第55話 撤退! でも……
<エステル視点>
日も沈み始め、本来なら夕食を取っている時間。
私たち錬金班はまだポーション作成を続けていた。
私とハンネさんが徹夜していることが皆にばれてしまった。
それからというものMPが続く限り皆残ってくれている。
有難い話だけど、なんだか申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「こんなの無理のうちに入らないさ。」
「そうそう、見習いの時なんてもっと酷かったものな。」
「明日に響かないようにしています。それより班長やエステルさんが心配ですよ。」
そう言われてしまうと返す言葉がない。
ポーションの在庫数が戦ってくれている人達の命に直結している。
それを間近で見てしまっては、母乳を使えない以上、せめてポーションは精一杯作りたいと思ってしまう。
自分自身に母乳を使えば疲れは吹き飛ぶし、MPも全快する。徹夜なんて何の問題にもならない。
皆はそうはいかないので無理しないでほしいところだ。
シロは狩りからすでに帰ってきており、私の足元に伏せている。
そのシロが唐突に立ち上がり、ある一方を見つめながら唸りだした。
「どうしたの? シロ」
それに気付いてシロが見つめている方を見るが天幕の壁があるだけだ。
不思議に思っていると突然、ドカーンと爆発する音が聞こえた。
「きゃ!」「うわぁ!」「な、なんだ!」
突然大きな音と共に地面が揺れた。突然起こったそれに皆一様に慌てている。
「その場で待機! すぐに戻る!」
ハンネさんがそれだけ言い、天幕の外に飛び出て行った。
そしてすぐに戻ってくると指示を出した。
「総員退避! 何も荷物は持たなくていい。このままデリグラッセを目指して移動する!」
「な、何が起きているんですか?」
錬金班の男性がハンネさんに問いかける。
「わからん、陣地の中央で爆発があったようだ。仮に攻め込まれているとしたら時間が無い! すぐに移動するぞ! 天幕の外へ集合! 点呼後移動を開始する。」
(陣地の中央? エド様!?)
エド様は中央にいると言っていた。爆発に巻き込まれていないといいけど……。
全員、すぐに天幕の外へ移動する。
こういう時のために緊急退避については事前に練習していた。
ハンネさんの指示通りに天幕の外に集合し、すぐに点呼を取り人数を確認、そして移動を開始する。
先頭をハンネさんが、私とシロで
魔物と戦闘経験を十分積んでいるのは私たちしかいないためだ。
天幕の外は慌ただしく動いていた。
何が起きたか調べるためにいろんな人が動いているようだ。
移動しながら喧騒が起きている方を見る。
陣の中央で火災が発生しているようで夕闇の空が炎に照らされていた。
こんな事態は初めてだ。
(エド様! どうかご無事で。)
騎士様なのだからこれに無関係というわけにはいかないだろう。
(もしかしたら先ほどの爆発に……!)
そうと決まったわけでもないのに心がどんどん焦っていく。
(もし瀕死の重症を負っていて母乳でしか治せない状態だったら……。)
そのように考えると居ても立ってもいられなくなってしまう。
だけど、この隊列から私が抜けるわけにもいかない。
仮に魔物に襲われたら錬金班の皆が死んでしまう。
ハンネさんは時折、人を捕まえては自分たちが退避する旨を伝えている。
そしていよいよ陣地から離れ、しばらくしたところで休憩となった。
陣地とデリグラッセをつなぐ街道。
物資補給のため整備されており、歩きやすい。
とは言え、皆一日ポーションを作り続けていた。
MPも気力も限界という人が多いだろう。休憩は必要だ。
ハンネさんは母乳が薄く混じった水を皆に飲ませている。
ほんの僅かしか混ざっていないがMPと体力回復効果がある。
試したことはないけど、夜通し歩くくらいは出来るだろう。
(私が行っても足を引っ張るだけかもしれない。だけど……。)
陣地に戻ってエド様の無事を確認したい。
その気持ちがどんどん強くなっていく。
「エステル。」
それが顔に出ていたのかハンネさんが声をかけてきた。
「……ハンネさん、私……。」
「陣地に戻りたいのか?」
「はい、エド様の無事を確認したいんです。」
「そうか……、相手は貴族だ。立場がある。エステルの思いは報われないかもしれないぞ?」
そうだ、貴族様なんだ。いつも気安く接してくださっているから忘れそうになる。
きっと婚約者とかいるんだろうな……。素敵な人だもの。だけど――。
「……それでも行きたいです。」
ふぅっと溜息をついてハンネさんは続けた。
「私はエステルに行ってほしくない。死地に送り出すなど出来はしない。」
「ハンネさん」
「だが、同時に大切な人のそばにいたいという気持ちは――よくわかる。私は大事な時に姉さんのそばにいることが出来なかった。救える命を救うことが出来なかった。その後悔をお前にはさせたくない。」
ハンネさんは顔を大きく歪ませる。
そこには悲しみと深い後悔がありありと出ていた。
「……」
「必ず生きて戻ると、約束してくれるなら行ってもいい。」
「はい、必ず戻ります!」
「陣地に戻るなら加護も、魔法も出し惜しみしてはいけない。……わかるね?」
「……はい。」
ハンネさんの言葉を噛みしめる。いろいろバレてしまうことで私の人生は大きく変わってしまうことだろう。だけど、エド様が無事ならそれでいい気がした。
ハンネさんは私をぎゅっと抱きしめた。
ハンネさんの体は震えている。
「私にお前を行かせたことを後悔させないでおくれ。エステルにまで死なれたら私は1人になってしまう。そうなれば生きていけないよ……。」
その言葉は何時ものハンネさんとは違いとても弱々しかった。
私のことをとても大事に思ってくれている。
それがたまらなく嬉しく思えた。
「私も死んでハンネさんに会えなくなるのは絶対に嫌です。無事に戻ってきます。」
私は強くハンネさんを抱きしめ返した。
ハンネさんは私と離れるとシロの頭を撫でた。
「シロ、エステルをよろしく頼むね。お前も必ず生きて戻るんだよ?」
シロは ワン! と元気よく返事をした。
まるで任せておけと言わんばかりだ。
私はシロと自分に”祝福”の魔法を掛け、ステータスを上昇させる。
「ハンネさん、行ってきます。」
「気を付けて。」
ハンネさんの言葉を背に、私とシロは駆け出した。
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