第25話 ハンネの回想②

<ハンネ視点>


姉の水仕事で荒れた手を思い出す。

あの手を綺麗にしてあげたい。

そう思い、以前作った軟膏の改良に取り掛かった。

試行錯誤の結果、決して短くはない期間を経て、美肌効果の非常に高いクリームが完成した。

それが貴族の女性に大流行してしまった。


元々美容関係の魔法薬で名前を売っていた魔法使いから一方的に敵視され、つまらない嫌がらせを受けた。


(なぜ私がこんな目に遭わなければならないのか!)


私はそれに必死に反発した。

負けるものか、と薬を造り続けた。

その結果、いくつか成功を治め、結果としてさらに貴族たちに目をつけられるようになった。


事あるごとに貴族の女性に呼び出されるようになってしまった。

私のためだけに美容品を作れだの、若返りの秘薬を作れだの。

専用の美容品はともかく、若返りの秘薬なぞ作れるわけがない。

呼び出しに応じて出向いてみればその手の話を延々と聞かされ、肝心の研究時間が削られる。

新薬を催促する手紙が貴族からいくつも届き、それらに必死に返事を書いているだけで一日が終わってしまう。

終いにはとある貴族に拉致され、監禁されてしまった。


魔法使いギルドに助けてもらわねば、未だに監禁されたままだったかもしれない。

魔法使いギルド長が貴族たちとの間に入ってくれて、強引な手段を用いることを禁じてくれた。

研究時間を確保できるよう呼び出しに応じる必要もなくなったし、手紙の返事を書く必要もなくなった。

……その代わりに、ある程度の成果を一定期間内に出し続けなければいけなくなった。


美容薬の魔法使いから嫌がらせは続いている。原材料の確保もままならない。

私は王都から拠点を移すことにした。

故郷に近いデリグラッセの街。

ここには資源豊富な森がある。土地の魔力濃度が高い分、出現する魔物も強くなるが、貴重な薬草も多い。


元々、原材料の状態について問題も多かった。

丁寧に処理されたものは中々手に入らない。

自分で取ってきた方が、欲しい状態の材料が手に入りやすい。


気分を変えるため、デリグラッセに移り住むにあたり理想の家を建てた。

陽光の降り注ぐ明るい部屋を主寝室にし、研究部屋に設備、資材の保管庫、家事を効率的にするために最新の魔道具も買い揃えた。

お金には余裕があった。美容薬の売り上げで、結構なお金持ちになっていたからだ。


デリグラッセに移り住み、最初の数年は上手くいっていた。

煩わしさから解放され、スムーズに研究が進む。

相変わらず貴族からの手紙は届くものの、全て無視してしまって問題ない。


しかし、それも長くは続かない。

私の作る薬は、既知の魔法薬の知識に村のおばあちゃんから習った民間の薬をかけ合わせたものがほとんどだ。

思いつくアイデアは全て出尽くし、新しい物を作るのが難しくなってきていた。

研究所やギルドから、研究結果の進捗を求める手紙が届く。

それらを開けるのが大変億劫になっていた。

いつしか手紙は、読まず、来た端から積み上げるようになっていった。


今にして思えば、「できない」と言えば良かったのだろう。

しかし、ちっぽけなプライドが邪魔をしてそれを言うことが叶わなかった。

苦しい日々が続く。

次第に余裕がなくなり、生活が荒んでいく。

余暇、食べる時間、寝る時間、研究以外の時間を削り、何とか成果を捻り出す。


身も心もボロボロになっていたころ、あの子はやってきた。

姉さんの娘。私の姪に当たる、エステル。


姉さんの死を告げられた。

手紙でそれを伝えたと言う。

慌てて手紙を検めていると、エステルが姉さんからの手紙を見つけた

それをひったくって読み始める。


手紙の序盤は、私の活躍を祝う言葉や健康を気遣うような言葉で溢れていた。

しかし読み進めていくと、自身と義兄さんの病……どちらももう長くないことが書かれていた。

可能なら薬を融通してほしいこと。それが無理ならば、せめて娘を頼む……と。


何ということだ!

手紙に気付いていれば、薬なんて幾らでも融通できた。そればかりか、有り余ったお金を使って最高の医療を用意することもできたはずだ!


「あの……母の手紙には何と?」


そう聞いてくるエステルの顔を見ることができない。

なんと答えたものかと言い淀む。

『私が手紙に気付いていれば姉さんは助かったかもしれない』など……言えるわけがない。


「……お前を……、娘のエステルを頼むと……」


それだけ絞り出すように声を出す。


駄目だ、考えがまとまらない。

連日の徹夜が堪えている。

エステルに簡単な食事と寝床を用意し、私も寝ることにした。


自室に戻り布団に潜る。

身体も頭も疲れ切っているはずなのに眠気がやってこない。


(私は何をやってきたんだろうか)


魔法薬を作り始めたきっかけは、姉さんの手を綺麗にしてあげたかったからだ。

しかし、今はどうだ?

状況に流されるままここまで来てしまった。

忙しさや、自分のプライド、貴族やギルドとの関係。

手助けしたかったはずの姉さんはすでに死んでいて、しかも助けることができたはずなのにその機会を逃している。


(どうすれば良かったんだろう)


答のわからない自問を繰り返しているうちに、外は明るくなっていた。


ベッドから抜け出し、体力を回復させてくれる魔法薬を煽る。

これで一日動く体力は戻る。

あまり褒められた方法ではないけれど、早めにエステルの生活環境を整えてあげないと。

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