第24話 ハンネの回想

<ハンネ視点>


私は4人家族の次女として生を受けた。


父は畑仕事を真面目にこなすが、あまり家族に関心がなかった。

母は躾が厳しく、褒めてもらった記憶は数えるほどしかない。


あれは私がまだ8歳の頃だった。

私は母に仕事を言いつけられないよう、うまく立ち回っていた。

母の行動パターンを分析し、どのタイミングでどのような仕事を子供に割り振るかを見極め、近寄らないようにしていたのだ。

時には姉を誘導し、自身の身代わりにしていた。


姉はいつも母に仕事を言いつけられていた。

よくよく見ていると、時には自分から仕事を貰っていることもあった。


姉は要領が悪い――当時の私はそう思っていた。


しかし、それは違っていた。


ある日、母はいつもと違う行動パターンを取っていた。

私はそれに気が付かず母に洗濯を言いつけられてしまった。


しぶしぶ承諾し、洗濯をしているとあとから来た姉がそれを見つけた。


(「ざまぁ見ろ」って思っているんだろうな)


姉はいつも要領よく仕事から逃れている私のことを、嫌っているのだろうと思っていた。

姉は私を見つけるとトコトコと近づいてきてこう言った。


「私が代わりにやっておくから、ハンネちゃんは遊んでおいで」


予想だにしない一言。

驚いた私が何も言えないでいると、姉は続けた。


「ハンネちゃんはまだ小さいのだから、家のことなんてしないで遊んでいればいいよ」


かく言う姉も、私と2つしか違わない。姉だってまだ10歳でしかなく、子供だ。

だけど、姉が8歳の時を思い出してみると、今と同じように家の手伝いをしていたように思える。

動けずにいる私の手から、姉はそっと洗濯物をはぎ取った。

姉の手は、子供の手とは思えないほど荒れていた。


「……お姉ちゃん、手、痛くないの?」


「そりゃ痛いけど、もう慣れたよ」


微笑みながらそう言うと、黙々と洗濯物を片付け始めた。

私はしばらく姉の働いている様子を眺め、何やらいたたまれない気持ちになった。

それから姉に言われた通り遊びに出たものの、姉のことが気になって、ちっとも楽しくない。


「なんでお姉ちゃんは洗濯を代わってくれたんだろう?」


逆の立場であったら、絶対にそんなことをしない。

要領が悪いと嘲笑っていることだろう。


(……そうじゃないんだ)


今日の行動だけでも十分わかる。

要領が悪いわけじゃないんだ。

姉は私に仕事が行かないよう、率先して母から仕事を受けてくれていたのだ。

私が呑気に遊んでいられたのも、やらなければいけないことを、私の代わりに誰かが……姉がやってくれていたからなのだ。

自分の勘違いが恥ずかしく、同時に姉に申し訳ない気持ちになった。

素直に家に戻って姉と一緒に洗濯をすればよいのだけど、それはそれでなんだか恥ずかしい。


あれこれ考えを巡らせた後、私は村で一番薬に詳しいお婆さんを訪ねていた。


日が暮れ、家に帰り姉を探した。


「お姉ちゃん、これ使って」


私は姉に軟膏を手渡した。姉は首を傾げる。


「これ、どうしたの?」


「教わって、作ったの。手荒れに効くんだって」


姉に渡したのは、私が手作りした軟膏だ。

薬に詳しいお婆さんを拝み倒して、作り方を教わったのだ。

……教わった代わりにしばらくお婆さんの肩揉みに通わなければいけないけど。


「……いいの? 私が使っても」


「うん……今日、洗濯代わってもらっちゃったから」


「ありがとう、早速使ってみるね。」


姉は笑顔でお礼を言うと、軟膏を手に塗った。


「うわぁ、とっても楽になったよ。ありがとう! ハンネちゃんは薬を作る天才ね!」


この時、姉に褒められたのがとても嬉しかったのを良く覚えている。

軟膏は母にも渡し、使ってもらった。

この時から少し母の、私たち子どもに対する当たりが優しくなったような気がする。


お婆さんにこのことを話し、感謝を伝えると大層喜んでくれた。

そして肩揉みに通いながら少しずつ、色々な種類の薬の作り方を教えてもらった。

新しい薬が作れるようになる度に、姉は褒めてくれた。

嬉しくなって頑張る私に、お婆さんはさらに様々なことを教えてくれた。


姉は15歳になると、さっさと結婚してしまった。

相手の男性から猛アタックを受けたらしい。

その人は姉のしっかりと家の手伝いをする姿に好感を持ったのだとか。

見てくれている人は見てくれているものなのだなぁ、と思った。

姉の良さを分かってくれる男性ということで、私も心から祝福した。

相手は優しくて頭が良い。この村では非常に珍しいタイプの男性だ。

優しい気遣いができる姉と二人、お似合いだと素直に感じた。


私が15歳の成人の日。

私は魔法系の加護を授かった。

司祭様から連絡が行ったのか、あれよあれよという間に王都の魔法学園への入学が決まった。

姉は初めての子を出産をしたばかりでかなり心配だったが、魔法系の加護を授かったものは魔法学園への入学は義務だ。

家族に見送られ、私は王都へ発った。


王都は田舎娘には物珍しいものばかりだった。

国からの支援があり、生活には余裕があった。

魔法学園の授業では魔法薬学を専攻した。

いつか姉やその家族に困ったことがあったら、それで手助けできればと思ってのことだ。

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