第26話 買い出し
<ハンネ視点>
エステル……。
最後に会ったのは、私が王都に行く前。本当に生まれて間もない頃で、殆ど覚えていない。
小さくて、一日のほとんどを寝て過ごし、おむつの交換とおっぱいを求める時だけ、やたら大きな声で泣いていた。
あの子にどんな顔をして向き合えばいいのだろう?
姉さんを救えなかった罪悪感なのか。
なぜもっと早く伝えてくれなかったという怒りなのか。
全く整理がつかない。
いや、怒ってどうする?
そもそも手紙を読まなかったのは私じゃないか。
駄目だ……考えるのは眠れてからだ。
エステルはすでに起きていた。
「おはようございます!」
「おはよう」
明るい元気な声で挨拶をされた。それに応える。
……誰かと挨拶を交わしたのはいつぶりだろうか?
昨日は早々に寝室へこもってしまったので洗面所へ案内し、使い方を説明する。
「ここをひねると水が出る。出なくなったら洗面台の下にある魔石に魔力を補充すればまた出るようになる。」
家にあるのは最新の魔道具だ。
使ったことも無ければ見たことも無いだろう。
生活するうえで説明は必要だ。
「はへぇ~」
エステルはその一つ一つに驚きを表していた。
二人で軽く身支度を整え、朝食も共に作る。
コンロと呼ばれるカマドに変わる魔道具、食品を冷やして保管できる冷蔵庫などの魔道具の使い方、食器や調味料の場所などひと通り説明していく。
説明も兼ねて目玉焼きと簡単なサラダ、トーストを作る。
私はあまり食欲は無いが、エステル一人で食べるのも気が引けるだろう。
食べながら今日の予定を話す。
「今日は家具をそろえよう。いつまでもソファーというわけにもいかないからな。お金は私が出すから気にしなくていい。遠慮も無用だ。」
「あ、ありがとうございます。」
エステルは申し訳なさそうに言った。
叔母とは言え、ほぼ初対面だ。遠慮してしまうのは仕方ないことだろう。
朝食を終え、街へ繰り出す。
幸いなことに家具を扱っている木工職人はこの新区画の中にある。
エステルに家の周囲ある店を軽く説明しながら歩く。
「この周辺は職人が多く住んでいる。一般的な商店は市街地に行くしかない。」
「なるほど。では食材の買い出しはあちら側に行く必要があるのですね。」
「そうなるな。近いうちに案内しよう。」
「買い出しは任せてください! 料理もできます!」
……何もせずに居候するもの居心地が悪いだろう。
何か役割があった方が生活にも馴染みやすいかもしれない。
「そうだな。しかし、この街は治安があまり良くない。一人で買い出しをするには身を守るすべが必要だ。……料理の方を頼むとしようか。」
「あ、それなら大丈夫です! この指輪があるので!」
そう言ってエステルが取り出したのは認識阻害の魔法が掛かった魔道具だった。
これは中々お目にかかれる代物ではない。
悪用される危険もある。
どうやって手に入れたのかと聞くと、この街で悪漢に襲われた時に助けてもらった騎士がくれたらしい。
一介の騎士が持てるような物ではないのだが……。
しかし、騎士の紋章を身に着けていたなら騎士以外はありえないだろう。
(高位貴族に連なる騎士か? )
分からないが確かにこれがあるなら買い出しも問題ない。
「何か駄目でしたか?」
不安そうな目で見上げてくる。
むっ、可愛い。なんだこの子犬のような仕草は。
……って何を考えているんだ。やはり寝ないとだめだな。
「いや、めったに見ないもので驚いただけだ。……非常に貴重なものだ。あまり所持していることを人に言わない方がいい。大事にしなさい。」
「わかりました。……やっぱり貴重なものなんですね。」
この後、家具職人たちにじろじろ胸を見られるエステルを見て、この子には必須の魔道具だな、と思った。
エステルは、パッと見は小柄で大人しそうな美少女だ。
強く脅せば言うことを聞かせられると思う男も出てくるだろう。
……しかし、とりわけ美男美女というわけでもなかった義兄さんと姉さんの顔からもこんな美少女ができあがるんだな。
それでいて2人の面影はある。不思議なものだ。
昼は家具屋巡りの途中で屋台にて軽く済ませた。
ベッド以外にも2人で暮らすための食器や雑貨を買いそろえていたら結構な時間が掛かってしまった。
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