第29話 検証


「これがその母乳です」


そう言って革袋に入った母乳を差し出す。

これは村を出る際にお腹に仕込んでいたものだ。

胸から染み出た母乳は巧いこと革を伝い、革袋に入っていた。


「母乳、ということは乳房から出るのか?」


「は、はい。加護を授かってから母乳がでるようになりました」


うぅ、やっぱり恥ずかしい。

ハンネさんは革袋を持ち、ジッと見つめた。


「ハッキリと魔力を感じる……物質創造系の加護になるのか? しかし母乳となると無から作っているわけじゃない……のか? とりあえず測定してみるか」


ハンネさんはリビングから出ると、水晶玉のついた変わった器具を持ってきた。


「袋から出して使わせてもらっても良いか?」


「どうぞ」


ハンネさんは一言断りを入れ、浅い小皿に母乳を垂らした。

そこから別の器具で吸い上げ、薄いガラスの板に1滴垂らした。

その板を水晶のついた器具にセットし、「測定」と言った。

すると水晶は光を放ち始めた。


「この明るい部屋でこれだけはっきりと光る程の魔力量……、ふむ……これにどんな効果があるかわかるか?」


「えっと、アカギレが治ったり、肩こりが治ったりしました。手はすっかり綺麗に治りましたよ」


そう言って、私は両手をハンネさんに見せる。


「ほう……エステルは家事を普通にしていたんだよな?」


「してました」


「なら冬の冷たい水で手はだいぶ荒れていたんじゃないか?」


冬の水仕事は取り訳冷たい。ヒビやアカギレが良く出来る。

母乳で治る前はがさがさだった。


「はい。結構荒れてましたね」


「今はまるで茹で卵みたいにつるつるだな……」


ハンネさんは私の手を取り、確かめながら撫でた。


「母乳をつけたらあっと言う間に治っちゃったんです」


ハンネさんは小皿から母乳を僅かに掌に垂ら、自分の手にもみ込んだ。

ヒビやシワの有った手はあっという間に綺麗になっていく。


「これは凄いな。えっと肩こりにも効くのだったか?」


「はい」


手に取り、肩に伸ばしていく。


「あぁぁ、気持ち良いな。これは。う~ん、……本当に肩こりがなくなった。」


気持ちよさそうな顔をして腕を大きく回しながら言った。


「えっと、あと飲むと疲れが吹き飛びます」


「今はこれと言って疲れていないから、あとでやってみよう。今は別の内容を確かめてみよう」


また少量手に取り、鏡で自分の顔を確認しながら目じりやほうれい線、頬に塗りこみ始めた。

するとどうだろう、シワは薄くなり、肌には張りがでた。

20歳前半くらいまで若返ったように見える。


「……まさかこれほどの効果が出るとは。これは、危険だ……」


「ほぇ?」


ハンネさんは真剣な表情でそんなことを言うものだから私は変な声が出てしまった。


ハンネさんが言うにはこうだ。

この効果が広まってしまうと貴族に使いつぶされる危険性があると。

そんな大袈裟なと思っていたら、ハンネさん自身が体験したエピソードを教えてくれた。

ちょっと効果の高い美容薬を作れたがためにひっきりなしに貴族の奥様方に呼び出され、最後には拉致・監禁までされたそうだ。


「幸い、私は魔法使いギルドから救いの手が差し伸べられたが、何も後ろ盾のないエステルならどう扱われるか分からない」


「どどど、どうしましょう!?」


「……この母乳の効果を知っている人間は、他にいるか?」


「いません!」


「そうか……加護の名前は【癒しの母乳】で合っているか?」


「はい」


「少し待て」


そう言うとハンネさんは自室から一冊の本を持ってきた。


「これは加護の辞典だ。この辞典に魔法系と分類されていた場合、国の魔法学園に入学する義務がある。逆にこれに載ってなければその義務はない」


以前は、自身の加護は魔法系だと主張し魔法学園に入れろと言った者が後を絶たなかったそうだ。

その為の処置として加護名が編纂され、本にまとめられたそうだ。


「載っていないな……よし、これなら届け出る義務もない。隠すぞ!」


「はい!!」


ハンネさんの言葉に私は強く頷いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る