第3章 森と魔法と
第22話 魔法使いの叔母
「ここに叔母の家が……」
デリグラッセの端に位置する森。大きな木々が、辺り一面に鬱蒼と茂っている。
都市の拡張時に、付近の森の一部までを囲って外壁を作ったと聞いた。街に組み込まれたのは随分前のことらしいが、いつしか都市計画から取り残されてしまった付近一帯は未だ伐採が完了しておらず、大部分が手つかずのままだそうだ。
叔母の家は、その森の中にあるらしい。
「なんでまたこんな不便な場所に……」
拡張領域は外壁こそ完成しているが、まだまだ建物が少ない。
当然のごとく市場からも遠い。買い物に不便することだろう。
あの後、騎士様からいただいた地図のおかげですんなり魔法使いギルドに着くことができた。
魔道具の指輪のおかげか、道で絡まれることも全くなかった! ありがたや~。
この指輪は本当に不思議。
村でも……デリグラッセに着いてからも、すれ違う人はだいたい私の胸を真っ先に見てきた。
居心地の悪かったその視線が、指輪を付けた途端に一切なくなったのである。
透明な姿にでもなったような気分だったけれど、こちらから話しかけた魔法使いギルドの受付の人にはしっかり認識してもらえた。
魔道具って、こんな便利なものなんだ!
魔法使いギルドで叔母の居場所を尋ねると、理由を聞かれた。
事情説明や本人確認で多少時間がかかったが、最終的に丁寧に地図を書いて教えてくれた。
そんなこんなですっかり日が傾いている。
森を窺う。
薄暗い中、僅かに見える細い道の周りを、背の高い草や太い木々が覆うように立っている。
(こ、怖い……)
恐る恐る歩き始める。
(叔母とはいえ、これから魔法使いに会うのか)
魔法使いに会うのは初めてだ。
……ひょっとしたらギルドの職員さんは魔法使いだったのかもしれないけど、それはカウントしないこととする。
叔母には両親の死を伝えた手紙を送ったが、結局返事は貰えなかった。
(冷たい人なのだろうか?)
肉親への情はなく、唯一興味があるのは魔法のみ。
訪れた若い娘を捕らえ、生き血を搾り取り、薬の材料にしてしまう――
(ははは……まさか、そんなことないよね)
カァカァ バサバサバサバサ!!
不意にカラスの鳴き声と羽ばたく音が聞こえた!
ビクっと震え、足を止めて周囲を見渡す。
(びっくりしたぁ……)
木々の合間の闇は深く、見通すことができない。
何やら恐ろしい魔物でも出てきそうな雰囲気がある。
(こ、ここは外壁の中、そう! 安全な場所……)
周囲の闇に気持ちが飲み込まれそう。
一度足を止めてしまうと、前へ歩き出すよりも森の外へ向かって逃げ出したくなる。
しかし、今ここを逃げ出しても泊まるところの当てがない。
宿屋にしても、今から探すのは骨が折れることだろう。
(な、何か楽しいことを考えよう)
昼間に会った騎士様を思いだす。
赤い髪の、強くてちょっとキザなお兄さん
黒く長い髪の、厳しそうな、でも丁寧な地図を書いてくれた人。
柔らかそうな金の髪の……お父さんみたいな眼差しをした、優しそうな人。
村では見たこともなかった、キラキラした素敵な人たち。
あんな人たちが騎士様としてこの街を守ってくれているのだから、安全に違いない!
そう思い込むことで、ちょっとだけ勇気が出た。
おっかなびっくり歩きだす。
びくびくしながらしばらく進むと、少し開けた場所にでた。
ぽっかりと木々の途切れた空間。その真ん中に、ぽつんと家が立っている。
ブリキの煙突が数本伸びていて、そこから紫の煙がモヤモヤとたなびいている。
何気なく煙を目で追う。紫の煙は一定の高さを保ったまま、森の木々の合間を抜けていくようだが……煙が直撃する位置にある枝はどれも、そこだけ削り取られたように葉がついていない。
それさえ見なかったことにすれば普通の家だ。うん、それさえ見なければね……。
(だ、大丈夫。まさか実の姪っ子を、いきなり薬の材料にはしないはず……)
そろりそろりと家のドアまで向かう。
(よ、よし!)
意を決して、ドアをノックする。
コンコン
反応がない。……留守かな?
でも煙突からは煙が出ていた。火の始末をせずに出かける、なんてことは無いだろう。
(聞こえなかったのかな?)
認識阻害の指輪が悪かったのかもしれない。外しておこう。
ドアを先程より強めに叩く。
ゴンゴン
……やっぱり反応がない。
(風で何か当たったとか、勘違いされたかな?)
ゴンゴン
「ハンネ叔母さーん! いらっしゃいますかー?」
今度は叔母の名を呼びながら、しつこくノックを繰り返す。
しばらくすると唐突にドアが開いた。ぶつかりそうになって、慌てて退く。
「誰がオバサンだ!!」
見ると、女性がそう叫びながら勢いよくドアを開け放っていた。
この人が叔母さんだろうか?
顔はあまりお母さんに似ていない……ように見える。
というのも、目の下には濃い隈ができており、顔色が悪く、顔立ちよりもそちらに目が行ってしまうのだ。
黒いローブを羽織り、あちらこちらに複雑な文様が刻まれたアクセサリーをしている。
長い緑髪は作業しやすいようにか後ろでまとめ、ローブの裾も垂れ下がらないように洗濯バサミのようなもので留められていた。
「……お前は誰だ?」
「えっと私はマリッタの娘のエステルです。は、始めまして」
マリッタというのはお母さんの名前だ。
「……姉さんの娘? すると姉さんのお使いか?」
「オツカイ? あ、お使いではないです……えっと、母は他界しました。手紙、届いてませんか?」
「――他界!? 姉さんは死んだのか!?」
叔母さんは驚いた表情で大きな声を出した。
「は、はい、……4年前に……流行り病で」
「4年だと!? 何故もっと早く知らせなかったんだ!」
「いえ、ですから手紙を送ったんです。届いていませんか?」
大きな声で怒鳴られ、つい涙声で返してしまった。
「手紙……? 手紙か……あ!!!」
叔母は短く叫ぶと、ドアを開け放したまま踵を返し家の中へ戻っていった。
私はぽかーんとその姿を見送った。
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