第15話 天の糸


アイ・テレポートで効率よく移動するには如何にして視界を確保できるかが鍵になる。山岳地帯に入る前に俺達は通るルートを念入りに打ち合わせしてから移動した。


 険しい斜面をスキップして、いきなり頂点付近まで瞬間移動できるのはとんでもなく楽ではあるものの、高低差による急激な気圧変化の影響で耳がキーンと鳴って驚いた。


 目の前の山の頂点に到達しても、次から次に山が現れる山岳地帯は中々の強敵だった。雲の影響で飛びたい方向へ飛べない事も多く、俺達は苦しめられた。


「ハァハァ、想像以上に大変ですね、正直侮っていました。昨日よりも休憩を多くとって進んでいるのに疲れが大きいです。空気が薄い影響でしょうか? それに行っても行っても山ばかりでちょっと気が滅入ってしまいますね。速く移動して船に間に合わせなければいけないのに」


「二人分飛んでいるからなおさら大変だしな。よし、じゃあ俺が少しでも負担を減らせるように頑張るとするか」


 俺はアイ・テレポート直後で疲れているリリスをおんぶし、山を歩き始めた。


「ガ、ガラルドさん? 重いですよ私、おろしてください」


「全然重くないから大丈夫だ、それにリリスが休んでいる間に俺がリリスをおぶって視界の良い場所へ迂回できれば、次のアイ・テレポートの距離も伸ばすことができるだろ? それを積み重ねていけばアイ・テレポートの回数も減らせて、きっと船にも間に合うはずだ」


「ガラルドさんは今日もかっこいいなぁ、でも私の胸が当たっているからって背中に意識を集中させないでくださいね」


「馬鹿な事言ってないで少しでも呼吸を整えておけよ」


「あしらわれた……こんなに可愛い女の子をおぶっているのに勿体ないですよ」


「はいはい」


 リリスの自画自賛を受け流しながら俺達はアイ・テレポートとおんぶの連携で着々と進んでいった。


そろそろ夕方になろうかという頃、俺達の前にひときわ細長い山が目に入った、頂上は少し雲に隠れているようだが、リリスが指を差して細長い山を登ろうと提案してきた。


「ガラルドさん、目の前の山の頂点に行きましょう。この細長い山は通称『天の糸』と呼ばれていて、晴れの日は遠くからでも見えるほど高いですから、知る人ぞ知る名所と言われています。実際に頂点まで登った人は数えるほどしかいないと聞きますが」


「今、立っている場所からだとほぼ真上だぞ? 登るメリットなんてあるのか? それに時間的にも夕方が近くなっているから寄り道なんてしている暇はないぞ」


「まぁまぁ、いいじゃないですか、折角ヘカトンケイル領の山岳地帯まで来たんですし、寄っていきましょうよ、それに『天の糸』が見えるということはシンバード行きの港まであと少しですし」


 一番頑張っていて残り体力も把握しているリリスが言うのだから願望は聞くべきかもしれない。俺はそう判断し、首を縦に振って、リリスの肩を掴んだ。


「さあ、行きますよ、アイ・テレポート!」


 『天の糸』の雲で隠れていないギリギリのポイントまで飛んだ後、俺はリリスをおんぶして登頂を続けた。ますます高くなってきた影響で中々呼吸が整わないリリスを見ていると結構無茶をさせてきたのかもしれない。


 リリス曰く、アイ・テレポートは15秒間全力疾走した時のような疲労感に襲われるらしく、転送量が増えたり、二人になったりすれば比例して疲労度が上がるらしい。


それを休みながらとはいえ何度も繰り返しているリリスは本当にタフな女神だ。それだけ疲れが溜まるにも関わらず『天の糸』を登りたいと言うのは、きっと憧れの気持ちが強いのだろう。


螺旋階段のようになっている山道は雲で視界が悪くなっており、アイ・テレポートも使えそうではない。ここは俺が頑張るところだと気合を入れて進み続けると、雲に覆われた視界は少しずつ明瞭になっていき、頂点についた時には見た事がない程の爽やかな青空が広がっていた。


 真昼時ならもっと青々しい空だったのかもしれないが、それでも本当に綺麗な青空だ。危険な登山を辞められない人間の気持ちが少しだけ分かった気がする。俺の背中でぐったりとしていたリリスも飛び起きて、目をキラキラとさせている。


「ガラルドさん、空が本当に綺麗ですね、天の中にいる感じといいますか、昼と夕方の間みたいな色合いも味がありますし」


「そうだな、別の時間帯にも来てみたいぐらいに素晴らしい景色だな」


「あれ、それって別の機会でのデートのお誘いですか? 喜んでお受けいたします」


「二人で来たいとは一言も言ってないけどな、それよりもリリス、下も見てみろ、雲海が綺麗だぞ」


「わぁ、本当に綺麗、綿の海にいるみたいです」


 綿の海という感想は正にその通りで、地面なんてほとんど見えない状態である。かつて、これほどまでに視界が白色に占有された経験は俺にはない。


その景色は正に絶景で、もしかしたら空を見た時以上に感動したかもしれない。


時々雲の切れ間から見える高原や木々も間近で見る時よりもどこか神々しく見えて、天界とはこういった場所なのかもしれないと感動を覚えた。


 俺達は存分に景色を楽しんだあと、リリスはそれを絵に描き始め、俺は冒険日誌に今の率直な気持ちを書き込んだ。二人とも作業を終えたあと、次はどこにアイ・テレポートするかを話し合った。


「さあ、そろそろ下に降りる事を考えようぜ、時々雲の切れ間から地面が見えるからそこにアイ・テレポートで移動するか?」


「いえ、私には別の考えがありまして。実はこの山岳地帯には特定の時間に吹く風があって、その時間は雲が結構流されて消えるんです。だからその時に一気に北の平原へ飛びたいと思います。その隙を逃さないようにガラルドさんは私の肩をずっと掴んでおいてくださいね」


 そして俺達は風が吹くのを待ち続けた。十分ほど経ったところで、リリスの言う通り風が西から強く吹き始めた。下方に見える雲は散り散りに動き始め、やがてくっきりと地面が姿を現した。


「チャンスです! 港近くの平原が視界に入りました、一気に飛びますよ、アイ・テレポート!」


 そして俺達は山岳地帯の一番高い位置から海抜に近い平原まで一気に瞬間移動した。かなり冷え込んだ山頂から移動した影響か随分と暑さを感じる。


前方10キード程には目的の船が出ている港町があり、後ろを振り返ると数秒前までいた『天の糸』が小さくうっすらと見えていた。


 改めてリリスのスキルの凄さを実感した。もしかしたらリリスの視力が上がればもっと遠くまで飛ぶことも出来るのだろうか?


「ハァハァ、無事に雲が動いて平原に飛べてよかったです。さぁ港町まであと少しです、美少女をおんぶする時間ですよ、ガラルドさん!」


 もうここまできたら今いる場所でゆっくりと休んで息を整えたあと、港町まで一気にアイ・テレポートをすればいいのでは? と口まで出かかっていたが、アイ・テレポートで出現したところを港町の人に見られても驚かれるだろうし、リリスはもう休ましてあげた方がいいだろうと考え、俺はリリスをおんぶした。


「美少女かどうかは分からないが、これだけおんぶしていると娘がいるような気分になってくるな」


「駄目です! ちゃんと恋愛対象としてドキドキしてくれなきゃいけませんよ!」


「お前は何が目的なんだよ!」


 旅の二日目もくだらないやりとりを続けながら進み続けた俺達は遂にシンバードまであと一歩のところまで辿り着いた。


シンバードに関しては情報が少なく、もしかしたらヘカトンケイルに居た時以上に危険な目に合うかもしれないが、それでも俺の冒険心が止まる事は無い。


 俺はリリスを背負い、ワクワクする気持ちを抑えながら平原を一歩一歩進んでいった。


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