第48話 陣中視察
あれ以降、散歩の際はシロから離れないよう注意している。
幸いというかロブが私の前に現れることは無かった。
ハンネさんが兵站部隊の部隊長へ報告してくれたらしく、部隊長から万が一襲われた際はどのような反撃をしても構わないとお墨付きを貰った。
散歩をやめればより安全なのだけど部隊長としては続けてほしいとのことだ。
私も続けたいと思う。
確かにロブは怖いのだけど、前線で戦う兵士にとってシロの存在が本当に心の支えとなっているのを直に見ている。
「戦闘で攻撃を食らわなかった」とか「魔法が外れていった」とか、沢山有難がられ、感謝される。
勿論、効果は思い込みだと思うけど、それでも気の持ちようって大事だと思おう。
ポーションについて感謝を言われることが増えてきている。
私たちが徴兵ではなく自主的に、無償でポーションを作っているボランティアというのも広まっていることも感謝される一因のようだ。
そこで貰った感謝の言葉はなるべく持ち帰って錬金班のみんなに伝えている。
私にだけ送られた言葉じゃないからね。
もっと殺伐した日々を想像していたのだけど、戦地での毎日はかなり充実している。
人に感謝されることなんてほとんどなかったから本当に嬉しい。
もっと頑張ろうという気持ちになる。
そんなある日、錬金班にお客さんがやってきた。
夕方になり、仕事終わりで片付けをしていたころのことだ。
やってきたのはエド様、サム様、ダン様の3人の騎士様だ。
ハンネさんが代表して話を聞きき、パンパンと二度手を叩いてみんなの注目を集めた。
「みんな、手を止めて注目してくれ。中央の騎士様たちが視察に来てくださった。」
「皆さん、初めまして。騎士をしてますエドと申します。本日は善意で参加してくださっている皆さんに感謝の言葉を伝えに来ました。どうぞお気軽になさっていてください。」
ハンネさんから言葉を引継ぎ、エド様が挨拶をする。
そのあとエド様達は錬金班の人たちに声をかけてまわった。
「皆さんのおかげで助かっています。ありがとう。」
「い、いえいえ!」
そうエド様が声をかけられた男性は緊張した様子で応えを返していた。
エド様たちは1人1人丁寧に声をかけ、私のところへやってきた。
「よう、おっぱいちゃん。元気にやってる?」
「はい、サム様。元気ですよ。」
「こら、サム。失礼をするな! 本当にすまないね、エステルさん。」
「ダム様、ありがとうございます。」
「エステルさん、兵士たちへの慰問、肉や毛皮に魔石の供給と多大な貢献ありがとうございます。」
「エド様、私は何もしていません。シロに言ってやってください。えーっと今は狩りで不在にしてますけど。」
「分かりました。改めてシロさんにお礼を言いに伺いたいと思います。それと何かご不便はことはありませんか?」
「全然! 何も問題ないですよ。シロも自由にさせてもらって大変助かってます。」
「そうですか。これからも無理せず、ご協力よろしくお願いします。」
「はい!」
はぁ~、皆さん相変わらずキラキラしていらっしゃる。
やっぱりお貴族様なのかな? なんか住む世界が違うというかまとっている空気が違うというか。
他の人に声をかけてまわる様子もつい目で追ってしまう。
カリスマってやつなのかしら?
エド様達は一通り声をかけて回ると帰っていった。
そのあと特に親し気にしていた私に質問が来たので、デリグラッセで助けてもらったエピソードを話した。
「さすが騎士様だ」「かっこいいなぁ」「素敵!」
皆口々にエド様を褒める。何だか私も嬉しい。
女性陣からは羨ましいと言う言葉と共に裏路地を女が1人で歩いては駄目だという注意も頂いてしまった。
はい。反省してます。
数日後、お昼時にシロを散歩させていたら血だらけのサム様を見つけた。
「さ、サム様!? どうしたんですか、その血!」
急いで近づくと笑顔を向けられた。
「ヨッ! おっぱいちゃん。これね、返り血だから気にしないで。俺は怪我一つしてないよ。」
「え? 返り血?」
「そうなんだ。折角だから魔族がどの程度の物か無理言って確かめてきたのさ。苦戦はしなかったんだけど数ばかり多くてね。返り血を全部避けることが出来なかったんだよ。」
「えっと、それはお疲れ様です。」
「ふふふ、ありがとう。……それにしても思ったより弱かったなぁ。」
サム様は笑顔で感謝を伝えた後、表情を曇らせてそんなことを言った。
敵が弱いことがいけないことなのだろうか?
何と言ったらよいか分からずにいると
「ねぇ知ってる? 魔族に寝返る人間もたまにいるんだよ……。」
「え?」
唐突に思いがけないことを言われて聞き返してしまった。
「注意しろってことさ。……じゃあね。」
「あ、はい。」
サム様はそれだけ言うと軽く手を振り、踵を返して立ち去っていた。
いつも感じるキラキラとした強烈な存在感はなく、地面に足が付いていないというかフワフワした感じがした。
その後ろ姿に言いようの無い不安を感じるのであった。
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