第41話 火の無いところに……

ハンネさんはしばらくじっと1点を見つめ、何か考えているようだった。


「エステル。これから言うことは絶対に他言してはいけないよ。」


「……はい。」


「お前の予想の通り、戦争になる。」


「そんな!」


「まぁ落ち着きなさい。この国にとって戦争とは結構身近なものなんだ。」


「え? そうなんですか?」


「国のこちら側が戦場となることはあまりないが、魔族と領土が隣接している地域では頻繁に起きている。国も当然備えをしている。」


「そうだったんですね。」


「仮に私が魔法兵として徴兵されたとしても魔法兵は貴重な戦力だ。兵隊や騎士に守られながら戦うことになる。そうそうやられることはない。」


「な、なるほど。」


「それにエステルは私の魔法の腕を見ているだろう? 戦争でやられそうか?」


た、確かに……。

魔物と戦うときは何時も余裕があるように感じていた。


「魔法学園では徹底した戦闘訓練も行うんだ。なんせ戦争が身近な国だからな。魔法薬を専攻していた私なんて可愛いもんさ。軍技専のやつらの合体魔法は見ものだぞ。」


よくわからないけど凄そうだ。


「心配するな……とは言われても難しいだろうが、そこまで悲観するほどでもないよ。」


「……はい」


「それより子犬どうするんだ? 飼うのか?」


「飼いたいです……。実は……」


私は子犬を拾ったときの状況を説明した。

森の中の湖の淵で傷ついて倒れていたこと、近くに親らしい気配が無かったこと。母乳で治療したこと、最後に……魔物かもしれないことを伝えた。


「おそらくだが魔物ではないだろう。」


「え? そうなんですか?」


「母乳を解析するうちに分かったのだが、母乳は神聖属性の影響を強く受けている。いくら回復するとは言え、魔物には神聖属性は猛毒だ。癒えることはないだろう。」


「じゃ、じゃぁ!」


「母乳を嫌がらずに飲んだのなら、その子犬はただの動物だろう。」


良かったぁぁぁ。


「飼うならキチンと面倒を見ること。あと私の実験室には入れないようにな。」


「はい!」


良し! まずはベッドかな? トイレは……外でいいよね。あ、ご飯皿どうしよう?


「それで名前は何ていうんだ?」


「あ、まだ付けてないんです。」


「何時までも子犬と呼ぶわけにもいかないだろう?」


「えーっと、じゃぁ白い犬なので、シロで。」


シロは名前を呼ばれるとワン!と嬉しそうに吠えた。


<ハンネ視点>


エステルは子犬――シロを連れて部屋へ向かっていった。


(……なんとか誤魔化せたかな?)


まさか市井で戦争が噂になっているとはな。

人の口に戸は建てられないとはよく言ったものだ。


(戦争……魔族との戦争か。)


以前、一度だけ従軍したことがある。

あれは酷いものだった。戦争の空気は未だ忘れることが出来ない。


当時の戦争は始まる前まで楽観されていた。

敵に倍する戦力があるだの、各国からの支援があるだの、有名な騎士が参戦するだの。

ふたを開けてみれば苦戦に次ぐ苦戦。


事前情報と違い、魔族軍は強かった

魔族が腕を一振りすれば兵たちは吹き飛び、魔法を使えば魔法兵とも勝るとも劣らない。

魔族に操られる魔物の群れは死兵のごとく、死を恐れずに突っ込んでくる。


2割の魔法兵が帰らぬ人となった。

私は若輩であったため、後方に配置されていた。そのおかげか死を免れることが出来た。


(次もその幸運に期待するわけにはいかないな。)


戦争について考えると恐怖で手が震えだす。

……正直、戦争なんて行きたくはない。しかし、誰かが戦わねば魔族によって大切な人達が傷つけられてしまう。


エステルの顔が浮かぶ。

私に残された唯一の身内で、非常に出来の良い弟子でもある。


(あの子をこれ以上、不幸にするわけにはいかない。)


とは言え、今出来ることをするしかない。

ポーションをより多く製造し、少しでも有利な状況を作らないと。


(エステルの存在も隠し通さないとな。)


神聖属性は魔族や魔物に対して特別効果を発揮する。

国のためを思えば、少しでも戦力が多いに越したことはない。

しかし、姉さんの一粒種を従軍させるわけにはいかない。


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