第27話 退団


 サーシャの勧誘に成功した翌日の昼、パープルズの五人と俺とリリスの計七人がギルド『ストレング』に集まった。


 サーシャは改めて脱退・転入の意思を四人に伝え、俺もサーシャを誘ってしまったことを詫び、頭を下げた。フレイムとブレイズは俺のことを軽く睨んだ後、サーシャに再度考え直してくれと訴えかけた。


「なぁ、サーシャ、君が抜けられたら戦力的にも弱くなる。それに僕の気持ちも分かってくれているのだろ?」


「僕も兄貴と同じ気持ちさ、辞めないでくれよサーシャ、待遇だって今より良くすることだってできるからさ」


 フレイムとブレイズはかなり必死になっている。俺達やアクア達姉妹がいるというに、好意も依怙贔屓えこひいきも隠そうとしていない。


横目でアクアとレインを見てみると唇を噛みしめながら鬼の様な形相をしていて、正直ドラゴンニュートよりも恐かった。


 その様子にサーシャも気づいていただろうけど、彼女は怯まずに正直な言葉を返した。


「四人がそれぞれ抱いている気持ちは分かるよ、分かるからこそサーシャが居たら変な空気になっていることも感じ取れているの。それでもサーシャは夢の為に頑張って耐えてた。だけど、そんな場所から救ってくれて、夢も応援してくれる人が現れたの、それがガラルドさんとリリスさんなんだ。もうパープルズにいる理由はないよ」


 普段は比較的自信なさ気な態度をとっているサーシャが、ここまでハッキリと言い切ったことにアクアとレインは驚いていた。


一方フレイムとブレイズはサーシャに好意を抱いている分、まだ諦めがつかないらしく、兄のフレイムが再び説得を試みた。


「僕とブレイズの気持ちに困惑しているのなら一旦保留にして、後でどちらかを選んでくれてもいい。確か夢を持っているとも言っていたが、要はお金が必要なんだよね? 今まで途中入隊のサーシャは僕達よりも報酬割合が少なかったし、雑用も一任させていたけど、これからはきっちり20%ずつにすると約束するし雑用だって減らす。だから戻ってきてくれないか?」


 この言葉を聞いて俺は驚かされた。報酬がサーシャ一人だけ低かったこともそうだが、自分達がまだサーシャと恋仲になれると思っている点だ。


 サーシャがやんわり優しく拒否しているというのに、それに全く気付いていない。そもそも新人に雑用を一任させている時点で好かれる可能性なんて0だと思うが。


 恐らく横に座っているリリスも同じことを思っているだろうなと顔を覗き込んでみると、歯を食いしばって、眉も逆八の字になっている。そして、手に持っているコップの水面も震えていることから手も震えているのだろう。


 どうやら、リリスは四人に相当腹が立っていたらしく、勢いよく立ち上がって指さしながら大きな声で説教を始めた。


「いい加減にしてくださいよ四人とも! そもそもフレイムさんもブレイズさんもサーシャさんから全く好意なんて持たれていませんし、むしろマイナスですよ。だってアクアさんとレインさんがサーシャさんを虐めているのに助けもしませんし、一人だけ待遇を悪くしていたうえに、悪かったことを謝りもしないじゃないですか!」


 リリスの言葉に対して今度はアクアが立ち上がり反論した。


「勝手に私達がいじめたなんて決めつけないでよ! 第一、この娘がきてから……」


「サーシャさんから色々とお話は聞いてますし、森でアクアさんとレインさんが言い寄った挙句、サーシャさんに水をぶっかけていたのを私は見ているんですから、言い逃れは出来ませんよ。とはいえ、二人がそれぞれフレイムさんとブレイズさんに好意を持っていたにも関わらず、後から加入したサーシャさんに負けちゃった悔しさと乙女心は理解できます。だからって、サーシャさんに八つ当たりするのはおかしいでしょ! 取り返したいなら自分を磨くなり、好意を持つ相手にアタックするなり正々堂々正面から勝負してくださいよ、卑怯ですよ!」


「あんた……言わせておけば!」


 アクアとレインは対面にいるリリスへビンタをしようと机へ体を乗り出した。それを止めようとフレイムとブレイズは慌てて肩を掴んだ。


 俺もリリスを止めようと「言い過ぎだ、もう止めろ」と語り掛けたが、ヒートアップしたリリスは言葉を続けた。


「そもそも、男子二人も責任感が無さすぎますよ、元々四人は自他ともに認める恋仲で、何なら結婚も視野に入れていたんでしょ? サーシャさんに好意を持ってしまったこと自体は本能的なことですから仕方ないですが、だったらそれはそれでキッチリと姉妹に対して自身の気持ちと今後の関係性を明言しておくべきじゃないんですか? そこを曖昧にしておくから気持ちと攻撃の矢印があっちこっちに飛びまくるんでしょ? 大人なら筋を通しましょうよ!」


「…………。」


「…………。」


 もう今すぐギルドから飛び出したいぐらい最悪な沈黙が流れている。他の席に座っているハンター達も生唾を飲みながらこちらを見ているのが伝わってきて、横にいる俺は恥ずかしくてたまらない。


 そこからリリスは俺達の班の話を始め『パープルズと違って待遇が良い』とアピールしたり『コロシアムで絶対大金を稼いでやる』と大胆に宣言までする始末で、言葉でパープルズをボコボコにしていた。


 リリスは言いたいことを全部言えたのか、ドカンと椅子に座って喋らなくなった。


沈んだ四人と呆然としているサーシャと鼻息を荒くしているリリスと顔が熱くなってきた俺、奇妙な相席七人組の姿がそこにはあった。


 そして、暫く沈黙が流れたあと、フレイムが俺を睨みながら尋ねた。


「ガラルド君、君はコロシアムで優勝するつもりなんだね」


「出るからにはそのつもりだ、サーシャの為にも俺達の為にもな」


「そうか、だったら僕達が絶対に阻止させてもらう、これだけ大勢の前で恥をかかされたからね」


「自業自得だろ? まぁどっちみちお互いが勝ち続ければどこかで当たるんだ、途中で脱落しないようにお互い頑張ろうぜ」


「フンッ!」


 出会った時は誠実そうな剣士に思えたが、蓋を開ければこういう人間だったわけだ。これで遠慮なく叩きのめすことが出来そうだ。


 そしてサーシャは書類にサインしてパープルズ退団の手続きを完了させた。


 パープルズの四人はギルドの扉を思いっきり閉めて去っていった。ようやく嵐が収まった気分だ。サーシャは俺とリリスに頭を下げてお礼の言葉をくれた。


「二人とも退団の場についてきてくれてありがとう。まさかここまでヒートアップするとは思わなかったけど、結構スッキリしたよ。リリスさんカッコよかったね」


「あらホントですか? ありがとうございます、是非リリスお姉さんのようになってくださいね」


「何言ってんだ、喧嘩っ早いのは褒められた事じゃないぞ。それに言っている事は正しくても言い方が間違ってる!」


「うぅ、熱くなっちゃいました、すいません」


「ハァ……。ともかく、これでサーシャが加入してくれたんだ、これからのことを話し合うとしよう、コロシアム開催日も近いしな」


 俺達が三人で話していると、俺達の席に誰かが近づいてくる足音が聞こえた。振り返るとそこにはギルド長のストレングが立っていた。


 するとストレングはニヤニヤした顔で俺達を褒めだした。


「いやぁ~、愉快痛快な討論だったな、目と耳が離せなかったぞ」


「私達の会話を聞いていたんですね、恥ずかしいです……」


「話を聞く限り、お前たちコロシアムに出るんだろ? だったら本番までの期間、ワシが直接指導してやろう、どうだガラルド?」


「え? ありがたい話だが、いいのか?」


「おう、いいってもんよ。ワシにも色々考えやメリットがあるしな、それじゃあ明日の朝、ギルド長室へ来てくれ、じゃあな」


 簡潔に話を済ませるとストレングは俺達の前から姿を消した。この国トップクラスの人間から直接指導してもらえるなんてありがたい限りだが、一体どういった狙いがあるのだろうか?


 期待と若干の不安を抱えながら、翌朝、俺達はストレングの待つギルド長室へと向かった。


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