第52話 はわわわ!


私は腰に下げた母乳の入った水筒に手を触れる。

これを使えば……、だけどそのあとは……?

私はお貴族様にいいようにされてしまうかもしれない。ただそれは人の命より優先すべきことだろうか?

酷い扱いを受けるかもしれない。それでも死ぬわけじゃない。


(私は――)


一歩踏み出そうとしたところ、ハンネさんに手を掴まれて止められた。


「エステル……。」


「ハンネさん、でも……」


「分かっている。私に任せておけ。」


(え?)


思いがけない言葉。てっきり止められるとばかり思っていた。


(任せておけってどうするんだろう?)


ハンネさんは医師の先生と話している男性に声をかけた。


「そこの……一つ提案がある。」


「なんだあんたは?」


男性は突然声をかけてきたハンネさんを訝し気に見る。


「何、通りすがりの錬金術師だ。……ここに上級以上の効果を持ったポーションがある。」


そう言うと肩に下げていた鞄から一本のポーションを取り出した。


「なに! 本当か!?」


「理論上はな。ただの一度も人に使ったことがない。場合によっては思った通りの効果が出ず、逆にその者を殺してしまうかもしれない。――それでも使うか?」


「……使う! 使わせてくれ!」


「分かった、ちょっとそこをどいてくれ。」


ハンネさんは男が退くと手に持っていたポーションの蓋を開け、運ばれてきた男性に少量振りかけた。

ポーションが効果は発揮し、男性を優しい光が包み込む。

こっそり”生命探知”で確認してみると僅かに持ち直しただけで、全快には至らない。


「内臓を激しく損傷しているな。」


「だ、だめなのか?」


「経口摂取させればあるいは……」


ハンネさんは男性の口元にポーションを注ぐが飲み込まれずに垂れ出てしまう。


「飲んでくれ…………。無理か。」


何度か試すがすぐに流れ出てしまう。


「どうすればいいんだ……。」


本当にどうすればいいんだろう?

シロの時と一緒だ。この状態だと私が母乳を使っていたとして治すことはできなかっただろう。

不安な気持ちでハンネさんを見つめていると、ハンネさんはポーションを1口、口に含むと男性の唇に自分の唇を押し当てた。


(はわわわ!! は、ハンネさん! 何を!?))


ハンネさんの動き淀みも躊躇も無い。

ハンネさんは口を併せた状態から動かず、冷静に相手の喉の動きを見ている。


(あ……、口移し……。)


ごくり


男性は飲み込むことができたようだ。

そのあと、ハンネさんは何度か口移しでポーションを飲ませ、回復状況を確認していた。


「もう大丈夫そうだな。」


そう、冷静に判断したハンネさんは残りを男性の口にゆっくり注ぐ。

男性は注がれるまま飲み干していく。


「そ、そうか。」


先ほどまで心配していた付き添いの男性はちょっと顔が赤い。

……私も顔に火照りを感じる。きっと同じように赤いことだろう。

何か見てはいけないものを見てしまったような気がする。


「ハンネ女史、助かりました。ありがとうございます。」


医者の先生がハンネさんへお礼を言う。

流石に先生は冷静だ。


「いえ、素人が場を乱してすいません。効果のほどは安定しないかもしれませんがこちらは同じポーションになります。試作品ですがダメ元で使ってみてください。」


カバンから数本ポーションを取り出し、医師の先生へ渡している。

ハンネさんもとても冷静だ。

なんだか恥ずかしがっている私がバカみたいだ。


「それは助かります。あとは任せてください。」


「では、これにて。エステル、行くぞ。」


「あ、はい!」


ハンネさんに促され先へ進もうとすると付き添いの男性がハンネさんに呼び掛けた。


「あ、あんた! 本当に助かった! ありがとう!」


それだけ言うと深々と頭を下げた。


「体を張って魔族と戦ってくれているんだ。こちらこそありがとうだ。」


男性が頭を上げるのを待ってハンネさんはそう言い、付き添いの男性の肩を軽く叩いた。

男性の顔はゆでだこみたいに真っ赤になってしまった。


(ハンネさんに惚れちゃったのかな? ……惚れるよね。分かる。)


ハンネさんは母乳のおかげ肌艶も良く、20代前半な見た目をしている。

ちょっと切れ長な目やスッキリとした鼻筋、カッコいい感じの美人だ。

出会ったころ酷かったのは寝不足とストレスと食事を取ってなかったことが原因らしい。

母乳を使うかどうか悩んでいたのをあっさり解決してくれたし、命を助けるためと割り切って口移しまでやってしまうところも凄い。

ハンネさんはとても素敵な自慢の叔母だ。

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