第40話 予兆


キャンキャン!


衣服を整えて足元で飛び回っている子犬を見る。

すっかり元気になったようだ。

屈んで子犬の頭を撫でると気持ちよさそうに目を細めた。


くぅ~ん


(か、可愛い!)


このまま放置したら魔物にやられてしまう。

……この子犬も魔物かもしれないけど襲ってこないから多分違うでしょう。

野生の動物――やっぱり犬であってるのかな?

それなら連れて帰っても問題ないよね?

なんとかハンネさんを説得して飼わせてもらおう。

子犬を抱きかかえようとしたところ、するりと私の腕から抜け出した。

そしてピョンピョン飛ぶように跳ねて進むとこちらを振り返り、キャンっと吠えた。


「うん? ついて来いってこと?」


何となくだけど――この子に従った方がいいような気がする。

もうすっかり辺りは暗くなっている。早く帰らなければ行けないのだけど、ハッキリとあてがあるわけでもない。


方向だけは見失わないようにしながら子犬の後ろを歩く。

”生命感知”を使い、いつでも防御魔法が使えるよう構える。

認識阻害の指輪は子犬とはぐれたら大変なので外しておく。


子犬は時折地面の匂いを嗅ぎながら、ピョンピョン進んでいく。


「何があるの?」


大人しくついていくとそこには私が落とした鞄があった。


「こんなところに! ありがとう。」」


この子犬はこれを教えてくれていたのね。

私の周りを2週ほど嬉しそうにピョンピョン跳ねた後、また匂いを嗅ぎながら移動し始めた。

すると水袋と母乳が入った袋も見つけられた。


「本当にありがとう!! 助かるわ。」


どれもハンネさんから貰ったものだ。無くしたなんてとても言えない。

見つけることができて本当に良かった。

それと子犬が鞄や水筒まで案内してくれたことで街の近くに来ることが出来たみたい。

”生命探知”の範囲を思いっきり広げたところ大勢に人間の気配を感じられた。

どうやら街の端を引っかけられたみたいだ。


ここまで来ればあとは力技。子犬を抱きかかえ、認識阻害の指輪を着けて猛ダッシュ!

街の閉門時間にギリギリ間に合った。

そのまま門をくぐり抜け、家まで一直線で駆け抜ける。


「ふぅ……。なんとか帰ってこれた。」


そっと家の扉を開けようとしたとき、内側から凄い勢いで扉が開いた。


「きゃ!」


「おわぁ!」


丁度ハンネさんが扉を開けたところだった。

ハンネさんは重装備でまさに森に向かおうとするような出で立ちだ。


「えっと、どうしたんですか? その恰好。」


思わずそんなバカなことを聞いてしまった。


「ど、どうしたもこうしたもあるか!!!」


大声で怒鳴られてしまったよ……。


リビングに入り、事の経緯を説明する。


「つまりエステルはポーションの材料が切れてギルドにも材料が無くて自分で採取に向かい、ヘビに驚いて走り回ったら迷子になって子犬を拾った……。それであっているか?」


ハンネさんがため息交じりにまとめてくれた。


「は、はい。」


改めて人の口から聞いてみると本当にバカみたいだ。

申し訳ない気持ちで一杯になってくる。


くぅ~ん。


ワンちゃん可愛い。慰めてくれているのかな?

甘えてきた子犬を膝の上にのせて撫でる。

そうすると子犬は気持ちよさそうに丸くなった。


「なるほど。それでエステルの採取道具が無かったわけか。……もしかしたらと思ったが本当に一人で森に行っているとは……。」


「すいません……。」


「どうしてそんなことをしたんだ?」


「え? はい、ポーションの材料が切れて……」


「そうじゃなくて、何をそんなに焦ってポーション作ろうとしていたんだ?」


なんでだっただろうか? えっと……


「その……ハンネさんのお役に立ちたくて。」


そうだ。住む場所や家具、魔法だって教えてもらった。何一つ恩を返せていない。


「エステルは……十分役に立ってくれている。家事だけでも非常に助かっているんだ。それだけじゃなく森にも同行してくれるし、ポーションだって作ってくれている。大助かりだ。……焦る必要なんてどこにも無いんだよ。」


ハンネさんは少し悲しそうにそう言った。

役に立とうとしていたのに、なんで私はハンネさんにこんな顔をさせてしまっているんだろう?

そうか……。私はハンネさんの気持ちをちゃんと受け取ってなかったんだ。

ハンネさんは何時も「感謝している」と言ってくれていたのに。

伝えようとして伝わらなかったら悲しいよね。


「ち、違うんです。ハンネさんは優しいから何時もドジしている私を元気付けてくれているのかなって勝手に思って! 自分に自信が持てなくて……。ハンネさんの気持ちをちゃんと受け取れない私が悪いんです。」


ハンネさんの役に立ちたいのは間違いない。

だけど違った。言葉にしているうちに少し整理がついた。

焦っていたのは不安な気持ちを誤魔化したかったからだ。

もうここまで言ったんだ。全部言ってしまおう。


「その! もう一つ理由があって! 最近街の噂で……、あくまで噂なんですけど、兵隊さんや騎士様が増えたって。それと食料の値段が上がったって。その……、まるで戦争が始まるみたいだって噂が……」


私の話を聞いて、ハンネさんは息を飲むような表情を浮かべた。


「そうか……。そんな噂が立っているのか……。」


「戦争になったらハンネさんは魔法兵として戦場へいっちゃうんですよね? ……わ、私にはもうハンネさんしか家族がいないし……、もし、ハンネさんまで……!!」


「――そうとは決まったわけじゃないだろう? 戦争はあくまで噂なんだから。」


「で、でも! お貴族様に言われて美容薬を作っていたハンネさんが急にポーションを作るって! ただポーションを作るだけだったら魔法使いギルドの人もわざわざ人払いなんてしないでしょうし……、そう考えたら……。」


戦争が始まるとしか思えない――


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