第35話 幸運の魔女


「気を失っているようだな。……エステル、止めを刺せるかい?」


「や、やってみます!」


「おっとその前に……。安全に生きている魔物へ攻撃できる状態は稀だ。せっかくだから鉈で切り付けてみるといいよ。」


「鉈ですか? 分かりました。」


指示の内容はよくわからないがやってみることにする。


(うぅ、自分で生き物を殺すのは初めてで、ちょっと怖い。)


鉈を振り上げ、恐る恐る振り下ろす。


キン!


「え?」


固い! 一見猪のただの毛皮なのにまるで金属のような手ごたえが返ってきた。


「どうだ? 固いだろう? もっと全力で切り付けてみるんだ。」


今度は思いっきり全力で切り付けてみる。

鉈を両手で持ち、大きく振り上げ全体重をかけて振り下ろす。


「えい!」


ガキン!


結果は変わらず硬質な音と共にはじかれてしまう。


「これだけ固い巨体の突進を軽々と防げる防御魔法が使えるんだ。この森でエステルを害することが出来る魔物はいないよ。」


「軽々でしたか?」


最後は目を閉じていたのでどんな感じで防げたのかは見ていない。


「うん、結構余裕があったと思うよ。」


「そうなんですね。」


私の攻撃魔法で猪――キングボアに止めを刺して先に進む。

この経験があったからかこの後は集中を切らさずに防御魔法を維持できたし、最後の方は攻撃にも参加できた。

この日の探索は無事終わることができ、薬草も二人分持ち帰ることが出来た。

ハンネさんは助かったと喜んでくれた。


(どうなんだろう? ハンネさんはああ言ってくれたけどあまり役に立てている気がしないな。)


無理言ってついてきたけど負担をかけただけじゃないか?

そんな疑問が私の心に影を落としていた。



<魔の森を探索するとある冒険者の視点>


魔の森――


出現する魔物は強く、初心者では太刀打ちできない。

ここで活動する冒険者の多くは中級から上級。

皆、ベテラン揃いだ。

魔物は強く、リスクはあるが見返りも大きい。

貴重な薬草類、魔物の素材、どれをとっても高値で取引される。

特に魔物から取れる魔石は大きく利用価値が高い。


最も高値で取引されるのはキングボアの魔石。

もし1人で倒せれば数年は遊んで暮せるだろう。

キングボアは他の素材も重宝される。

牙に至っては武器や防具の素材にもなるし、金持ち用の加工品にも使える。

キングボアの牙から削りだした遊戯用の駒は金持ちのステータスシンボルの一つでもある。


そんなキングボアが――目の前にいる。

不意の遭遇。

準備不足は否めない。

通常、15名以上でしっかり準備をして挑む。

盾役を3名は用意し、突進を止める。

そのうえでキングボア用の投げやりに毒を仕込み、毒で徐々に体力を奪い仕留めるのだ。。


万が一遭遇しても良いように投げやりや毒の準備はある。

盾役も、1名少ないが2名いる。


こちらの面子は9名。

時間はかかるが倒せる可能性はある。


「キングボアが突進する前に抑え込めれば2名でもなんとかなるだろう。」


盾役のその言葉で討伐が決まった。


散開し、キングボアを囲む。

盾役がじわじわと間合いを詰めていく。

するとキングボアは苛立たし気に前足で地面を数回掻いた。

そして頭を低くし、構えた。


(突進が来る!)


盾役は一気に間合いを詰め、盾で抑え込もうとする。

しかし、キングボアは更に頭を引くくし、牙で盾役にかち上げを食らわした!

かち上げに対してはバックステップで交わすなり、盾でそらすなり対処をするのだが突進させまいと突っ込んでいた盾役はもろにかち上げを食らってしまった。


「ぐわぁ!」


キングボアは次の獲物を探すように周囲を見渡す。

あっけなく前線は崩壊し、仲間たちに緊張が走る。

盾役以外が重装備ではない。突進の直撃を食らえば一撃で死んでしまうことがあり得る。


(誰が狙われるのか?)


緊張がピークに達しようとしていた時、不意にキングボアはあらぬ方向を見つめ、駆け出して行ってしまった。

突然の出来事で呆然と見送ってしまった。


「に、逃げたのか?」


「一度戦闘状態になったキングボアは逃げたりしないはずだが?」


「ひょっとしたら近くに魔法使いがいるのか?」


チームの博識な狩人がそんなこと言う。


「どういう意味だ?」


「魔物は普通弱者から狙うらしいが、キングボアは少し違って魔法使いから狙うらしい。自分の縄張りに魔力が強い者がいるのを嫌うとか。」


「おい! それ! まずいんじゃないか?」


魔法使いと言えば、この国では特権階級だ。

貴族様ほどではないが、全員が国に属している。いわゆる官僚だ。

欲に目がくらみ、不十分な戦力でキングボアに戦いを挑んだ上に魔法使いが巻き込まれて怪我を……、最悪死んでしまったら……。


「追いかけるぞ!」


「お、おう!」


慌ててキングボアの後追う。

相手は木々を薙ぎ倒しながら進んでいるはずだが一向に追いつけない。

進行方向、かなり遠くの方でドカーンと何か爆発したような音がした。


「な、なんだ?」


「少し慎重に進もう。」


ペースを落とし、周囲を警戒しながらすすむ。

しばらくするとキングボアが倒れていた。


「これは? 死んでいるのか?」


「見ろ、頭に穴が開いてる……、他に傷が無い。1撃かよ。」


思わず感嘆の声が出てしまう。


「誰が倒したんだ? 素材を放置するなんて……。」


「……これはひょっとして噂に聞く”幸運の魔女”様じゃないか?」


「あ~! あの薬草採取が目的の!」


「そうそう、魔物は倒すけど素材には一切手を出さない魔法使い様さ。」


「なんで素材を放置するんだ? 一財産だぞ?」


「荷物になるからだそうだ。薬草以外はいらんらしい。」


「はぁ? それなら採取依頼出せばいいだろう?」


「通常の採取とは違って必要な部位が薬草事に違うそうなんだよ。根だったり、茎だったり、葉だったり。それをいちいち指示したり採取されるまで待つのが面倒だとか。」


「じゃ、じゃぁ、このキングボア。貰っちまっていいのかな?」


「いいんじゃないか? ”幸運の魔女”様以外でキングボア放置していなくなるやつなんていないだろうしな。」


俺たちはキングボアをその場で解体しつつ、街から荷車を持ってこさせる。

なんせ今回は毒を使ってない。肉も売れるのだ。

頭への一撃で倒していることから毛皮の状態もすこぶる良い。

冒険者ギルドへ持ち込み、換金する。目玉が飛び出るような金額になった。

仲間たちと早速酒場へ繰り出す。この幸運をおすそ分けするべく、その場にいた客の支払いを全部肩代わりしてやった。


「”幸運の魔女”様に乾杯!」 「「「乾杯!!」」」


俺の音頭に酒場中が答える。

これだけ派手に遊んでも金はまだまだある。

当面は遊んで暮らせそうだ。いや~”幸運の魔女”様々だ。




<あとがき>

ハンネさんは本人が預かり知らぬところで気前がいいとデリグラッセ中から人気があります。



エステルのステータス

Lv    14 up!

職業  聖女

HP   98/98 up!

MP   61/ 440 up!

力    29 up!

素早さ  28 up!

体力   25 up!

器用さ  54 up!

魔力   261 up!

※聖女はジョブ補正でステータス上昇量が非常に高いです。


冒険者のステータス

Lv    24

職業  冒険者

HP   152/152

MP   0/0

力    60

素早さ  51

体力   65

器用さ  52

魔力   0

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