第37話 噂話
ポーション作りは……楽しい!
最初は何て複雑な手順なんだ! と頭を抱えたものだけど、実際に作ってみるとそれ程でも無かった。
ただ聞きなれない単語や使い慣れない器具に対し拒否感が出てしまっただけみたい。
ハンネさんから「料理みたいな物だ」と言われたらすんなり理解できた。
むしろ下処理がめんどくさい煮込み料理よりよっぽど楽な気がしてきたよ。
これはデザートだね。
分量を間違えると大変なことになるけどそれさえ守ればちゃんとしたものが出来る。
ポーションはデザートだった! 新発見だよ!
まぁデザートのように美味しくは無いのだけど……。
そんな訳でポーション作りは順調だ。
私が作っているのは初級ポーション。
ハンネさんはより複雑で繊細な作業が必要な中級や上級のポーションを作っているようだ。
最近、ハンネさんの様子がおかしい。
研究に没頭するのは何時ものことなのだけど、雰囲気が少し違うような気がする。
どうも何かに追われているような、危機感めいたものを感じる。
(どうしたんだろう?)
こんな感じになったのもポーション作りを言い出した日から……。
つまり魔法使いギルドの受付のお姉さんがやってきた日からだ。
人払いするような内容だ。きっと大変なことが起きているんだろう。
作ったポーションを魔法使いギルドへ納品するのも私が買って出ている。
そのついでにいろいろ受付のお姉さんに聞いてみるけどはぐらかされるだけだ。
そんな不安を抱えているからだろうか?
妙に街全体が浮ついているような感じがする。
いつも通りのようでどこか違う。
はっきりとした違いはわからないけど付きまとう違和感。
ハンネさんから感じる同質の物を街全体からも感じるような気がする。
(……気のせいなのだろうけど。)
「はぁ……」
「どうしたんだい? ため息なんてついて。幸運が逃げちまうよ?」
気分転嫁にと訪れたクレープ屋さん。
思わずついたため息を店員のお姉さんに拾われてしまった。
「なんか最近街の様子がおかしくないですか? ざわざわしているというか、ソワソワしているというか。」
促されたらついつい心に抱えていた不安の種を話してしまった。
「確かにそれは感じるね。特にここは門の前じゃない? 街を出入りしている人が良く見えるわけよ。兵隊や騎士様の出入りが妙に多いような気がするね。」
「え!? そうなんですか?」
まさか同意されるとは思ってなかった。
私の勘違いじゃないの!?
「はっきりと分かるほどじゃないんだけど、なんとなくね。……それとね。」
お姉さんは声をひそめて顔を近づけてきた。
「はい……。」
「最近食料品の価格が徐々に上がっているんだ。それで兵隊が増えているだろう? だから戦争が起こるんじゃないかって噂さ。」
「え!? 戦争!?」
思わず大きな声を出してしまった。
お姉さんは慌てて被せるように言った。
「ちょ、ちょっと声が大きいよ! 」
お姉さんは慌てたように周囲を見渡す。
幸い、私たちに見ている人はいないようだ。
「噂だよ、う・わ・さ。一つ一つは大した事ないからね。はっきりしないでモヤモヤしている。だから皆ちょっと不安なんだよ。」
(それだけじゃない……)
私は知っている。
人払いまでしてハンネさんに何かを伝えた魔法使いギルド。
そして急にポーションを大量に作りだした。
戦争と言われると妙にしっくりくる!
戦争になったら――ハンネさんは魔法兵として徴兵される。
「そうなると決まったわけじゃないんだから。ほら、そんな顔してないでこれ食べて元気だしな。」
「はい……」
そう言ってお姉さんは私が注文したクレープを差し出した。
最初食べた時はあれだけ美味しかったのにまるで味を感じ無かった。
買い出しのためにとぼとぼと市場へ向かう。
(食料品の値段か……。)
デリグラッセで暮らすようになって3ヵ月ほど。
確かに食料品の値段が上がっているのは感じていた。
都会ってそんなものかと考えていたのだけど……
「最近、小麦の値段が高いわね。」
「豆や野菜もよ? 」
「旬の夏野菜まで高いなんて……」
「どうなっているのかしらね?」
「例の噂は本当なのかしら?」
「シー! 誰が聞いてるかわからないわよ。下手に騒ぎ立てると衛兵に捕まるそうよ。」
市場で聞こえる噂話に耳を傾けてみるとやはりおかしいみたいだ。
ハンネさんに思い切って聞いてみようか?
きっとハンネさんは私に心配かけまいとして言ってない。
それを暴いてしまって良いのだろうか?
(ハンネさんが私に頼んだのはポーション作りなんだ。それを頑張ろう。)
魔物は倒せるようになったけど、戦争なんて何をどうしたらいいのかわからない。
自信の無力を噛みしめずにはいられない。
僅かに出来ることを見つけ、このざわざわする心を落ち着かせたかった。
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