に俺は武舞台から降りていった。




 武舞台から離れて廊下を歩いていると、俺の元へリリス、サーシャ、シンが駆け寄ってきた。三人は俺におめでとうの言葉を贈ってくれた。


 そして、シンはパープルズをこれからどのように罰するかを話し始める。


「ガラルド君、試合が終わって直ぐで申し訳ないが、パープルズへの対応が決まりそうだから話しておきたい、少し時間をもらっても構わないかな?」


「ああ、大丈夫だ」


「彼らは私怨や私欲によって、一人の人間を複数人で襲撃したのが今回の事件だ。彼らがどういった経緯で君たちを逆恨みしているのかも、ある程度分かっている。この国には周判戦しゅうはんせんという人同士が白黒ハッキリさせる為の私闘的な仕組みまで用意してあるにも関わらず、それすら利用せずに卑怯な手を使っている」


 シンの言っている事は全くもって正しいと思う。しかし、一連の出来事で長年の許嫁関係や片思いの感情も潰された気持ちになった彼らを思うと、少しだけ気の毒にもなってくる。


 そして、シンは刑の重さを推定で教えてくれた。


「彼らはガラルド君を襲撃する際に『狩りに使うような刃物』を使って君を攻撃していることから、殺人になっていてもおかしくはなかった。よって悪質なところを考慮するにパープルズの四人全員を七年間ほど牢に閉じ込める刑になると思う」


 七年という刑が重いのかどうか俺には分からないが、少なくともハンター人生という点においては致命的になるだろう。


 魔術の腕に関しては基本的に年齢による衰えはなく、むしろ長年研鑽を積むことで若者よりも強くなるケースの方が多いが、肉体に関してはどうしても年齢による衰えはでてくる。


 だからこそ若くて体が動くうちに、実戦経験やランクを積み上げていくことが重要になるのだが、牢に七年も閉じ込められればそれも難しくなるだろう。


 恐らく自分とそう歳の変わらない彼らが落ちぶれていくのを想像すると、被害を受けた側にも関わらず心が痛い。


気がつけば俺はシンにお願いをしていた。


「シン、被害者である俺からの要望を聞いてくれないか? 俺は襲撃されたことを水に流すから、パープルズへの処分を軽くしてやってくれないか?」


「……理由を聞かせてもらおうか」


「あいつらは失恋をして、許嫁関係も実質解消されちまった挙句、グループ内で収まるべき恥が周りのハンター仲間に知れ渡ってしまい、大事な仲間にも抜けられて、頭がまともに働かなくなってしまったんだと思う。刃物を使って襲ってきた件についても殺意があったかどうか断定はできないしな。七年も牢に閉じ込められたらハンターとしても致命的なブランクになるし、犯罪者という札を抱えてしまったら、周りからも噂されてしまって、いよいよ心が壊れてしまいそうな気がするんだ」


「ガラルド君の優しさは理解できるし尊重してあげたい気持ちもあるが、為政者として罰を与えることだけは実行しなければならない。刑の重さはこれから裁判で決める事にはなるがね」


「そうか……そうだよな……だが……」


 俺は刑を軽くしたり、罪が民衆に周知されないように何か言いたかったけれど、何もいい言葉が浮かばなかった。結局下を向いたまま、沈黙だけが流れていく。そんな状況の中、シンが言葉を付け加えた。


「とは言っても刑の重さを決める判断材料として被害者の意見をある程度取り入れることにはなる。ガラルド君に『気にしていない』『減刑してほしい』と言う意見があるのなら、それなりに配慮されることだろう。例えば、シンバードから少し離れた僧院で真面目に慈善・贖罪しょくざいの働きを続ければ、牢にも入らず、刑も短くなり、罪が民衆に知れ渡ることもなく、鍛錬も積み続けることが可能かもしれないね」


「ぜ、是非そうしてくれ! そしていつの日か正式なハンターに戻ってほしい。世界中で起きている魔獣の活性化に対処するには一人でも多くのハンターが必要なんだ」


「どうせ君のことだから、二回戦で手を抜いて接戦に見せかけていたのも、パープルズの評価がこれ以上下がらないようにする為だったんだろう? ハンターは依頼を受けたり、他パーティーと組む際には信用が命になってくるからね。とりあえず甘々のガラルド君に免じて要望は聞き入れるよ。それよりも三回戦、四回戦と戦士はどんどんと減っていき、試合と試合の間隔は短くなっていくから、ガラルド君は自分のことに集中するがいい」


「シン……本当に、本当にありがとう」


 俺はシンのありがたい計らいに胸と言葉を詰まらせながら深々と頭を下げて礼を言った。一緒にいるリリスとサーシャも同様に頭を下げた。


 シンが俺達の前から去っていくのを見届けた後、サーシャが俺に問いかける。


「もしかしてガラルド君がパープルズの今後の為にシンさんへお願いしたり、試合を接戦になるように手を抜いたのも、サーシャが気を病ませない為にやってくれたの?」


 それだけが理由ではないものの一番の理由はそれだ。言い当てられた俺は焦って内心ドキドキしている。


イエスと言うのは簡単ではあるが、俺はハンターをやっている癖に人から感謝されるのはあまり得意ではない――――だから俺は後ろを向いて表情からバレない様に嘘をつくことにした。


「俺がサーシャを誘ったことで始まった事件だから、俺自身が後味悪く終わりたくなくて行動しただけさ。それより俺は早く休みたいから休憩室で黒猫の体力回復をよろしく頼むぞ」


 強引に話を変えたが何とか誤魔化せただろうか? まだ二回戦だというのに精神的に疲れたし、色々やり切ったような謎の充実感もある。


シンの言う通り戦いはまだまだ続いていくから、俺は両手で自身の頬を叩き、気合を入れ直した。


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