第23話 手紙

しばらくすると叔母は両手に大量の封書を抱えて戻ってきた。


「何をそんなところで突っ立っている。さっさと入ってドアを閉めろ」


何をって……叔母さんに放置されたから外で待っているしかなかったんじゃないか。

ちょっと納得が行かないものの、夕暮れに沈みゆく背後の森が怖い。

ありがたくお邪魔させていただく。


「お邪魔します」


入ってすぐに土間があり、その先は一段高く、木の床が張られている。

そこには大きなリビングテーブルがあった。

作業台を兼ねているのか、テーブルの上には何に使うのか想像もつかない器具や、走り書きのメモの束、開きかけの分厚い書物などが乱雑に置かれていた。

叔母はその一角を腕の外側で強引に押しのけると、空いた場所に大量の封書を置いた。


「この中にお前が出した手紙はあるか?」


封書は輸送時に雨で濡れてもいいように油紙に包まれていたり、高級そうな革で包まれていたりする。ぱっと見ただけでは中を窺うことはできない。


「開けてみないと分からないです」


「……それもそうだな。片っ端から開けていこう」


叔母はそう告げるなり手近な包みを取り、乱雑に開け放っていく。

中身の手紙を取り出して広げると、それ以外は床に投げ捨てた。


(……だいぶ大雑把な人みたいだ)


「何をぼんやりしている。お前も開けるの手伝え」


「あ、はい」


慌てて私も封書を手に取る。

中身が傷つかないように丁寧に剥がしていく。

少し時間がかかったが、中身の手紙を取り出せた。


「差出人は……王都薬学研究所?」


「研究所関連のやつはここに重ねておけ」


叔母は私のつぶやきを拾い、指示を出してきた。

言われたとおりに置いていく。

次を開けると今度は王都の魔法使いギルドからのもので、それも研究所関連と同じで良いとのことだ。

その次に手に取ったものは高級そうな黒い革の封書だ。

何とか開けると、封蝋の捺された手紙が出てきた。

差出人は……


「えっと、ジェルダ子爵……子爵!?」


お貴族様からの手紙!?


「あー、貴族の手紙はこっちに重ねておけ」


叔母が開けたのだろう。すでに何通も重なっている。


(お貴族様からの手紙を、読まないどころか差出人すら確認していないなんて!!)


大丈夫なんだろうか?

私はこの家に居候させてもらうつもりなのだけど、いきなり家主が不敬罪で連行されたらどうしよう?


「手が止まっているぞ」


「あ、はい」


叔母はこれだけ落ち着いているのだ。大丈夫なのだろう……きっと……そういうことにしておこう。


次の手紙を手に取る。

おっかないから、なるべく安っぽいやつにしよう。

少し風化して穴の空いた、油紙の封書があった。

それを手に取り、開けていく。差出人は……


「え? これ、お母さんからの手紙だ」


「なに!!」


叔母は立ち上がり、私から手紙をばっと奪い取ると差出人をまじまじと見つめた。


「確かに姉さんの字だ」


言うが早いかペーパーナイフを取り出し、ささっと手紙を開けて立ったまま中身を読み始めた。


(き、気になる。何が書いてあるんだろう?)


叔母の表情を窺い見る。

最初はどこか懐かしそうに、少し優しげな目で手紙を見ていたのだが、読み進めると次第に顔つきが険しくなり、最後は青ざめて真っ青になっていた。


「はぁ……」


呼吸すら忘れていたのか、大きく息を吐き出すとドカっと崩れ落ちるように椅子に座り、手紙を持たない片方の手で顔を覆った。


「あの……母の手紙には、何と?」


恐る恐る聞いてみる。


叔母は長い長い沈黙の後、ぽつりと呟くように言った。


「……お前を……、娘のエステルを頼む、と……」


それだけ言うと、叔母はまた固まったように動かなくなってしまった。


(……どうしよう?)


叔母はどうやら、今日初めて母の死を知ったようだ。

私が知る限り、全くと言っていいほど我が家と交流は無かった。だけど、姉妹仲は決して悪くなかったのだろう。

そうでなければ、母の死でここまで動揺はしない。


(お母さんのこと、どうでもいいって思っていたわけじゃなかったんだ)


そのことがちょっと嬉しく思う。


だけど、どうしよう。叔母はすっかり固まってしまった。

……やることもないので、開封作業の続きでもしていよう。


封書をすべて開けて、油紙や革袋を種類ごとにまとめた。

叔母が床に投げ捨てた分も、全て片付けた。


(ふぅ。すっきり)


「――エステル」


不意に叔母から声を掛けられた。


「はい」


「お前は両親が死んで、私を頼ってここへ来た――それで合っているか?」


「はい」


「そうか……ではしばらく置いてやろう」


「え? いいんですか? すごく助かります!」


「うん、今日はもう遅い。とりあえず、お前の寝床を用立てないとな」


そのあと、叔母は自室にあったソファーを引っ張り出して、使っていない部屋へ置いてくれた。


「この部屋は自由に使っていい。明日、ベッドや家具を買いに行く」


「窓に大きなガラスが……こんな立派な部屋、いいんですか?」


場所も南向きで、日当たりもよさそうだ。


「ああ。私も最初はそう思って部屋を作ったんだがな。日当たりが良すぎて本が傷むし、強い陽光は研究の邪魔になることが多いんだ」


実利的な面で使用を断念したらしい。


そのあと、二人で簡単にパンと干し肉だけで夕食を済ませた。

叔母は「疲れた……寝よう……」と言ってふらふらと自室へ引きあげていった。


私も与えられた部屋へ行く。

ソファーだけど、まっとうな寝床は村を出て以来だ。

体を清めたい欲求もあるが、お腹が膨れたからか、猛烈に眠くなってきた。


(まだまだどうなるか分からないけど、とりあえず叔母さんを見つけられた。居候も、させてもらえそうだ)


最大の懸案が片付いて、ほっとしたのか一気に疲れが押し寄せてきた。


(明日から……頑張ろう……)


ソファーに寝転がり、借りた毛布をかぶるとすぐに眠りに落ちた。

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