第26話 意外な共通点
シンバード東の森での救出任務を終えた翌日、救出されたパープルズから、お礼金を貰う為に俺とリリスはハンターギルド『ストレング』を訪れた。
約束の時間五分前になったところで、ギルドの入り口が開く鈴の音が聞こえてきた。そちらを見てみるとサーシャが布袋を持って、こちらを見て微笑んでいる。
サーシャは俺とリリスが座っている席の対面に座り、改めて昨日のお礼を言って頭を下げた。
「ガラルド君、リリスさん、昨日は危険な魔獣から救ってくれて本当にありがとう。二人がいなかったらサーシャ達は絶対に全滅していたよ」
「こちらこそ、戦闘でサーシャが素晴らしい補助をしてくれて本当に助かったよ、ありがとな。ところで他の四人はここにきていないのか?」
「……ざ、雑務は全て私が担当するように指示されているから、サーシャがお礼金を持ってきたの……」
「それはおかしいだろ、班内で戦闘面での役割や貢献度が多少違うことはあるかもしれないが、同じ班である以上、関係性に偉いも偉くないもないだろう」
「そうなんだけどね……。でもガラルド君たちが知っている通り、サーシャがフレイム君とブレイズ君に好意を持たれたことをきっかけに、班全体の雰囲気が悪くなっていくばかりだから……。そもそもサーシャがいるのがいけないんだし、サーシャが我慢するしかないんだよね……」
「そんなところサッサと辞めちまえばいいじゃないか、何か理由でもあるのか?」
「パープルズは班全体の合計バードランクが高くて、高額な報酬も受けやすいから抜けたくなくてね、お金が必要なだけなの」
端にお金が欲しいだけだと主張するサーシャだったが、私欲を満たす為だけの理由でこんな班に我慢して居続けるなんてことは無いだろう。
きっと何かやむを得ない事情があるはずだと予想した俺は、サーシャのスキル鑑定で出た石版を差し出し、正直に俺達の事情を話した。
スキル鑑定をしたこと、リリスが女神であること、俺は途中までしか読んでいないということ、サーシャが心配だということ、そしてサーシャさえよければ俺達の仲間になってほしいということ全てを話した。
サーシャは笑顔半分、曇り顔半分の微妙な表情を見せたあと、自身の過去や思いを語ってくれた。
「サーシャは元々捨て子でね、六歳から十一歳まではずっと一人で生きてきたの。友達と呼べるのは捨てられる前から一緒に暮らしていた黒猫だけで、ずっと一人と一匹で暮らしてきたの。町の人間からは厄介者扱いされたりして、沢山虐められたりもしたけれど、それでも逞しく生き続けた。そしてある日、優しい二人の老夫婦に拾われて養子になってね、大切に大切に育てられたんだ」
そう言うとサーシャはロケットペンダントを開き、中に入っている写真を見せてくれた。写真には満面の笑みを浮かべるサーシャと老夫婦の姿が写っている。
「お爺ちゃんとお婆ちゃんはサーシャが飢えて倒れていたところを拾ってくれて、まるで本当の娘の様に優しく育ててくれたの。そして、サーシャを拾ってくれてから二年が経った頃、サーシャは体が衰弱してしまう奇病にかかっちゃったことがあってね、おじいちゃんとおばあちゃんは多額の治療代を工面する為に長年続けていた鍛冶工場を売ってくれたの」
「そうだったのか……大変だったんだな。結局サーシャの病気自体は治ったのか?」
「うん、今はもう完治してるよ。でも治療代が足りなくてね、病気が治って十七歳となった今も借金しちゃっているけど、二人は何も言わずに巣立ったサーシャへ手紙を送ってずっと応援してくれているんだ。だからサーシャは絶対に恩返しをするの、そして売り払った鍛冶工場もいつか取り戻して、お爺ちゃんとお婆ちゃんにプレゼントするんだ。だからそれまでは絶対にパープルズを辞める事はできないの」
サーシャはおどおどしていた昨日とは打って変わって、同じ人物とは思えないぐらいに凛とした真っすぐな目で俺達に教えてくれた。それにしても、まさかサーシャも俺と同じように実の親から捨てられた子だとは思わなかった。
サーシャの話を聞いたリリスはボロボロと泣きながらサーシャを褒めた。
「ゔううぅぅ……ぐすん、サーシャさんは偉いですぅぅ! 不幸にも負けず十一歳まで一人で生き抜いて、育ての親への恩義も忘れず、立派ですよおおぉぉ」
鼻水の出過ぎで何を言っているのか若干聞き取り辛かったが、リリスの言う通りサーシャは立派な人間だ。しかし、いくら恩返しがしたいと言っても肝心のサーシャが辛い思いをしていては意味がない。だから俺はサーシャに思いを伝えた。
「サーシャが負い目を感じていたり、恩返しをしたいという気持ちはよく分かった。だけど、お爺さんとお婆さんは自分達のことを後回しにしてしまうぐらいサーシャのことが大切なんだろ? だったら大切な存在であるサーシャ自身が辛い思いをしていちゃいけないんじゃないか? 愛のある優しい親が願う事って、子供が体も心も健康でいることだろ?」
俺は自分が捨て子だというのに偉そうに家族愛を説いた。サーシャは複雑な表情を浮かべて下を向いている。彼女もまた育ての親が何よりも大事だからこそ、パーティーを抜けると気軽には言えないのだろう。
だとしたら俺の取れる行動は一つしかない。俺は紙を手に取り、長々と文章を書いてサーシャに渡した。
「サーシャ、これを受け取ってくれ俺達の気持ちだ」
「これは、契約書だよね? えーと、ガラルド班に入れば――――って、もしかしてサーシャを勧誘しているの?」
サーシャは声を裏返しながら驚いていた。
俺が書いた契約書は要約すればこうだ『サーシャが仲間になってくれれば、サーシャが必要としている金額を貯めるまで、班報酬の半分をサーシャに渡し続ける』『コロシアムで賞金を得られたら全額サーシャに渡す』『別の地域での冒険にもついてくること』『できれば十年一緒に働くこと』が主な内容だ。
それを見たサーシャが首を横に振りながら否定してきた。
「こんなのサーシャにメリットが多過ぎるよ! それにコロシアムは賞金こそ高いけど、狭き門だし、怪我も多い危険な大会なんだよ? こんな契約できっこないよ」
「こっちには超お人よしの女神さまとサーシャのスキルを高く買っている俺がいるからな、諦めて契約書にサインしてくれ。それに俺だってサーシャの両親程じゃないけれど応援したい気持ちがあるしな。これは俺の野望でもあるから何も気にしないでくれ」
リリスは何も相談されずにいきなり契約書作り出して渡した俺に不満だったようで、頬を膨らませながら契約書の中身を確認し始めた。
「まったく、ガラルドさんは……仲間に誘う事は決めていましたけど、いきなり契約書を作り出さないでくださいよ、一応確認させてもらいますね。えー、何々『尚、十年契約はあくまで理想であり、辛ければいつでも辞めて構わない』『目標金額が貯まり次第抜けたかったら抜けても構わない』って、よ~く見たら甘々な契約じゃないですか! 何ですかこの契約書は!」
「メリットが提示できないと誘いには乗ってもらえないだろ? だから明記したまでだ。それに俺は抜ける気が起きないぐらい素晴らしいパーティーにして見せるから心配すんな、俺はいつかギルドを立てる男だぞ」
俺は本心を包み隠さず伝えた。リリスは呆れたのか、それとも納得してくれたのか分からないが、それ以上何も言ってこなかった。
再度契約書を確認したサーシャは改めて俺に問いかけてきた。
「本当にこんな契約内容でいいの?」
「ああ、なんて言ったって俺の立案だからな」
「本当に、本当にありがとう…………いつか必ず恩を返すから」
「だから、恩を返すとか返さなければとか、そんな考えやめちまおうぜ。贈り物だって、それに対するお返しだって、どっちもやりたいからやってるだけなんだからよ。コロシアムだろうがハンター業だろうが金稼ぎだろうが、何をするにしても過程を楽しみながらやっていこうぜ」
「うん……二人ともこれからよろしくね」
サーシャの過去は想像していた以上に重かった。それでも懸命に生きている彼女を無事勧誘する事ができて本当によかった。
サーシャがパープルズを抜けるとなると、色々ややこしくなって揉めるかもしれないが、そうなってもサーシャを守れるように心構えしておかなければならない。
フレイム達と退団話をする際はサーシャの横に居ようと思う、それが勧誘者である俺の責任でもあるからだ。
とりあえずサーシャは明日の昼にギルドでフレイム達に脱退の意思を伝えるとのことなので、俺とリリスもその時間に集合することを約束し、今日は解散になった。
俺は明日サーシャが仲間たちに辛く当たられないようにするにはどうすればいいかを考えながら、宿のベッドで眠りについた。
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