第54話 襲撃!

<エステル視点>


魔物の進攻はかなり落ち着いた。

この前、けが人が大量に出た夜。あれが残存勢力による総攻撃だったようだ。

魔族側に戦力は僅かにしか残っておらず、勝利は目前とのこと。


今はシロを連れて陣内を散歩中。

人々の表情は一様に明るい。

そんな中、浮かない表情を浮かべたサム様が前から歩いてきた。


「サム様、こんにちわ」


「あぁ、おっぱいちゃん。こんにちわ。」


ちなみに今日は血だらけではない。


「サム様、何かあったのですか?」


「うん? いや、これと言ってないよ? あ~、強いて言うなら誰も戻ってこなかったなっと。」


誰か戦争で亡くされたのだろうか?


「それはご愁傷様です……。」


「いやいや、全然そう言うのじゃないから。知り合いとか知人じゃないし。なんなら死んで当然の連中だったし。」


「え?」


死んで当然の連中? そんな人いるんだろうか? 

あ~、でもロブが死んでも私も気にしないかな?


「こっちのこと。気にしない気にしない。軍にはいろいろあるんだよ。」


「はぁ。」


どうやらその人達が原因ではないようだ。

だとしたら何だろう?


「そんな浮かない表情してたかい?」


「えっと……はい。」


「……凄く不謹慎なのだけど、”祭りが終わったな”って気分なんだよ。」


「”祭り”ですか?」


「そう、”祭り”の前ってどんな楽しいことが起きるんだろうってわくわくするだろう? でも”祭り”が終わる頃って楽しい時間がもう終わってしまう、まだ十分楽しめてないのにって何とも言えない焦燥感にかられることってない?」


「あります。」


小さなころ、収穫祭はとても楽しかった。両親がいて、友達がいて、おいしいご飯が食べられる、夢のような日だ。

最近の収穫祭は居場所がなかった。だけど、祭りの前はとても楽しかった子供の頃を思い出して『今回は何か楽しいことが起きるかもしれない』と期待していた。

終わる頃になると何も楽しいことがないことに妙な焦燥感を抱いたものだ。


「俺は今そんな気分なのかもしれないね。」


それだけ言うと「じゃあね。」と片手を上げて歩きだしていった。

サム様は戦争が終わってほしくないのだろうか?


<エドワード視点>


「では報告を聞こう。」


日の終わりに行っている定時報告会。

各担当部署から計画に対する進捗を確認している。


「兵站部隊です。各種備蓄問題ありません。一時期不足しがちでしたポーションですがデリグラッセからの補充、並びに錬金班の頑張りで十分な量を揃えることが出来ています。特にハンネ女史とそのお弟子さんは連日徹夜されているようで頭が下がる思いです。」


お弟子さん? エステルさんのことかな?


「錬金班の皆さんはボランティアです。あまり無理をさせないように、それと十分労を労うよう配慮してください。」


「はい、彼女たちは『戦ってくれている皆さんの少しでも役に立てるように』と無理を押してくれているようでして……。十分休養を取るようにとは伝えているのですが。」


そうか、指示されたわけじゃなく自発的に身を粉にして働いてくれているのか。

その言葉に皆感心している様子だ。


「我々が戦えるのも後方支援あってのことだな。」

「今回の戦はだいぶ兵の損耗が少ない。錬金班の努力の賜物だろう。」

「白い犬を連れた少女も確か錬金班の方でしたな。戦意向上にとても助かっている。」


口々に肯定的な意見があがる。

ここに居並ぶのは皆高位貴族たちだ。

この人達が賞賛を惜しまないというのは非常に珍しい。

エステルさんが放つ美しいオーラはひょっとしたら何か特別な効果があるのかもしれない。


「……なるほど、分かりました。その国に対する献身をしっかりと記録することとしましょう。では次の報告へ。」


「第一部隊、問題ありません。いつでも出撃できます。」


「第二部隊も同様です。魔族どもの息の根を止めてやりましょうぞ!」


「参謀本部です。魔族たちの後方は山脈です。逃げるに逃げられないでしょう。となれば奴らは死兵。思わぬ損害を高じるやもしれません。」


「そんな弱腰でどうしますか。兵の士気は高い。それに戦争が終わりに近づいていると噂が出てしまっている。長引けば士気は落ちるぞ。」


「戦後処理を考えれば損耗が少ないことに越したことはない。しかし、志願兵として参加している冒険者も多くいる。その分、各地で魔物に対する戦力が不足していることだろう。長くその状態が続くと各地で民間に被害がでるかもしれん。」


様々な意見が飛び交う。

国を思い、最善を尽くそうとしてくれている。頼もしい限りだ。

その議論のさなか急報が飛び込んできた。

それはもはや死に体と思われた魔族軍が攻め込んできたという内容だ。


「敵が攻めてきた? しかもこちらの想定の20倍の兵力だと!?」

「どこから沸いて出てきた!」

「10mはあろう巨人か。どのように攻めたものか……。」


予想外の凶報に皆が浮足だっている。


「攻めきたのならば打ち倒すまで。」


皆を落ち着かせるため、僕は大きな声で力強く宣言した。

その言葉をもって冷静さを取り戻したようだ。


「第一、第三、第四部隊は魔物の制圧、魔法使い部隊は巨人の迎撃に、第二部隊は魔法使い部隊の支援。各自の奮戦に期待する!」


「「「はっ!」」」


僕の指示に力強い返事が返ってきた。その指示を実行するため散っていく。


「10mを超える巨人ですか……。それを諜報部隊が見逃すなどありえないでしょう。」


皆が退室した後、ダンが僕に進言してくる。


「確かに不自然だ。これは何かあるかもしれないね。……ダン、君も巨人討伐に参加してくれないか?」


「護衛の私が離れるわけには行きません。それにサムのやつも姿が見えませんし……。あいつどこで油を売っているのやら。」


サムについて戦争の前から不安に思っていた。

いざ、戦争が開始されるとあちこちと自由に動き回っている。

前線に行きたがったり、罪人の扱いについて提案してきたり。

肌で前線の情報を集めてくれたのはとても参考になった。

扱いに苦慮していた罪人に関しても任すことが出来て非常に助かった。

僕のことを思っての提案なのだろうけどどうも何時ものサムらしくない。

何時もならば僕のそばを離れてまでそのような事をしない。

だが、この場にいないサムについてあれこれ考えている暇は無さそうだ。


「それでも行ってくれ。ここが正念場だ。その巨人の動きを止められなければこちらに勝ち筋はない。なんなら僕が前線に……」


「分かりました。エド様が行かれるくらいならば私が行きます。」


「あぁ、任せたよ。」


僕が参戦をほのめかすとダンはしぶしぶと参加を表明してくれた。

ダンが前線に出てくれるなら巨人弱点を適格に把握し、部隊を上手く運用して討伐してくれることだろう。

ダンが天幕から出ていくとずいぶんと静かになったように感じる。


(二人が僕から離れたのは本当に久しぶりだな。)


エステルさんが暴漢に襲われている所を遠くから見つけた時は一人で突っ込んでしまったがそれ以外はどちらかが必ず傍にいた。


(凶報に僕の心も妙に心細くおもっているのかもしれないな。)


苦戦するようならば僕も前線に立つ必要がある。

この度の戦争に際し、王より宝剣を貸与されている。

初代様が使ったと言われている神聖属性の宝剣だ。

僕はまだ上手く使いこなせないがそれでも魔族相手には十分強力な武器だ。

宝剣の力を借りればどのような魔物であろうと戦える自信がある。


報告を待っているとやがて戦闘の音が聞こえてきた。

その音はどんどん近づいてきている気がする。


「何事でしょう? 前線が壊滅してここまで押し込まれるとは思いませんが……」


天幕に残っていた参謀本部の者が訝し気につぶやく。


「見てきましょう」


僕の護衛として残った近衛騎士の一人が天幕の外へ出ようとしたその時、突然の爆風が僕を襲う。


ドカーーーン!


天幕が吹き飛び、あまりの衝撃に僕は意識を手放した。




<あとがき>

あと数話で完結です。お付き合いのほどよろしくお願いします。


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